第12話 ヴァニラ遺跡
フローレンスバレーはルミナス渓谷という深い谷を抜けた先にある王国。
代々女王が治めるこの国一帯は青々とした植物の楽園でもあり、それが国名の由来でもある。
フローレンス陛下に謁見を済ませた俺たちは今、王国の北にあるヴァニラ遺跡へと向かっている最中だ。
「やぁっ!」
弧を描くジュリエットの双剣から発した衝撃波が人の形を模した根っこの魔物マンドラゴラの群れをバラバラに切り刻んだ。
「やった!!」
かろうじて生き残ったマンドラゴラが安堵する彼女の後ろから襲いかかる。
即座にインビシブルを発砲し魔物を吹き飛ばした。
「気を抜くな。戦闘ではほんの些細な油断が命取りになる」
「はいっ! わかりましたお師匠様!!」
その待ってましたと言わんばかりのキラキラした目で見るのはやめてくれ。
ふぅ・・・。
こいつ、返事だけはいいんだよな。
ワクワクしているというか、もっと言ってほしいみたいな。
「ぎゃあ〜〜〜!! 助けてカインさん〜!!」
一方で、カルマナは鉄の塊と化した聖剣をぶら下げ、ヨタヨタおぼつかない足取りで逃げ惑っている。
何を遊んでいるんだあの大司教様は。
何のための賢さ255だよ。
「あわっ?!」
石に躓いたのか、カルマナは顔面から倒れた。
・・・・・。
飛びかかった魔物にインビシブルの照準を合わせたその時だった。
「えいやぁぁぁーーー!!!」
力一杯振り上げた聖剣が魔物に触れた瞬間、眩い光を放った剣が魔物を一瞬にして粉々に消し去った。
「あ、あれ・・・?」
予想外の展開にカルマナ自身が驚いている様子だ。
「やったぁ!! 見ましたか?! 初めてこの子が私の想いに応えてくれました!」
想いに応えたかどうかは正直怪しいところではあるが・・・。
さっきまでの鈍臭い動きはどこへやら、カルマナは聖剣を抱え飛ぶように俺のところまでやってきた。
やれやれ。
そんな幸せそうな顔をされたら何も言えないな。
「想いが伝わって良かったな」
「はいっ♪」
ズキン・・・。
急に胸の奥が鈍器で殴られたように痛んだ。
頭も朦朧とする。
まただ。カルマナが楽しそうにしている顔、嬉しそうにする顔を見ると痛む。
何かを置いてきてしまったような寂しさ。
「カインさん・・・?」
不安そうに俺の顔を覗き込むカルマナ。
「心配するな。何でもない」
彼女から逃げるように話題を変える。
「そういえば、ジュリエットはドルガリスから俺たちを追ってきたんだろ? あいつの様子はどうだった?」
「窓越しにロザリア様の姿を見かけたので私も急いで中へ入って様子を伺っていたんですけど、お師匠様が去った後、すごく悲しそうでした。パーティのみんなと話していて笑っていたんですけど、どこか元気がないような感じで・・・。見ているこっちが悲しくなっちゃいました」
・・・やっぱり聞かない方が良かったかもしれない。
「すぐに儀式に向かったわけではないんだな」
「大食堂を出てそのまま大聖堂の方へ向かっていましたので、もう今頃始まっていると思いますよ」
ジュリエットの足の速さを考えると、そこまで時間は経っていないだろう。
『祖光継諾の儀』による二週間のアドバンテージがあるとはいえ、あいつらならすぐに取り戻せる時間だ。
油断はできない。
「それはそうと、お前を弟子にしたつもりはないからな」
「でも、そう言いながらしっかり稽古してくれるじゃないですか。さっきだってアドバイスしてくれましたし♪」
それは、お前をあしらおうとすると誰かさんの目が怖いからだ。
気付くと、カルマナは口元を抑えニヤニヤしていた。
「何だ。言いたいことがあるなら言え」
「うふふ。なら、この子の腰にぶら下がる立派な剣は何なのでしょうねぇ?」
ぐ・・・。
「これ、お師匠様が選んでくれたんです。私には両手剣よりこっちの方がいいって」
ジュリエットは腰の双剣を抜き、優雅に舞って見せる。
「へぇ〜。どんなふうに?」
「『お前は、その速さを殺さない体重移動の器用さのおかげで素早くキレのある動きを実行できているわけだが、素早い動きの反動で、一瞬だけ剣を構え直す時間が生じてしまっている。我流による癖だろうな。それを無理に消すより、活かした方がお前のためになるはずだ』って♪」
「すごいです! 仕草までそっくりですね!」
ご丁寧に顔まで真似しなくていい。
しかし、こいつがこんなイキイキした顔するなんて想像もしなかった。
すっかり心を許したからなのか、こんな風にカルマナのノリに付き合っている。
なんだか言葉遣いも柔らかくなっているし、少女ながらどこか上品さすら感じる。
襲いかかってきた時とはまったくの別人だ。
「カインさんてば、ほ〜んと素直じゃないんですから」
「自分の身は自分で守ってもらわないと困るだけだ。目の前で死なれたら目覚めが悪いからな」
元剣士としての血が騒ぐのか、実際ここで埋もれさせるのは惜しいと思ったのは本当だが。
ジュリエットの素質は本物。
磨けばその辺の奴より遥かに早くマスタークラスへ上り詰めるだろう。
「お師匠様が買ってくれた剣、一生大切にしますね!」
「所詮、武器は消耗品。ただの道具に必要以上に固執するのは危険だ。少しでも違和感があったり、自分に合わないあるものを使い続ければ命に関わる。そのうち自分に馴染むものを見つけたら、それは迷わず捨てて買い替えろ」
自身の身体能力やスキルを磨くのは大前提だが、武器や道具はあくまでツール。
そう割り切らないと自らの身を危険に晒す事になる。下手な思い入れが窮地を招く。
そして悲劇が生まれるんだ。
かつての俺のように・・・。
振り向くと、カルマナにそっと服の裾を掴まれていた。
「それは、自分自身に言っているのですか?」
触れられたくない部分まで、本当によく気付く奴だ。
「さあな。そんなことより見えてきたぞ」
そうこうしているうちに、渓谷の岩肌に埋め込まれたように佇む色褪せた煉瓦色の遺跡が目に入る。
「ここがヴァニラ遺跡」
見上げる二人を尻目に中へ入り奥へ真っ直ぐ進んで行くと、大きく開けた場所に出た。
建物の中であることを忘れるくらい床に生い茂った芝生や花々と、所狭しと壁を這うツル。
目の前には朽ち果てた三つの女神像が立っていて、それぞれが持つ長い杖の先端は欠けている。
女神像はそれぞれ服や髪型など、微妙に違いがある。
「よく見ると杖の形が違いますねぇ。左の像は真っ直ぐで、右は蛇みたいに波打っています。真ん中は水玉のようなものが集まった形をしていますね」
「本当ですね。右の子が一番可愛いな」
灯る松明が女神像の後ろの重厚そうな扉を照らしている。
カルマナは軽やかに手を叩いた。
「閃いてしまいました! ここから三手に分かれてお宝を持ってくるのですね!」
「閃くのに随分時間が掛かったな」
「ぶー。じゃあカインさんは分かったのですか?」
「女神像の持つ杖の先が欠けているだろ。扉の奥に安置されている鍵をあそこに嵌め込むと地下への入り口が開かれる、と聞いたことがある」
右には強力な魔物が待ち受けている。
左は巨大な石板に必要なピースを嵌め込む。
真ん中はただ目を閉じ精神を集中させればいい。三つの中で一番簡単だ。
厄介なのはギミック自体ではなく、息を揃えて解除しなければならないタイミングの方だ。
万が一を考えて、ループごとにロザリアたちをうまく誘導して、三通り全てのギミックは把握しておいた。
当時はまさか全て攻略する事になるとは思いもしなかったのだが。
とはいえ、馬鹿正直に攻略していたら時間が掛かる。
扉の前に立ち、魔力を増幅した弾丸を装填した。
「離れていろ」
こんな茶番に付き合っている時間はない。
壁ごと扉を吹き飛ばしてさっさと鍵を頂く。
扉に向かい発砲した瞬間、まばゆい閃光と共に電撃が走った。
扉は、変わりない姿でそこにあった。
傷一つついていない。
弾かれたと言うより、吸収されたような感覚に近い。
しかし、これは困った。
まさかループ二回分の魔力を溜めた魔弾でも破壊できないとは。
壁に手を触れると、わずかに魔力の流れを感じ取った。
ただの石材ではない。
ゴツゴツした触り心地や色合いこそよく似せているが、それは先程の横着を予防するためのカモフラージュで、遺跡全体が強力な魔力を材料に作られていたというわけか。
ともかく、これで破壊できないとなるとやはり正攻法しかない。
となれば、なるべく二人の特性に合った扉を選ぶしかないが。
魔物のいる右の扉に俺が入れば、後の二つは二人なら大丈夫だろう。
「二人とも聞いてくれ。お前たちは・・・」
言葉を遮るように強い光が発し、その眩しさに目を瞑る。
「・・・・・・」
ゆっくりと目を開くと、目の前には松明に照らされた通路が伸びていた。
「二人とも大丈夫か?」
返事がない。
周囲を見渡しても、どこにも二人の姿はなかったーーー。
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