第80話:宿命の邂逅――荒野に立つ断罪の番人
砂塵の進軍――狂信の騎士たち
(黒鉄期1692年:午後、ラブラス領南方の荒野)
勇者団の「教会騎士団組」――獅子、蜥蜴、熊、鷲の四名は、先行する冒険者組(虎、狐、鷹、梟)を出し抜き、南方の僻地「第三十一開拓村」を目指して強行軍を続けていた。
彼らがこの過去の世界に降り立ち、因果の渦に身を投じてから既に一週間が経過している。
目的はただ一つ。後の魔王を生むとされる女、レオリナの抹殺。
本来、この過酷な任務は八人の勇者全員の力を結集し、慎重に進めるはずのものだった。しかし、「時反しの魔術」がもたらす精神的負荷か、あるいは世界そのものの意志による干渉か。彼らの内面は、徐々に、しかし決定的に変質していた。
彼らは今、「大義」という名の猛毒に冒され、あらゆる残虐行為を正当化する冷徹な狂気に陥っていた。人族の未来を救うという使命感の裏側には、自分たちを死地へ追いやった賢者エウレや教会本部に対する拭いきれない不信感が澱のように溜まっている。その鬱屈したエネルギーが、外側への攻撃性へと転化されていた。
「ははっ!笑えるなー、獅子!出し抜いてやったぜ!面倒な後始末は全部虎たちに押し付けて、俺たちは手柄を独り占めだ。一石二鳥じゃねえか!」
痩身の暗殺騎士、蜥蜴が乾いた大地を蹴りながら甲高く笑った。彼の手にある短剣は、この数日間で街道を塞いだ無数の魔生物の返り血を浴び、どす黒く鈍い光を放っている。後方で混乱を収拾しているはずの虎たちの姿を想像し、彼の残虐な愉悦は加速していく。
「驕るな、蜥蜴。虎を侮るなと言ったはずだ。奴ならすぐに状況を理解し、最短ルートで追ってくる。油断はお前の悪い癖だ」
先頭を走る隊長、獅子は、端正な横顔に冷徹な殺意を湛え、低く嗜めた。彼の白銀の鎧は完璧に磨き上げられ、一点の曇りもない。しかしその声には、虎という男の執念深さを誰よりも熟知しているが故の、本能的な焦燥が滲んでいた。
「分かってるって、獅子。だからこそ急ぐんだろ?さっさと村に着いて、魔王の種も、それを育む土壌も、一匹残らず刈り取ってやろうぜ!」
蜥蜴の言葉に、巨体と重盾を持つ寡黙な騎士、熊が、口元に深く刻まれた古傷を歪ませ、微かな愉悦の色を浮かべた。彼の豪胆さは、非人道的な任務に対しても微塵の躊躇も見せない。
また、細身で敏捷な女騎士、鷲は、その凄惨な未来を空想するようにペロリと唇をなめた。彼女の細剣は、これから流れるであろう「罪なき血」を予感してか、歓喜に震えているように見えた。
彼らは今や、人族至上主義を掲げる人智十字教会の狂信的な尖兵と化していた。この過去の世界に生きる異種族や混血種は、彼らの「大義」の前では路傍の石、あるいは排除すべき汚物に過ぎない。未来で確立された絶対的な教義が、彼らの思考を完全に停止させていた。
________________________________________
廃墟の聖域――31開拓村の境界
目的地の「第三十一開拓村」まで、残すところ数時間の距離にまで迫った。
本来、この村は豊かな森に囲まれていると地図には記されていた。しかし、彼らが今目にしている光景は、草木さえも枯れ果て、生命の営みが絶えた絶望的な荒野であった。
突風が砂と塵を巻き上げ、勇者たちの視界を遮る。
その視界の先に、異様なシルエットが浮かび上がった。
それは、半壊した人智十字教会の無惨な残骸だった。
かつて火を放たれたのであろう、崩れた石壁には黒々とした焦げ跡が残り、風が吹き抜けるたびに内部から瓦礫の崩れる乾いた音が響く。この地で強引に推し進められた人族至上主義の布教拠点――異種族を徹底的に排斥するための前線基地は、かつて混血種たちの激しい怒りによって叩き潰されたのだ。その歴史の傷跡が、この荒野の有様そのものであった。
その廃墟の敷地を強行突破しようとした瞬間。
先頭の獅子が鋭く右手を挙げた。
「……止まれ」
統率された動きで四人がぴたりと静止する。
「どうした、獅子。さっさと村ごと火をつけて、任務完了といこうぜ」
いぶかしげに振り返る蜥蜴。しかし、常に沈黙を守る熊が、地を這うような低い声で告げた。
「……呆けたか、蜥蜴。前を見ろ」
蜥蜴が視線を戻した。
教会の朽ち果てた正門。その影の中に、一人の男が立っていた。
男はうつむき加減で、微動だにせずそこにいた。
年齢は六十を越えているだろうか。白髪混じりの短髪だが、荒野の過酷な環境で鍛え上げられたその体躯は、現役の重装歩兵をも凌ぐ頑強さを誇っている。粗末な麻の服を纏い、腰には剣とも斧ともつかぬ一振りの無骨な「鉈剣」を差している。
荒廃した聖域を守る、孤独な番人のような佇まい。
「なんだぁ、てめぇ……!どこの馬の骨だ!」
蜥蜴が声を荒げる。彼の血は、眼前の「獲物」に対する渇望で沸騰し始めていた。
熊は静かに重盾を構え、鷲は細剣の柄に手をかける。獅子もまた、長年の戦場経験が告げる「異常な威圧感」に、無意識のうちに剣を一段階引き抜いていた。
「警戒態勢。……この男、ただの老人ではない」
________________________________________
禁忌の呼称――ルーベンカーの覚醒
「あぁ?一人だぜ?おい、じいさん!邪魔だ、どきやがれ。死にたいのか!」
蜥蜴は興奮を隠せない。獲物が一人であれば、それは彼にとって最高に効率的な「狩り」になる。彼は二振りの短剣を抜き放ち、じりじりと男へ歩み寄る。
その時。
男がゆっくりと顔を上げた。
日に焼けた頑丈な風体。その双眸には、年齢を感じさせない強固な意志と、すべてを達観したかのような深い諦念、そして底知れぬ鋼鉄のような憎悪が宿っていた。
男が口を開いた。その声は低く、乾いて、荒野の砂塵を噛み砕くように響いた。
「……勇者だな?」
その一言に、四人の時が止まった。
なぜ、この僻地の、この過去の時代に、最高機密である「勇者」という呼称を知る者がいるのか。彼らの時代では希望の象徴であるその名が、この男の口からは、反吐を吐き捨てるような呪詛として響いた。
「な……貴様、なぜそれを知っている!」
獅子の冷静な仮面が割れ、初めて明確な動揺が走る。エウレによる時間跳躍作戦、そして「勇者」の選定。情報が漏れるはずのない隔絶された真実。
「だったらなんだ!答えなど死んでから考えろ!」
蜥蜴は思考を放棄した。理屈よりも、目の前の標的を切り刻む本能が勝ったのだ。
彼は流れるような動作で二本の短剣を男の顔面と心臓へ向かって投げつけた。
同時に、蜥蜴は大地を爆ぜるように蹴る。
投げられた短剣が視線を引き付け、一瞬の回避動作を強いる。その隙に懐へ飛び込み、喉元を一気に掻き切る――彼がこれまで数多の武装兵を沈めてきた、回避不能の「初見殺し」のコンビネーション。
投げられた短剣が、男の眉間に突き刺さる。――はずだった。
蜥蜴の顔には、既に勝利を確信した残忍な笑みが浮かんでいた。
しかし。
男は微動だにせず、ただ静かに「鉈剣」の柄に手をかけた。




