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オース大陸秘匿伝記「因果の円環を閉ざす九人目の狼」  作者: 嵗(sai)


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第5話:箱庭の残響、鉄の産声

連載再開します。

毎日0時に投稿します。

忘れられた図書館の奥底、静寂だけが支配するその場所で、一冊の書物が永い眠りから目覚めようとしていた。大理石の台座に横たわる『ムンドゥス世界史』。その表紙をなでれば、指先に伝わるのは石のような冷たさと、微かな魔那マナの振動だ。ページをめくると、乾燥した粘土と古い紙が混じり合った、独特の香りが鼻腔を突く。それは、かつてこの世界が「箱庭ホルトゥス」と呼ばれていた時代の名残、神々の吐息の欠片であった。


物語は、極彩色の絶望から始まる。


狂気のゆりかご:白銀期の遺産


二万年の永きにわたる黄金期が、神々の「飽いた」という身勝手な一言で幕を閉じた後、世界は真精霊たちの私物と化した。十六柱の真精霊は、神々から与えられた「管理」という名の玩具を、己の欲望のままに遊び倒した。その最たる犠牲者が、オース大陸である。


漆の真精霊はこの大陸を、巨大なフラスコに見立てた。空は淀んだ紫に染まり、大地には脈打つ血管のような魔那の奔流が露出している。真精霊は世界中から多種多様な生命をこの地に拉致し、飽和状態の魔那の海へと叩き込んだ。「魔那を取り込め。合成せよ。改造せよ」その狂った命令に応えるように、生命たちは異形へと変貌を遂げていく。皮膚は岩石のように硬質化し、瞳には理性を焼き切る魔光が宿る。呼吸をするたびに大気中の魔那を吸い込み、喉を鳴らせば火炎を吐き、足を踏み鳴らせば大地を割る。物理法則をその存在自体で蹂躙する「魔生物」の誕生であった。


やがて、真精霊たちが自らの消滅を恐れて別の次元へと逃げ出したとき、オースには「管理者」という名の重石がなくなった。残されたのは、数万種の魔生物と、終わりなき生存競争だけだ。食うか、食われるか。殺すか、殺されるか。オース大陸は、生命の尊厳など微塵も存在しない、巨大な蟲毒こどくの坩堝へと成り果てたのである。


異端の来訪:青銅期の夜明け


西方歴が始まるより遥か昔、青銅期1600年。その殺戮の楽園に、初めて「知恵」を持ち込む者たちが現れた。西方諸国から逃れてきた人族、凍てつく北の大地を追われた獣族、そして凄惨な同族殺しから逃れた血族。彼らは、荒れ狂う海を越え、絶望の果てにオース大陸の東海岸へと辿り着いた。


だが、待っていたのは安住の地ではなかった。接岸した船団を襲ったのは、山のように巨大な魔生物の一撃だった。人族が誇る鉄の剣は、魔那を宿した魔生物の表皮に触れた瞬間に砕け散り、屈強な戦士たちの盾は、一吹きの火炎で溶けた鉄の塊へと変わった。「これは、神の罰か……」浜辺に積み上がる死体の山を前に、誰もがそう思った。


その絶望を切り裂いたのが、インデネンシーから渡ってきた魔族まぞくの集団であった。彼らを率いる天才、ザル・ガイル。彼は、自分たちの肺を焼くこの大陸の「毒(魔那)」こそが、魔生物の強さの源であることを見抜いた。「彼らが魔那を『取り込む』なら、我らは魔那を『媒体』とし、別の現象を発生させればいい」ザル・ガイルが提唱したその直感を、人族の記録者ハンス・グリムワールが論理的な術式へと昇華させた。「魔那を核とし、言語による固定概念で現象を固定する」


この瞬間、オース大陸における「魔術」が産声を上げた。一振りの剣に魔術の刻印を刻み、一言の呪文で爆炎を喚び出す。自然の摂理を捻じ曲げる魔生物に対し、人類は「論理」という名の剣を突き立てたのだ。この融合こそが、後に続く黒鉄期の繁栄を支える、最初の「鉄」となった。


王国の産声と、隠された裏切り


魔術という牙を得た入植者たちは、凄まじい勢いで勢力を拡大していった。


青銅期が終わりを告げ、人族中心の歴史が刻まれ始めた黒鉄期。西方歴が刻み始めた時間は、もはや神話の曖昧さを許さなかった。


黒鉄歴923年(西方歴892年)、東海岸の豊かな恵みを背景に、ついに統一国家「オース王国」が建国される。しかし、その建国の祭壇の下には、おぞましい裏切りが埋められていた。かつて大陸を救うために魔術を開発し、人族と共に血を流した魔族たちは、後に到来した第二次入植者たちが持ち込んだ「奴隷制度」によって、その地位を剥奪されたのである。


「魔族の適応力は、魔鉱石を精製するための消耗品として最適だ」そんな歪んだ論理が、人智十字教会の唱える「人族至上主義」と結びつき、社会の常識となった。かつての英雄ザル・ガイルの末裔たちは、今や首に鉄の枷をはめられ、日の当たらない地下採掘場で魔那の毒に蝕まれながら死を待つ身となったのである。


「我らが築いた土台を盗み、我らに鉄の枷をはめるとは」地下の湿った闇の中、奴隷のリクス・ガイルは静かに魔那を指先に集めた。彼の心に燃えるのは、絶望ではない。何代にもわたって積み重ねられた、純度の高い憎悪だ。「この王国は、我らの血で洗わねばならん」


王都の華やかな喧騒の裏で、秘密結社「解放の血族」が産声を上げたのも、この時であった。


運命の胎動:1670年、ラブラリア


それから数百年。黒鉄期1670年。オース大陸東海岸の南端、ラブラス男爵領の中心都市ラブラリア。ここは、かつての「南方騒乱」の功労者、ラブラス男爵が築き上げた、共生と理想の都であるはずだった。


だが、ここでも差別と腐敗の足音は確実に忍び寄っていた。


黄金色に輝く領主の館の下、入り組んだスラムの路地裏では、歴史という名の巨大な歯車が、一人の少女、そして一人の青年の運命を噛み合わせようとしている。


後に「災厄の魔王」の母となる女性、オレリア。そして、遥か未来から送られてきた「九人目の勇者(狼)」ルーベンカー。


歴史を救うために過去を破壊しようとする「八人の勇者」が、間もなくこの大陸に降り立つ。


彼ら追跡者が現れる前に、彼女を確保しなければならない。


かつて神々に捨てられ、精霊に放置されたこの「魔の箱庭」で、再び血塗られた年代記が綴られようとしていた。滅びの円環は、今、静かに、そして確実に回り始めたのである。


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