第10話
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執務机の脇にある立派な黒板の前に立ち、ヴォルスはチョークを手にする。
黒板のやや上寄りの位置で横線を引き、次にその横線を半分に割るように縦線を引く。
そして横線の上、左側に「国」、右側に「ギルド」と記入し、次いで横線の下、国側に「預り金 900」、ギルド側に「預け金 900」と書き入れる。
国 |ギルド
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預り金 900|預け金 900
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「まず、出発点はここです。国が褒賞金から上納分を差し引いたことで、国はギルドに対して九百万ゴルドの預り金、という名の借金を負うことになります。ギルドから見れば、国に九百万を貸している状態です」
「はい」
「当然ながら、この預り金をそのまま現金でギルドに納めるのでは、何の意味もありません。なので、何らかの形で相殺する必要があります。相殺する材料としましては、まず、先ほどのミレーヌ殿のお話にもありましたが、ギルドから国への上納金です」
国側、「預り金」の下と、ギルド側、「預け金」の下、その両方にそれぞれ「上納金」と記入。
国 |ギルド
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預り金 900|預け金 900
上納金 |上納金
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「次は、この上納金がいくらになるかですが、通常、冒険者ギルドから国への上納金は、ギルドの利益の二割と定められています」
「あの、せ……、一つ、質問してもよろしいでしょうか」
なんだか神殿で会計のことを教わっていた時みたいだと思っていたせいで、思わず「先生」と言いそうになったのを強引に修正し、尋ねる。
「なんなりと」
「収入ではなくて、利益の二割なのですか?市場税は収入にかかっていますよね」
「そうですね。おっしゃる通り、市場税は、市場での取引、すなわち商人の収入に対して一律にかかります。一方、冒険者ギルドからの上納金は、収入ではなく利益にかかります。この差が何に起因するのかと言いますと、理由は大きく分けて三つあります」
そう言って、ヴォルスは黒板の下の方に、番号を縦に並べて書き、
「一つ目は、"経済活動としての性質の違い"です」
その一番上に「活動の性質」と追記。
「商人は主に物を仕入れて売ります。この場合、取引の額がそのまま商いの規模を示し、また税を売値に反映させることも比較的やりやすいため、収入に対して一律に税をかけても、それほどの無理はありません。対して、冒険者の場合、その活動内容は千差万別です。単純労働に近いものから大規模な部隊を組んで数ヶ月がかりで行う討伐活動まで、幅広く扱っており、経費がどのくらいかかるか、利益がどの程度出るかも場合によりけり、なんなら終わってみるまで分からないなどということもざらにあります。そして、それは個々の冒険者に限った話ではなく、ギルドにとっても同じことです。通常の運営に加えて、冒険者に支給、貸与する武具や資材の調達と維持、依頼をこなす中で負傷した冒険者の治療費や見舞金など、収入に対して経費がどうなり、利益がどの程度得られるかが、極めて読みにくい。このような状況で収入そのものに上納金を課すと、例えば経費が嵩んだ年にギルドの運営が破綻してしまうといった懸念があり得ます」
突如始まった解説にミレーヌが圧倒されていると、ヴォルスは続いて、二つ目の数字の横に「独立性」と書く。
「二つ目は、"冒険者ギルドの独立性の高さ"です。市場の商人が所属している商業ギルドは、元々は国の組織で、市場の発展につれて大きくなり、後に民間組織に切り替わりました。なので、今でも国との関係は深く、課税や規制などの統制も比較的かけやすい。一方、冒険者の自発的な互助組織として始まった冒険者ギルドは、構成員である冒険者の気風もあって、国に対して一定の距離を取ろうとする傾向があり、国としても比較的慎重な対応が求められます。冒険者ギルドからの上納金が、上納金であって税ではないのも、その現れの一つと言えるでしょう。そして三つ目は」
一番下に「公的機能」。
「"冒険者ギルドが担っている公的機能の維持と安定"です。冒険者ギルドは、魔物の掃討、街道の警備、未開地域の調査など、本来であれば国が担うべき公的な役割の一部を、事実上肩代わりしています。そして、その経費はギルドの収入から捻出されている。ギルドの収入に上納金を課すということは、これらの公的機能の原資を削ることでもあり、先ほど申し上げましたように、状況次第ではそれらの活動に支障をきたしかねない。国としては、もちろんそれは避けたい」
国 |ギルド
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預り金 900|預け金 900
上納金 |上納金
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1活動の性質
2独立性
3公的機能
チョークを置き、ミレーヌに向き直る。
「以上の理由により、ギルドがその収入から、維持運営に必要な経費を差し引いた後の利益に対して上納金を定めている、というのが現行の仕組みです」
そこまで説明したところで、我に返ったかのように、ヴォルスが動きを止める。
「ああ、申し訳ありません、ミレーヌ殿。こちらばかり一方的に話してしまいまして」
いよいよ授業じみてきた説明の洪水に、呆気にとられつつも集中して聞いていたミレーヌに、ヴォルスから声がかかる。
「あ、いえ。すごく丁寧で分かりやすくて、勉強になりました」
「恐縮です。気を抜くとつい昔の癖が出てしまいますね」
「昔の?」
「ええ、私は元々教師でして。多少会計に長けていたので、王城の会計係への指南役のような立場で出入りをさせていただいていたのですが、ある時、当時の主計長から王城で働かないかと誘われまして。それで官僚に転職して働いているうちに、いつの間にやらこんな立場になってしまいました」
「ああ、なるほど……」
話をしていて、どうも大臣という身分の割に、らしからぬところがあると思っていたが、そういうことか。




