第102話:特別編:秘録:黄金の皇帝と孤独な狼 ―― 歴史の深淵に触れる極秘対談
黒鉄期1803年(西方歴1782年)5月
帝都ラブラリア 皇宮最上階・皇帝私室「静謐の閣」
窓の外には、燃えるような夕刻の残照を浴びる帝都が広がっている。
かつて「絶望の地」と呼ばれたこの街には今、魔族の羽音、人族の笑い声、獣族の足音が、柔らかな風に乗って響き渡っていた。種族の壁を超え、互いに肩を並べて歩く市民たちの姿は、半世紀前には想像すらできなかった「奇跡」そのものだ。
その奇跡の中心地、豪奢な装飾を排し、代わりに古びた羊皮紙の香りと深い沈黙が支配する部屋で、私は一人の男と対峙していた。
椅子に深く腰を下ろし、琥珀色の液体が揺れるグラスを見つめているのは、かつて「魔王」として世界を震撼させ、現在は「皇帝」として全土を慈悲深く統べる男、ラビス。
私は震える手で記録帳を開き、万年筆を構えた。これは、帝国の公認歴史家さえも立ち入ることを許されない、血と涙、そして「時のパラドックス」に彩られた真実の対話。
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第1章:五十年目の告白 ―― ラブラリア包囲戦と「千刃」の真実
■■■(記者):
皇帝陛下、まずは多忙な政務の合間を縫って、このような場を設けていただいたことに心より感謝いたします。私は長年、黒鉄期1751年の「ラブラリア包囲戦」を追ってきました。
公式記録――特に教会側の残した資料では、陛下が第6位階魔術「千刃」を放ち、人族の最後の希望であった12名の勇者を、慈悲もなく一瞬で塵に帰したとされています。
陛下……あの日、あの広場という名の断罪の場で、本当は何が起きたのでしょうか。歴史の裏側に隠された、あなたの「視点」をお聞かせください。
皇帝ラビス:
(静かに目を閉じ、グラスをゆっくりと傾ける。氷が結晶質の音を立てて触れ合い、室内の静寂をより深いものへと変えていく)
「……懐かしい響きだ。五十年か。昨日のことのようでもあり、あるいは数千年前の神話のようでもあるな。■■■、君が追い求めている『勇者』という言葉……それは、あの日あの広場において、すでに本来の輝きを失った空虚な記号に過ぎなかったのだよ」
■■■:
空虚な記号……? 彼らは王国と教会が選りすぐった、救世の英雄たちではなかったのですか。
皇帝ラビス:
「英雄……。少なくとも、彼ら自身はそう信じていただろう。だがその実態は、賢者エウレという冷徹な人形師によって、倫理も、情緒も、人間としての痛みすらも去勢された『殺戮のプログラム』だった。
彼らは自らの『正義』を一点の曇りもなく信じていたが、その足下に流れる泥濘には決して目を向けなかった。実際には、彼らの背後に控えていた12万の農民兵こそが、この戦いの本質だったのだ。
教会の教義において、彼ら農民兵は兵士ですらなかった。私の魔力をわずかでも浪費させるためだけに投げ込まれた『肉の壁』。使い捨ての消耗品だ。彼らの正義は、そうした不潔な論理の上に築かれた、砂上の楼閣に過ぎなかったのだよ」
■■■:
陛下は彼らと対峙した際、まず「歓迎する」と言い、そしてすぐに「さようなら」と告げたと聞き及んでいます。その冷徹とも取れる言葉の真意は何だったのでしょうか。
皇帝ラビス:
「対話の余地がなかったのだ。彼らの無機質な術式、寸分の狂いもない連携、そして死への恐怖すら感じさせないその瞳……。すべては私の掌の上で踊らされていた。私はただ、彼らが背負わされた、あまりにも醜悪で哀れな呪縛を、一刻も早く終わらせてやりたかった。
この世界に漂う魔那を、私の演算によって一点に収束させ、数万の光の断層へと変えた。それが『千刃』だ。……彼らは叫ぶ暇もなく、一瞬で血の霧へと還った。それは、強者が弱者を屠る敗北ではない。個人の意志や『偽りの正義』が、決して通用しない世界の絶対的な真理に直面した……ただ、それだけのことだ」
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第2章:歴史の漂流者 ―― 九人目の勇者「狼」の正体
■■■:
包囲戦の終結後、広場に残された凄惨な遺体の中で、一人だけ決定的な「欠落」がありました。
第9の勇者、冒険者「狼」。私の調査では、彼は陛下の単なる友人でも、あるいは一時的な協力者でもなく、もっと深い……それこそ、魂の根源で繋がる血縁関係にあったという、正気を疑われるような仮説に辿り着きました。
皇帝ラビス:
(微かに口角を上げ、不敵な、しかしどこか誇らしげな笑みを浮かべる。その黄金の双眸には、一瞬だけ、皇帝としての仮面を脱いだ一人の少年のような慈愛が宿る)
「君の執念には敬意を表そう。歴史の暗部から、よくぞその糸を手繰り寄せた。……隠す必要もない。勇者・狼ことルーベンカーは、私の生涯唯一の親友であり……そして、私という存在の源流、私の実の祖父だ」
■■■:
やはり……! しかし、歴史の整合性が取れません。記録によれば、ルーベンカーは陛下が魔王として君臨するより後の時代、1727年に生まれたとされています。未来の人間が、どうして陛下の過去を救うために現れることができたのですか。
皇帝ラビス:
「それが、私がこの世で犯した最大の禁忌であり、同時に唯一の救いなのだ。『時反し魔術』。
私は1751年のあの戦いの後、ケーゲレスの禁忌術式を用いて、一度命を落とした彼を『再誕』させた。そして、彼を勇者たちが送り込まれた1692年よりも、さらに四半世紀も前の時代……1670年へと放り込んだのだ。
……想像できるか? 何もない過去。知り合いも、居場所も、自分の存在を証明する術もない孤独な荒野に、たった一人で放り出された男の絶望を」
■■■:
1670年……。陛下が生まれる、遥か前の時代に。
皇帝ラビス:
「そうだ。彼は二十年以上の歳月をかけて、その時代に、その土地に根を張り、歴史の『重し』となった。世界の修正力そのものへと自らを昇華させ、歴史の監視者となったのだ。
狂気に染まった8人の勇者たちが、未来を書き換えるために、私の生母レオリナを殺害しに現れるその瞬間を……彼は二十年、牙を研ぎながら待ち続けていた。一人ずつ、確実に、その手で葬り去るために」
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第3章:正義という名の発狂 ―― 「時反し」がもたらした欠陥
■■■:
賢者エウレの企ては、過去を改竄することで陛下を「存在しないもの」にすることでした。しかし、過去へ渡った勇者の中で、未来へと帰還したのは「梟」ただ一人でした。過去の世界で、誇り高き勇者たちに何が起きたのでしょうか。
皇帝ラビス:
「エウレの術式は、理を弄ぼうとした人間の傲慢さが生んだ、壊れた玩具だったのだ。不可逆な時の流れに無理矢理逆らう行為には、必ず『世界の反動』が伴う。
過去へ飛んだ勇者たちは、その副作用によって精神の均衡を崩し、潜在的な感情の揺らぎを異常なまでに増幅させられた。
結果、彼らは自らを『神の代行者』と錯覚し、不浄な者を断罪することに陶酔する『狂鬼』へと変質していった。彼らは未来を救うという美名の下に、31開拓村の罪なき村人たちを、ただの『歴史の塵』として、笑いながら切り捨て始めたのだ」
■■■:
それを止めたのが……ルーベンカーさん、だったのですね。
皇帝ラビス:
「ああ。ルーは、自らが愛した家族と、この『魔の箱庭』を彼らの歪んだ正義から守り抜くために、一人で地獄の火を被った。
彼は獅子の虚飾に満ちた騎士道を粉砕し、虎の盲目的な誠実さを介略し……最後に生き残った梟に、逃れられぬ絶望と共にこう引導を渡したのだ。
『不可逆の時に逆らうことはできない。試みた罰を受けろ』とな。
……梟が未来に持ち帰ったのは、勝利の報告ではない。時を犯した者へ下される、永劫の呪いだったのだよ」
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第4章:箱庭の守護者 ―― 皇帝としての決意と未来
■■■:
現在、この帝国では種族が融和し、平和な時が流れています。しかし、その根底には、今お聞きしたようなあまりに重く、残酷な血が流れています。陛下にとって、この「平和」という言葉は、どのような重みを持つのでしょうか。
皇帝ラビス:
「私は魔王として立ち上がり、人族至上主義という歪な欺瞞の城を打ち砕いた。この平和は、天上の神や精霊が授けてくれた贈り物ではない。この地に生きる者たちが、泥を啜り、血を流しながら、自らの手で選び取った覚悟の形だ。
……だが、■■■。忘れてはならない。この世界の安定は、かつて辺境の森で一人の『狼』が、自らの正義も名誉も、そして愛する家族からの認識すら捨て、他人のふりをして二十年の歳月を孤独に牙を研ぎ続けた……その途方もない自己犠牲の上に成り立っているのだ」
■■■:
31開拓村の外れにある、あの苔むした、名前のない墓碑。あれは、やはり……彼のためのものなのですね。
皇帝ラビス:
(立ち上がり、窓辺へと歩み寄る。草原を渡る風が、黄金の髪を静かに揺らす。その瞳には、今この瞬間も、どこか遠い時代で牙を剥き、孤独に戦い続けた「友」の背中が映っているかのように)
「……そうだ。あの日、彼がたった一人、孤立無援の過去で守り抜いた『一線』があるからこそ、今、この帝国に光が繋がっている。
……■■■、よく見ておけ。この平和な風が吹き、子供たちが笑い、歴史が穏やかに流れる限り、彼の戦いは無駄ではなかったのだ。私は皇帝として、彼が命と引き換えに守り抜いたこの『箱庭』を、二度と誰にも、神の指先一つでさえも、汚させはしない」
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インタビューが終わると、皇帝は再び静かに椅子に座り、残った琥珀色の酒を一気に飲み干した。
その顔には、先ほどまでの覇者の鋭さはなく、どこか遠い時代に置いてきた「一番の友」を、今もずっと待ち続けている……そんな、寂しげで優しい一人の青年の素顔があった。
私が部屋を出る際、背後から一陣の風が吹き抜けた。
それは、死者の嘆きを運ぶ冬の風ではなく、過去の闇を洗い流し、輝ける明日へと種を運ぶ、暖かな春の風だった。
風が吹く。時代の闇を消し去るように。
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【インタビュー終了。記録者はレラ・ゾディアックの監視下で内容を整理・編纂した】
注釈1:黒鉄期1803年に出版された「オース大陸秘匿伝記-黒鉄期1751年の「魔王城包囲戦」の記録」を執筆した旧・帝都出版社記者(■・■■■■・■■■)がその取材中に行ったオース魔攻帝国皇帝ラビスへのインタビューの断片とされる。ただし真偽不明。
注釈2:インタビューに言及される第九の勇者・狼の存在は確認されていない。
注釈3:書籍「オース大陸秘匿伝記-黒鉄期1751年の「魔王城包囲戦」の記録」は現存しない。
注釈4:世界資源保全機構ならびに魔王帝国法務局は、情報統制法乙種規定に抵触すると判断し、本稿の公開を厳禁、複写を抹消、原紙は秘匿書庫に保管されることになった。
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【文書番号:C-180305223-a】
【発行日】西方歴1962年12月31日
【秘匿レベル】レベル1(厳重秘匿)
【作成者】■・■■■■・■■■(旧・帝都出版社記者)
【件名】『オース大陸魔王帝国魔王皇帝ラビスへのインタビュー』
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