表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/35

[再会] -3-*

 そして来たるべき次の日、トロールのご主人が約束した十一時の一時間前には、急かす彼女に連れられて港の片隅に座り込んでいた。


挿絵(By みてみん)


「やっぱりちょっと早かったんじゃないの? 未だ来やしないよ」


 僕は大あくびをして、隣でそわそわとご主人がやって来るであろう方角を凝視するトロールを見上げた。

 昨夜はあれから両親の話を反芻(はんすう)している内に、ほとんど眠れないまま夜が明けてしまったのだ。


「そりゃあそうだけど……あたいのCARO(カーロ)(親しい人のこと)が到着した時、あたいが見えなかったら寂しく思うじゃないか! あぁ、あたいのこと、ちゃんと見つけてくれるだろうねぇ」


 相変わらずの派手な衣装にこのがたいなのだから、見つけられない訳がない、と言いたいところだったが、何とか喉元に押しやり、彼女の心配に付き合うこと三十分。待ち合わせよりも早い到着でトロールは熱い抱擁を受け──いや、受けたのはご主人か。彼は背丈も背幅もトロールに負けていたが、僕に挨拶する表情は喜びと愛情に溢れていた。


「あら、お先に着いちゃったのね。トロールの荷物運んできたわよ」


 約束した時刻にやって来た両親の荷馬車には、何とも大仰な荷箱が幾つも重なり合っていた。


挿絵(By みてみん)


「こんなに持っていくの!?」

「シチリアでは手に入らない物も有るんでね。それじゃ二日後を楽しみに待ってるよ」

「え……?」


 ──二日後?


「あ? あれ? ジョエルには未だ伝えていなかったかしら? アメルは?」


 急にあたふたと始めた母さんは、後ろで荷を運ぶ父さんを振り返った。


「いや……てっきりルーラが話したものだと……」

「一体何なのさ」


 少し気分を害した僕は、それでも引きつった笑いを保ちながら答えを待った。母さんのおっちょこちょいはいつものことだ。もう慣れている。


「えっと、遅くなってごめんなさい……明後日のトロールの結婚式に出席するのよ」


 母さんが舌を出して僕へ告げる。トロールは隣で呆れたように腕を組んだ。


「シチリアでの結婚式? 本当!? トロールのウェディングドレス姿が見られるの?」


 それを聞いて興奮した僕の言葉に母さんは(うなず)いて、けれどそれを想像した僕達は、思わず込み上げる笑いを止められなかった。


「あんた達親子はぁ……! 今何を想像して吹き出したのか言ってごらん!」


 言わずもがな、トロールのドレス姿。とは誰も言うまい。


 追いかけ回すトロールに逃げる母さんと僕。もちろんどの口元にも笑いが絶えることはなかった。そして僕はそれがいつまでも続くことを、願わずにはいられなかった──。




 ◇ ◇ ◇




「ジョエル! ジョエル!! 早く起きて、遅刻よ!」


 更にその翌朝は母さんの慌てる声が響き渡って始まった。遅刻って……今は夏休みだし、トロールの結婚式は明日だし……一体何の騒ぎなんだか。


「ほら、早くっ! 父さんの準備はもう出来てるのよ!」


 ──父さん……の準備?


 僕はこの前の夜の、トロールから聞かされた話も手伝って寝不足が続いていた。母さんの(せわ)しない声から察するに、起きる必要が有ることは感じられるが、身体が言うことを聞かない。


「もうっ、(しぼ)んじゃう前に持っていかないと、明日の結婚式に連れていかないわよ!」


 ──萎む……?


「何……の話……? 持っていくって……何処に……?」


 ようやく身体を回転させて母さんの方を向き、(かす)む視界にふくれっ面がぼんやり映ったが、それはみるみる内に蒼褪めて、


「あらっ? やだ……また言い忘れてた!? ごめん~ジョエル……とにかく支度して!」


 ──また、母さんのおっちょこちょいか。


 僕は観念したように気だるく半身を起こし、母さんがクローゼットから取り出して、ベッドに並べた僕の着るべき衣装を見下ろし、一瞬固まった。


 ──これ……明日の結婚式と間違っている訳じゃないよね?


 其処に用意されたのは礼服──僕の一張羅だったからだ。


「早く早くっ! 式が始まる前に渡してほしいのよ!」


 仕方なく袖を通して支度を始めたが、全く訳が分からない。尋ねる間もなく母さんは部屋を飛び出してしまい、僕は洗面台で一通りのことを終え、上着を羽織ってリビングに移動した。


「やっぱりちゃんとした格好をすると見違えるわねーっ。じゃ、これをアモールへ届けてね」

「えっ……?」


 ──薔薇……の花束……?


「えーっ!? 嘘っ、嫌だよ、こんな格好して花束持って港まで行くなんて!」


 僕は手渡された花束を突き返しながら叫んだ。黄色とオレンジの中間色の、五十本は有ろうかという大きな花束。アモールに? あ……そうか、今日はモカの十六歳の誕生日。そして結界の外へ出る自由を得られる成人式当日だ。


挿絵(By みてみん)


「姉様と約束したのよっ。もちろんルラの石は貸してあげるから。式にも出席してと言われてるの。光栄に思いなさい」


 母さんは父さんに目配せをして、深く腰かけたソファから立ち上がった父さんは、僕の腕を引き外へ出た。結局は二人のペースに呑み込まれるのだ。諦めるしかない。


「皆に宜しくね……ティアラにも」


 ──ティアラ?


 母さんはそう伝えてルラの石を僕の首に架け、そして頬にキスをした。


 何故ティアの名前だけを出したのかが不可解極まりなかったが、僕はそんな母さんを振り返りつつ、父さんに連れられ丘を下った。



 ***



「ほらっ……やっぱり」


 僕達は市場を抜けながら港を目指していたが、案の定街中の好奇の眼に(さら)され、顔から火が出そうな勢いだった。


「何とでも言わせておけばいいさ。明日もこの格好で港まで行く訳だし」


 父さんは動じた風もなく隣を歩いている。父さん自身は普段の格好で、花束も抱えていないのだから気にする必要もないか。


「だって……明日は花束はないでしょ?」

「いや……トロールにも用意するって言ってたよ。今度は濃い目のピンクだとか」

「えーっ……」


 すぐさま表したげんなりする顔を見て、父さんはぷっと吹き出した。


「いつもは気障なお前でも、さすがに照れるんだな」

「え……あ、だって……」

「?」


 僕はそのまま口をつぐんで、歩を進める自分のつま先を見つめた。照れてるんじゃない。こんな正装をして、女性に花を差し出すのなら──出来れば最初はティアであってほしいと思ったからだった──。




 やーっとタイトルの『薔薇』が登場致しました(汗)。

 そして次話にて、一章より出番のないヒロイン ティアラが登場致します(大汗)!

 彼女の半身イラストも入れますので、どうぞお楽しみに(?)していてくださいませ~!!




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ