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オース大陸秘匿伝記「因果の円環を閉ざす九人目の狼」  作者: 嵗(sai)
第6部:『守護者の二十年 ― 「ルーパート」という名の仮面』

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第46話:遺りし剣と黄金の芽――黎明のレオリナ

刻まれた敗北の記憶


黒鉄期1673年。あの嵐のような日々は、南部辺境ラブラス領に生きる人々の魂に、決して消えることのない深い「しこり」を焼き付けた。


それは単なる過去の災厄の記憶ではない。今この時を生きる彼らの価値観、その行動原理を根底から変質させる、重く苦い遺産となったのだ。


辺境の希望、発展の象徴、そして何より彼らの「隣人」であった「郷の冒険者」ルーベンカー。彼が中央(王都)の理不尽な排斥と権力闘争に巻き込まれ、愛する家族と村を遺して歴史の闇へと消え去らねばならなかった結末。それは辺境の民にとって、中央の権威に対する決定的な絶望と、英雄一人を守りきれなかった自らの無力さに対する痛切な後悔を刻印した。


「守られるのを待つのではない。自らを守る牙を持て」


この静かなる誓いは、誰に促されることもなく辺境の土着の民、そして開拓者たちの間に、冷たくも消えぬ炎となって燃え広がった。彼らは自らを鍛え、鋼を打ち、知識を蓄えることに狂気的なまでに注力し始める。それはやがて辺境開拓史における巨大な転換点となり、王都への静かなる反旗、そして絶対的な自立へのうねりとなって辺境を駆け巡ることになる。


だが、その激動が歴史の表舞台に躍り出るのは、まだ少し先の未来で語られるべき物語であった。


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三十一開拓村、変貌の十年


黒鉄期1682年。辺境の風は、今はまだ静かに黄金色の麦の穂を揺らしている。


かつてルーベンカーと出会った頃、血気盛んな若者だったマルカスは、今や筋骨隆々とした壮年へと差し掛かっていた。髪には白いものが混じり始めたが、その眼光は以前にも増して鋭い。「まだ現役じゃ!」と笑い飛ばしながらも、彼は日々の鍛錬を片時も欠かさない。彼の徹底した指導の下、村の自警団は今や中央の正規騎士団が鼻で笑えないほどの練度と士気を誇るようになっていた。


村長の息子だったカイルもまた、隣の開拓村から心優しい妻を迎え、三人の子宝に恵まれた。隠居を控えた父の背中を見ながら、彼は次期村長として開拓計画の立案、物資の流通管理、さらにはラブラス男爵領外との緊密な交渉といった実務に、驚くほどの勤勉さで励んでいた。


ルーベンカーが初めてこの地を踏んだ頃、わずか15家族に過ぎなかった「三十一開拓村」は、今や50家族を超える大集落へと膨れ上がっている。厳しい環境に抗い、ゆっくりと、しかし確実に拡大を続けるその姿は、辺境の不屈の精神そのものであった。


村の中心から少し離れた陽だまりの丘に、一軒の頑丈な木造りの家が立つ。


村人たちが「郷の冒険者」とその家族への敬意を込め、総出で作り上げたその家。ルーベンカーがそこにいたのは半年にも満たなかったが、オレリアはその記憶の残滓を、宝物のようにこの家に閉じ込めて暮らしてきた。


そして今、その静かな家は、9歳になったレオリナの瑞々しい笑い声によって、新しい生命の匂いで満たされていた。


________________________________________


希望の象徴、レオリナ


レオリナ。9歳。


父譲りの力強い瞳と、母譲りの柔らかな金髪。彼女は、厳しくも深い愛を注ぐ母オレリアと、第二の父のように目を光らせるマルカス、そして面倒見の良い兄のようなカイルに見守られ、辺境の野生児のごとく闊達に育っていた。


カイルの子供たちを引き連れて森を駆け回り、小川を飛び越えるその姿は、村人たちの目には単なる子供の遊びとは映らない。彼女が道を歩けば、誰もが足を止め、温かく、しかしどこか祈るような眼差しを向ける。


彼女は自分でも気づかぬうちに、この村、ひいては辺境全体の「守り抜くべき希望」としての象徴になっていた。大人たちが彼女の奔放さを「さすがルーベンカーの娘だ」と笑って許す一方で、オレリアだけは時に必要以上に厳しくレオリナを叱り飛ばすことがあった。


娘が特別な存在として注目され、眩しく輝けば輝くほど、かつて夫を奪ったあの暗い影が再び忍び寄るのではないか――。母としての本能的な恐怖と警戒心が、彼女を厳格にさせていた。だが、衝突の後に二人が笑い合って夕餉を囲む姿を見て、マルカスはかつての盟友との約束を噛みしめ、より一層の守護を心に誓うのだった。


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迫り来る「人族至上主義」の影


村の平穏とは裏腹に、大陸の情勢は人智十字教会の台頭により暗転しつつあった。


中央部や北方貴族領において、教会が説く「人族至上主義」が熱狂的な潮流として広まっていた。人口比で人族を遥かに凌駕し、身体能力に勝る混血種(魔人系・獣人系)を、彼らは「神に選ばれざる不純物」として徹底的に排斥し始めたのだ。


「神と精霊は、ご自身に似せて人族を創りたまう。人族のみが神の御許に侍ることを許される」


純血の魔人や獣人がもはや存在しない世界であっても、わずかにでもその血が混じると見なされた瞬間に、暴力と差別の対象となる。そんな耐え難い状況下にあって、ラブラス男爵領は混血種差別が蔓延せぬ数少ない「光の領域」を保っていた。


三代にわたる男爵の公正な統治と、水面下で糸を引く組織「ゾディアック」の強力な支援。ここでは種族を問わず誰もが等しく扱われ、安定した暮らしが保障されていた。当然、噂を聞きつけた他領の混血種たちが爆発的な勢いで移民として流れ込み、辺境の開拓はさらに加速していく。


しかし、中央の権力者や教会にとって、この繁栄は「異端の巣窟」による不吉な膨張でしかなかった。機会があればこの光を叩き潰そうと、彼らは虎視眈々と牙を研いでいる。


王国の騎士団も教会の威光に怯えて暴力を黙認し、大陸中に張り詰めた緊張感が漂う中、31開拓村の明るさは、まるで嵐の前の最後の一灯のように輝いていた。


レオリナの瞳の奥で、時折自分でも制御できないほどの「熱」が揺らめくのを、彼女自身はまだ知らない。


世界の反動は、すでにその小さな少女の足元まで、静かに忍び寄っていた。



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