決勝戦 Standing for...
次なる戦いは準決勝二回戦――のはずだったが、先の戦いで桃子と輝欄欄が両者反則負けとなったことで、異例の繰り上げ決勝戦となった。
『さあ、先ほどのハプニングにより、この戦いが実質決勝戦――今大会の勝者が決定します! どうか……どうか、手だけは出さないよう重々お願いいたしますッ……!! それでは始めィッ!!』
開始の合図と共に、向かい合う赤也と堤下。
お互いに不敵な笑みを浮かべる様は、まさに強者と強者のぶつかり合いだ。
「お前さん、フリーター?なんだってな。 いいよなぁ、人生楽そうで」
「ん? あぁ、そりゃあ人生楽なほうがいいに決まってるだろ。 交通整理員の仕事は楽じゃなかったのかよ、おっさん」
先手は、やはり失礼なジジイの堤下。
平然と受け流す赤也は、堤下しか知るはずのない情報を口にした。
「なっ……! おめえがなんで知ってるんだっ!?」
「いやぁ、俺、一度見たものは忘れない質でね。 三年前だったかな……あんたよりも年下のやつに道端で説教されてたのは」
「むぐっ……!そ、そんなこと知らんわっ! 最近の若いもんはすぐにデタラメを言うからな……!」
実際、赤也は瞬間記憶能力を持っており、堤下が説教されていたことは紛れもない事実である。
勤務中にスマホばかり触っていたことで、三十二歳の上司に説教される六十三歳……目も当てられない。
「デタラメなんかじゃないぞ、つつみん」
「げぇっ!?」
つつみん――それは、堤下の愛用するマッチングアプリ内での名前だ。
絶賛彼女募集中。
油汗ダラダラのつつみんだが、ここまで的確に言い当てられてはごまかしようもない。
「あー分かった分かった。おまえさんはすごい、それは認めよう。 さっきの戦いだって、ありゃあ見事なもんだった」
「鈴木さんか……いやぁ、まさかズラだったとは思わなかったけどな。 真面目そうだったし、あいつにも色々あるんだろうな」
まったく関係ない所で名前を出されたズラの鈴木は、配信を見ながら悶えていた。
意図せず死体撃ち、合掌。
「……ケッ、相変わらず余裕ぶりやがって。 おい、認めたからって、勝ちを譲る気はさらさら無ぇからな」
「ふふっ……そうこなくっちゃなぁ。 残ったのは俺たち二人なんだ……最後まで楽しもうぜ、つつみん」
「つつみんやめろ」
それから、口撃による戦意の折りあいは苛烈を極めた。
堤下は長年刑事ドラマ鑑賞で培った話術やうんちくを使って巧みに攻め立てる。
赤也はのらりくらりと口撃をかいくぐり、堤下を煽ることに徹した。
まさに一進一退の攻防――決勝戦とはかくあるべきだ、と言える戦いだ。
序盤から不利な出だしとなった堤下であったが、試合の中盤にかけて意外なほどの奮闘を見せる。
彼の憧れの刑事が完全に憑依したのだ――つつみん、覚醒である。
いちいち口調が古いせいで会話が途切れることもあったが、それでも大熱戦だ。
『残り五分――試合時間、残り五分ですッ! 双方、死力を尽くして語り尽くせェッイヤッホゥッ!!』
遂に、アナウンサーまでもが壊れてしまった。
数々の口撃による毒気にあてられ、テンションがおかしくなったのだ。
そして、おかしくなったのは討議場の二人も同じだった。
二十分以上、お互いに語り尽くした。
手の内を見せあい、持てる技術の全てをぶつけ合った。
そんな二人に残されたものは――。
「俺は――風呂場でも容赦なくおしっこをする……!!」
「なっ……!!」
二人に残されたものは……話術も技術も存在しない、至極どうでもいい話だけだった――!!
赤也の突然のカミングアウトに、堤下はもちろん、観客が大きくざわついた。
なぜなら、観客のほとんどが主婦だからだ。
排水溝から立ち上る不快な匂いに黄色いシミ――まさに諸悪の根源だ。
赤也の言葉を受けて、堤下はふるふると肩を揺らす。
「くっ……くくっ…………」
「……どうしたよオッサン、そろそろ負けそうで、おかしくなったのか?」
「……いやぁ、奇遇だな……オレもだよ! 風呂でのションベン……体も洗えてスッキリもできて、一石二鳥じゃねぇか!」
観客はどよめいた。
まさか、この狭い討議場内に尿魔が二匹も潜んでいたとは――。
しかし、堤下は続ける。
まさに、悪魔のような呪いの言葉を。
「……ただまあ、それよりも最高なのは――洋式の便所で立ちションすることだけどなぁ」
「――キャアァァッ――!!!」
観客席から、悲鳴が上がった。
モニターが映した映像では、数人の主婦が気を失っている。
『つ、堤下選手汚~い!! だが、今ので一番ダメージを受けたのはどうやら主婦のみなさまのようだッ!!』
便器や便座についた黄色いシミ――床に飛び散った水滴――まさに最悪以外の何ものでもない。
主婦たちは本能的に嫌悪感を覚え、耐えきれず意識を失っていったのだ。
「う、嘘だろお前……掃除、大変なんだぞ……?」
赤也、驚愕の表情。
同じ男として信じられないといった様子だ。
「ふんっ、男ならよぉ、縮こまってちゃいけねえよ。 どーんと構えてなきゃな。 ガッハッハ!」
「……俺が言えることじゃねえが、オッサン……汚ぇ……!」
赤也は膝から崩れ落ち、思った――男としての格が違う、と。
実際そんなことは全然無いのだが、赤也がそう思ってしまったのならば仕方がない。
「どうだ、降参する気になったか?ん?」
「……ジョーダン言ってんじゃねぇ。 俺は……俺は最後までやるぞ……!」
赤也はフラフラになりながらも、立ち上がった。
その姿に、会場からは割れるような拍手が飛び交った。
「……お前さん、周りを見てみろよ」
「これは……スタンディングオベーション……? ふふっ、俺なんかにゃもったいないぜ」
ザァザァと、雨のような拍手が響く。
観客たちは遂に、涙を流しながら自然と席を立ち上がっていたのだ。
「すっげぇな、これ。 まるで立ちションじゃねぇか」
本当に、最低である。
このカスの言葉を最後に、総合非格闘技の決勝戦は時間切れとなった。
審判団による厳正な審査により、勝者は堤下。
何を言っても動じない赤也を追い詰めた点が最も評価された。
しかし、この大会の放送後、多方面から数えきれないほどのクレームが寄せられたことを受けて、大会運営並びにストレス緩和規制法の在り方についても議論されることとなる。
再び総合非格闘技が表舞台に立つかは分からないが、今回の騒動は今後の法改正や社会福祉などの進展に大きな影響を与えた。
また、試合を観た人の多くは、罵り合うことよりも称え合うことのほうが意義のあるものだと考えるようになり、社会はほんの少しだけ、明るくなった。
PON助☆はその後、公然わいせつ罪及び矮小物チン列罪で逮捕された。




