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あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。
「はい万里様」
頷くとマリアさんはあたしの左手を取って歩き始めた。
高貴な身分の女性は一人で歩く事はしないそうで、お付きの人がよりそって誘導してくれる。
マリアさんはあたしの歩くスピードに合わせてくれるから歩きやすい。
マリアさんはどちらかといえば小柄な方になるそうだけど、それでもあたしとの身長差はかなりある。
ヒールを履いてマリアさんの肩に届くかなというあたしの歩幅は当然狭い。だけどマリアさん以外の侍女さん達は歩幅の差を無視して歩いていくから、あたしは半ば引きずられるように歩くようになるのだ。
身長差、男の人だと大人と子供って感じになってしまう。
アンディ様の胸に届くかどうか、顔を見て話すには頑張って見上げるしかない。
ベッドの中ではそんなに身長差を感じないから、問題は足の長さみたいだ。ちぇ。
「おはようございます聖女様」
「聖女様おはようございます」
長い廊下を歩く途中、お城で働く人たちに次々声を掛けられる。
「おはようございます」
アンディ様は頷くだけだけど、あたしはつい返事を返してしまう。
さりげなく頷いて通りすぎるとか出来ないのは慣れの違いというか、身分社会に慣れていない庶民の性と言うべきなのか。
挨拶される度に若干動揺してしまう。
向こうの世界では喫茶店の手伝いと添い寝屋をやっていたあたしはどちらかといえば率先して挨拶をする立場だったから、条件反射で挨拶をする癖がついているのだ。
昔喫茶店の常連だったデパート勤務の女性が、他のお店でも無意識に「いらっしゃいませ」と言いそうになると笑っていたことがあるけど、まさにそれだ。
言われる前に挨拶しそうになる。侍女さんだろうが、官僚さんだろうが、下女さんだろうが、ついつい先に頭を下げそうになってアンディ様に苦笑いされてしまう。
それが気まずくてお城の中を歩くのが苦手になった。それに。
「今日も……灰色と黒ばっか」
マリアさんに聞こえない様に、小さな声で呟いた。
挨拶する人の周りをミランさんと同じ様に灰色や黒のけむりが覆っている。
アンディ様の解呪が進むうち、それは見える様になってきた。
負の感情の塊なのだとイシュル様に説明を受けた時は泣きたくなった。
あたしに向けられる負の感情が灰色や黒のけむりとなって見える。それとは反対に好意的な人の周りには明るいけむりというか光が見える。
マリアさんの周りはいつも薄いピンク色の光が見える、アンディ様の周りには赤の様な金色の様な光が見える。分かりやすいけど、灰色や黒ばかり見ていると気持ちが落ち込んでしまう。
あたしの立場上仕方ないのだと思っても、黒や灰色のけむりを見るのが嫌で部屋にひきこもり気味だったりする。
利点と言えば、他の人の感情も分かるというところ位だ。
アンディ様と宰相さんは仲が良い。
一部では腹黒いと評判らしい宰相さんはアンディ様の子供の頃からの理解者で、呪いを受けたアンディ様をずっと支えてくれた人なのだそうだ。
そんな宰相さんは誰に対しても結構灰色なけむりを漂わせながら接しているのに、アンディ様と陛下と話している時は青と金のけむりを漂わせているのだ。
色の分け方はピンクから赤は好意や愛情。青や紫は忠誠、誠意。金色は敬意、緑色は信頼、清浄となるらしい。
ちなみに宰相さんがあたしに向けている色は緑色だ。なぜか最初からそうだった。
マリアさんにも護衛の騎士さん達にも薄灰色のけむりを漂わせているのに、なぜかあたしには最初から緑色。あたしの事を一番疑って見そうな立場の人なのに、ちょっと意外だった。




