第26話 プロポーズ?
翌朝、目が覚めた瞬間、私はしばらく天井を見つめていた。
見慣れた自室の天蓋、やわらかな朝の光。
きちんとかけられた掛け布。
そして、昨日の記憶。
「……やってしまったわ」
思わず、掠れた声が漏れる。
昨日、私はジオルドに全部話した。
未来予知ではなく、死に戻りのギフテッドだということ。
三度死んで、三度ともリュクスに殺されたこと。
そこまではいい。
いや、よくはないけれど、言うと決めたことだった。
問題は、そのあとだ。
……泣いた。しかも、ジオルドの前で。
それだけではない。
泣き疲れて、そのまま彼の胸元で眠ってしまったのだ。
「……最悪だわ」
私は布団を頭まで引き上げた。
思い出すだけで顔が熱くなる。
でも、同時に思ってしまう。
ジオルドの胸元は、妙に安心した。
大きな手で頭を支えられて、泣き顔を見ないように隠してくれて。
何も言わず、ただそこにいてくれて。
だから、たぶん緊張の糸が切れてしまったのだ。
それにしたって、眠るなんて……。
私はしばらく布団の中で悶えてから、ようやく起き上がった。
身支度を整えて、いつも通りの顔を作る。
けれど、朝食の席へ向かう足取りは、どうしても少し重かった。
食堂に入ると、ジオルドはすでに席についていた。
こちらに気づくと、いつも通りの顔で言う。
「おはよう、アルヴィ」
「……おはようございます」
駄目だ、普通に返したつもりなのに、少し声が硬い。
ジオルドはそれに気づいたのか、口元をわずかに上げた。
私はその笑みを見て、余計に落ち着かなくなる。
席について、紅茶を一口飲む。
沈黙が少しだけ流れたあと、私は耐えきれずに口を開いた。
「……昨日は、申し訳ありませんでした」
「何がだ?」
「その……泣いたり、眠ったり」
言いながら、また顔が熱くなる。
「迷惑をかけたわ」
ジオルドは平然とパンを口に運び、それから短く答えた。
「問題ない」
「問題ないって……」
「眠ったお前を部屋に運んだだけだ」
「それが申し訳ないのよ」
「軽かったぞ」
「そういう話じゃないわ」
思わず言い返すと、ジオルドが少し笑った。
昨日、あんな話をしたのに。
彼はいつも通りだった。
それがありがたくて、少し悔しくて、やっぱり落ち着かない。
「アルヴィ」
「何?」
顔を上げると、ジオルドがこちらを見ていた。
赤い瞳が、いつもより少しだけ真っ直ぐに見えた。
「――契約結婚じゃなくて、本当に結婚しないか?」
「はぁ!?」
思わず声が裏返った。
手にしていたカップを落とさなかった自分を褒めたい。
「な、何を急に……!」
「急でもないだろう」
「急よ! 完全に急でしょう!」
ジオルドはまるで悪びれない。
むしろ少し楽しそうに、椅子の背にもたれた。
「お前以上に、俺にとっていい女はこの世にいない気がしてな」
「何言って……!」
言葉が続かなかった。
いつものからかいだと思いたい。
でも、彼の目は笑っているのに、声音は妙に本気だった。
そのせいで、胸の奥が変に騒ぐ。
「からかっているの?」
「いや、本気だ。本気で俺は、お前以外にいないと思っている」
私は紅茶のカップを置いて、思わず額を押さえた。
昨日の今日で、どうしてこの人はこんなことを言えるのだろう。
でも、嫌ではない。
嫌ではないから、困る。
契約結婚、そう言い聞かせてきた。
リュクスから逃げるため。
ジオルドの死を避けるため。
互いに利益があるから結んだ関係。
けれど、もう最初と同じ気持ちではいられないことくらい、私にもわかっている。
私は少しだけ視線を逸らした。
「……お互いに、死からの運命を変えられたら考えてあげる」
言ってから、少しだけ胸が鳴った。
ジオルドが目を細める。
「ほう」
「あなた、今回の死は逃れたようだけど、派閥争いでまだ死ぬ運命がありそうだし」
「なるほど、それはごもっとも」
彼はあっさり頷いた。
「リュクスもまだ諦めたわけじゃない。ジョルアン侯爵家も、貴族派も、王族派も、全部片づいたわけじゃないわ」
「ああ」
「だから……全部終わってからよ」
言葉にすると、妙に恥ずかしくなる。
私は皿の上のパンへ視線を落とした。
「その時まで生き残れたら、考えてあげる」
ジオルドは少し黙った。
それから、低く楽しそうに笑う。
「じゃあ、その後にまたプロポーズするとしよう」
「っ……」
顔が熱い。
でも、ここで黙るのは悔しい。
私は半ばやけくそで顔を上げた。
「た、楽しみにしているわ!」
言ってしまった。
ジオルドは一瞬目を丸くして、それから声を上げて笑った。
「ははっ、そうか。なら、期待していろ」
「……本当に意地悪ね」
「褒め言葉として受け取っておく」
「褒めてないわよ」
そう言い返しながらも、胸の奥は不思議なくらい温かかった。
四度目の人生。
三度死んで、三度絶望して。
それでも私は、今ここにいる。
リュクスに怯えるだけではなく、ジオルドと向き合い、未来を選ぼうとしている。
まだ終わっていない。
リュクスとの決着も、派閥争いも、ジオルドの運命も、私自身の人生も。
でも、もう一人ではない。
そのことだけは、はっきりわかっていた。
私は紅茶を飲みながら、向かいのジオルドを見る。
彼はいつも通り、少し意地悪そうに笑っている。
その笑みを見て、私は小さく息を吐いた。
今度こそ、生きる。
そして、この人と一緒に、まだ見たことのない未来まで辿り着く。
そう思ったら、胸の奥に灯った熱は、しばらく消えそうになかった。
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