始まりの嘘
「僕の恋人のフリをしてくれませんか?」
この嘘で染まった私たちの関係は
突拍子もない君の言葉から始まったんだ。
「じゃ、あとは高橋と神崎頼んだ。」
そう言って、間宮先生は図書室を出ていった。
放課後、図書委員会の集まりが終わって
帰ろうとした時、運悪く図書室の整理をまかせられてしまった。
「夏樹どんまいだね。」
この子は栗澤舞衣、私の友達だ。
「ほんと最悪、ついてないわ。」
「でも、神崎君もいるじゃん、一人でやるよりかはまだ楽でしょ。」
そう、私達3年生は図書委員会は女子一人、男子一人ずつやることになっている。
女子は私、高橋 夏樹、男子は神崎 麗音だ。
「神崎君ってさ、かっこいいけど、近寄り難いよね」
舞衣は神崎君を見てボソッと呟いた。
「近寄り難いけど、かっこいいかな?」
確かに彼は背が高くて、少し前髪が目にかかり、その隙間から見える顔は整っていて、独特な雰囲気を纏って惹かれる人は惹かれる、そんな容姿をしている。
実際高校に入ってから、女子の中では密かに恋をしている人が学年関係なく多くいるとか。
だけど、私は好みでは無いし、委員の仕事をしてる時もいつも無言で、無表情だし、モテるからってすましてる感じがあるし、たまに視線を感じるのが居心地が悪くてあまりいい印象は持ってなかった。
「夏樹の目は節穴なの?」
「はい?」
「神崎君のあの容姿が近くのあって惚れないとか目ついてないんじゃないのー?」
舞衣はそう言って顔を近づけてくるから
私は舞衣の顔を手で押し返した。
「ついてるし、ただ好みじゃないだけ、誰だって好みくらいあるでしょ。」
「まぁそーだけどね?」
「それより早く帰りなよ。」
「えぇー、帰りたくなぁい。」
「早く帰らないと手伝わせるよ?」
「今すぐ帰らせていただきます。」
舞衣は勢いよく椅子から立ち上がり
足早に去っていった。
「…こういう時だけ足が早いんだよなぁ。」
舞衣が去っていった方向を眺め、
やっと日が暮れ始めたなぁ、なんて呑気に考えていたら、
私の頭の上に影ができた。
「……高橋さん、これお願いします、僕新しい本並べとくから。」
声の方向を見ると、神崎君が私を見下ろしていた。
神崎君の手には貸出に出していた本の返却確認シートだった。
「あ、ごめん、今やるね。」
私は慌てて神崎君からシートを受け取って
椅子から立ち上がり、返却された本を取りに行った。
「……」
「……もう終わった。」
返却されてた本はたったの3冊。
まぁ、図書室なんて使う人ほとんどいないし、いるとしたら学年で数人くらいだ。
「あれ?」
おかしい、貸し出しシートには4冊と書かれているのに、返却されたのは1冊少ない、3冊。
貸出しシートと返却確認シートを照らし合わせて確認すると、返却されていなかったのは
【恋の理論】という本だった。
この本は誰が借りたんだ?
てか、【恋の理論】ってどんな本だよ
心の中でそんなツッコミを入れて
貸出リストの名前を確認した。
「...え?」
「あ、神崎君、これ終わったよ。」
私は確認し終わった本を抱えて
新しく届いた本を並べている神崎君に報告しに行った。
「…ありがとうございます。」
神崎君は目も合わせずか細い声で呟いた。
「……えと、神崎君、本の返却期限過ぎてるよ?」
【恋の理論】を借りた人は神崎君だった。
「神崎君だよね?【恋の理論】借りたの。」
私がそう言うと、神崎君の手が止まった。
「意外だね、こんな本借りるの。」
神崎君モテるし、彼女とか居そうなのになと心の中で呟きながら、彼の顔を見上げると
彼の顔は真っ赤に染まっていた。
「……え??」
なんでそんな赤くなってんの?
恥ずかしがることあった?
「...ごめんなさい、僕が返しておくから、大丈夫です。」
窓の外で光る夕日のように真っ赤になった顔を両手で抑えてしゃがみ込んだ。
そんな彼を見て私は吹き出した。
「…ぷっ、あはは」
いつもはあんなにすまして、無表情なのに
顔を赤くして、しゃがみこむ彼が面白くて
我慢できなくなって吹き出してしまった。
「……え?は?なんで笑ってるの、」
神崎君は口をぽかんと開けて上を向いた。
「ごめんごめん、面白くて」
私は神崎君に目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。
「何が面白いの」
「いやぁ、イメージと全然違くてさ、ついね。」
再び込み上げてくる笑いを抑えながら言うと
神崎君は自分の頭をぐしゃぐしゃっと掻き乱した。
「あ〜もう!そんなに笑わないでよ…。」
髪の隙間から見える耳まで赤く染っていた。
「ごめんね?もう笑わないから。」
そう言って、彼の方に手を伸ばした。
さっきまで彼に抱いていた嫌悪感は消え去って
いつの間にか彼との距離が縮まっていた。
「……本当?約束だからね?」
彼はぐしゃぐしゃになった髪をかきあげた。
「……!」
伸ばした手が宙で止まる。
長い前髪で隠れていた目があらわになり
私の目を捉えた。
その目に私は吸い込まれそうだった。
長いまつ毛と綺麗な黒い瞳
深海のようにどこまでも、どこまでも続いてるような、彼の瞳に。
「……ぁ」
私は言葉を失ったかのように、ただ彼の瞳を見つめた。
「……あの、高橋さん?」
「…あ、」
沈黙を破るように、私を呼んだ神崎君の声で我に返った。
「え、あ、ごめん!」
神崎君から目を離し下を向き先程の彼のように、顔を覆った。
やばい、恥ずかしい。
何してるんだろ
顔が熱を持ったように熱かった。
「ごめん、見すぎた」
そう言って立ち上がろうとした時、
「え?」
神崎君に腕を掴まれた。
「あの、高橋さん」
「僕の恋人のフリをしてくれませんか?」
「...は??」
理解できなかった。
神崎君の口から発せられた言葉の意味が、
さっきまで熱を持っていた顔の熱が一気に冷めた気がした。
代わりに神崎君に私の熱が移ったように再び彼の顔が赤く火照った。
「あ、えと、あの」
神崎君は自分の言葉に驚いたのか少しパニックになっていた。
私も神崎君の言葉に驚いて目を見開いて固まっていた。
「僕、!実は曲を書いてて、恋愛曲書きたいんだけど、恋愛したことなくてかけなくて、どんな感じなのか分かれば、書ける...かなって...。」
珍しく大きな声出したと思ったら
だんだん小さくなって、また頭を下げた。
「…なんとなくわかったけど、」
神崎君って恋人いなかったんだ。
モテると思ってたけど、言われてみれば
あまり人と関わってるイメージないし、
なんなら、人と話してるところ見たこと無かったかもしれない。
噂で勝手に決めつけてたな。
ちょっと自分の中で反省した。
「...その、恋人のフリって、私じゃなきゃダメなの?」
私以外でいいなら、私以外の人に頼んで欲しい。
そう考えた時、いきなり手を握られた。
「高橋さんじゃなきゃダメなんだ!」
私はびっくりして体を仰け反った。
また彼の瞳が私を真っ直ぐに見つめた。
また吸い込まれる
さっきより光を帯びている彼の瞳に。
ブンブンと頭を振って、自分を現実に引き戻す。
「...分かったよ。」
私の承諾を聞いた神崎君は嬉しそうに笑った。
「ありがとう!!」
彼はそう言って手を離した。
「あ、うん。」
私は彼の勢いに呆気にとられて、返事をすることしか出来なかった。
「高橋さん、この後時間ある?一緒に帰らない?」
「え?あるけど、」
「じゃあ一緒に帰ろ!忘れ物取りに行ってくるね」
いつの間にか神崎君の敬語は消えていた。
「どこか寄り道してく?コンビニとかかな、それともカフェとか?」
「カップルって何をするんだ??」そんなことを呟きながら彼は図書室を出ていった。
「...はぁ...なんなのあの人」
寡黙な人かと思ったら、感情豊かで
恥ずかしがったと思えば、手を握ってきて
恋人のフリをして欲しいだなんて。
「...嵐の予感」
嵐の前みたいに晴れた空に
夕日が輝いている。
「恋人のフリか、」
「フリならいいよね。」
「フリなら...傷つくこともないよね...?」
誰もいない図書室に私の小さな声が飲み込まれていく。
少し古びた本の匂いがざわつく心を落ち着かせてくれる。
ガラッ
「高橋さん、帰ろ?」
やっと落ち着いてきた心がまたざわつき始める。
「あ、うん」
立ち上がりスクールバックを肩にかけ
図書室をあとにした。
私はこの時思いもしなかったんだ。
この嘘で始まった関係が
私達のかけがえのないものになるなんて。




