溶けだしたアイス
「日が伸びたね」
校舎を出ると、まだ夕日が顔を覗かせていた。
「夏だなぁ」と夕日を見つめる神崎君の目は
少し赤く腫れていた。
「もう7時なのにね」
戻ってくるのが少し遅かったし
何かあったのかなっと思って聞こうと思い呼びかけた。
「...神崎君」
「高橋さん」
「...何?」
神崎君は私の話を遮るように、こちらを向いた。
「ありがとう」
「...何が?」
「変なお願いだったのに、受け入れてくれて」
「恋人のフリのこと」
「あぁ、いいよ、別に」
確かに、変なお願いだと思う。
それでも断れなかったのは
もちろん、推しに負けたのもあるけど、
私の"過去"があったからだろう。
──────「......い...ない」
「...の...せい...みんな...!」─────
「...っ」
吐き気がする。
喉に何かが詰まったみたいに息が苦しい。
喉を抑える手が震える。
なんで思い出すんだ、もう閉まったはずなのに
苦しい、助けて。
「...高橋さん?」
私の様子に気づいてか、神崎君が高い背を
屈めて、私の顔を覗いた。
その瞳には、心配の色が映っていた。
あぁ、その目で私を見ないで
お願いこれ以上傷つきたくないの。
「大丈夫だから...っ」
私は神崎君から目を逸らした。
「…そっか、それなら良かった」
神崎君は少し眉を下げて
優しく笑った。
そんな彼の仕草に少しだけ胸が痛んだ。
そこからの帰り道はあまり覚えてない。
あの会話から気まづい空気が私たちの間を流れていた。
神崎君もあれから何も話さずにただ歩を進めていた。
なんだか、気まづくて、ちらっと神崎君の方を見た時
神崎君も私の方を振り向いて
「コンビニ寄っても良い?」
神崎君は目を輝かせた。
「あ、うん、いいよ」
「やった!」
嬉しそうにコンビニに入っていく神崎君を見て少し違和感を覚えた。
さっき横目に見た神崎君の瞳が一瞬だけ光を失ったように見えたんだ。
気のせいかな。
そんなことを考えながら神崎君の後を追って
コンビニに入った。
「高橋さん!何か食べたいのある?奢るよ」
「え?そんなことしなくていいよ」
「遠慮しないでいいよ、お礼として受け取って」
「…んー、じゃあ、お言葉に甘えて」
奢ってもらうのは少し気が引けたけど
お礼と言われたら断れなかった。
「じゃあ、これがいい」
私はバニラのラクトアイスを手にとった。
他の味も好きだけど、結局バニラがシンプルで一番好きなんだよね。
「了解!お会計くるから外で待ってて」
神崎君は私からアイスを受け取り
レジに並んだ。
私はコンビニの外のベンチに座って彼を待った。
辺りはだんだん暗くなっきて
夕暮から夜空のグラデーションの中にまばらに星が輝いていた。
「...これからどうなるかな」
春が終わり、高校最後の夏休みも近づいてきた。
私は空を見上げて息を吐いた。
夜にしては蒸し暑くて、少し制服のネクタイを緩めた
時折涼しい風が髪をなびかせ
頭を冷やしていく。
「なんで、私じゃなきゃダメだったんだろ」
そんな疑問が頭をよぎったとき
「高橋さん!買ってきたよ」
笑顔でコンビニを出てきた神崎君に
さっき選んだ、バニラアイスを手渡され
「ありがとう」と言い受け取る。
「それにしても暑いね」
神崎君はチョコミントのラクトアイスを買ったようで、それを口に咥えながら私と同じようにネクタイを緩めた。
「神崎君ってさ、意外とよく話すんだね」
「あんまり話すイメージなかったから」
自分で言っときながら、気まづくて
神崎君が買ってくれたアイスをひと舐めした。
「...僕さ人が苦手なんだよね」
「友達とかあんまりいないし、作ろうとも思ってない」
「でも、なんだか高橋さんとは話せる気がしてたんだよね」
「え?」
「本当は話してみたくてさ、いつ話しかけようかなってタイミング見計らってたんだよね」
「なんか変態みたいだね」と神崎君は気恥ずかしそうに笑った。
だから、いつも視線を感じてたのか。
「...でも、なんで私だったの?」
「え?」
「...恋人のフリ、どうして私なの?」
「あぁ〜...」
神崎君はまた照れくさそうに頭をかいて
「今言った通りだよ。気になってたんだよね、高橋さんのこと」
「...は?」
暑さで溶けたアイスがポタっと私の手に落ちた
気になってた?私を?
なんで?
「高橋さんって他の人とは違う雰囲気だったんだよね」
「どこか大人っぽいっていうか、なんだか目が離せなかったんだよね」
「そうかな、?」
「うん、また変なこと言ったねごめん」
神崎君はまた眉を下げて笑った。
「でも、心配しないで、フリ以上は求めないから」
「...うん」
そう口にした彼の声は低く、冷たかった。
私は彼の顔を見ようとして辞めた。
見てはいけない気がしたんだ。
「...あ、じゃあ私こっちだから」
「わかった、またね」
彼は手を振って、私と反対方向に歩みをすすめた。
「ただいまぁ」
「おかえりー、遅かったじゃない」
「...委員会が長引いてさ」
「そう、ご飯できてるから荷物置いてきなさい」
「はーい」
重い足をあげて階段をのぼり
自分の部屋のドアを開ける。
「はぁ...」
バタン
ベットに倒れ込む。
一気に疲れがどっと私を襲った。
布団に吸い込まれるように、横たわる。
今日の出来事が頭の中を駆け巡った。
神崎君の恋人のフリをして欲しいというお願い。
神崎君の意外な1面。
私を気になっていたということ。
「...神崎君ばっかじゃん」
私の頭の中は完全に神崎君で埋め尽くされていた。
彼の赤くなった顔、笑った顔、
私を捉えて離さなかったあの瞳が
頭から離れない。
「あぁ!もう!!」
頭の中の考え事を振り払うように勢いよく起き上がる
横にある鏡にちらっと目をやると
口角が上がり、頬がほんのり赤くなった自分の顔が写っていた。
それを見た瞬間一気に冷静になり
鏡に写る顔もいつもの私に戻っていた。
「…フリなんだから、何も考えることないよね」
そんなことを思っていたら
「夏樹ー!降りてきなさーい!」
お母さんの声が聞こえた。
「はーい」と私は返事をして
階段を駆け下りた。




