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オース大陸秘匿伝記「因果の円環を閉ざす九人目の狼」  作者: 嵗(sai)
第8部:『後日談:未完の連歌 ― 狼の墓標と風の行方』

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第101話:『オース大陸‐魔の箱庭』:後日談

黄金の残響、あるいは物語の終着点


帝都の静寂と「歴史の管理人」


黒鉄期1803年、5月。オース大陸の空は、かつての戦火を忘れ去ったかのような、どこまでも澄み渡る青に染まっていた。 魔王ラビスが建国した「魔王帝国」の帝都。そこでは魔族、人族、獣族、血族といったかつて相争った諸族が、当たり前のように肩を並べて市井を歩いている。


私は出版社の屋上で一人、完成したばかりの原稿の束を握りしめていた。 (……結局、私が書いたのは『美しい嘘』に過ぎないのではないか) 彼女の心理は、真実を暴いた達成感よりも、語られることのない死者たちへの冒涜感に苛まれていた。彼女の手元には、帝国図書館の奥底で目にした「指南書(文書番号:B-220046-b)」の断片的なメモがある。


そこには、英雄と称えられた勇者たちが、実は魔生物から奪った「魔那石」を燃料とする「媒体メディア」に依存した暗殺兵器であったという、吐き気を催すような工学的真実が記されていた。 「魔術は論理であり、魔法は生体現象……。私たちは、魔生物という資源を簒奪し、論理という名の皮を被せて平和を築き上げただけなのね」 彼女は独りごち、帝都の賑わいを見下ろした。その喧騒の影には、今も「歴史の管理人」としてのゾディアックの視線が光っている。


老いた梟の独白:因果の断片


帝都の外縁、花々に囲まれた小さな静かな邸宅。 かつて賢者エウレの弟子であり、唯一「現在」へ帰還を果たした勇者・梟は、ロッキングチェアに身を委ね、西日に目を細めていた。 彼女の肉体は、無理な時間遡行の副作用と、長年の魔那行使による浸食で、既に枯れ木のように脆くなっていた。


彼女の脳裏には、今も鮮明に焼き付いている光景がある。 1692年、朝日が昇る草原で、自らの命を懸けて因果を閉ざした男――ルーベンカーの姿だ。 「……ルーベンカーさん。あなたは最期に、『試みた罰を受けろ』と言いましたね」 彼女は、懐にある黒ずんだ第6等級魔鉱石の媒体に触れた。それはもはや魔力を失った石ころだが、彼女にとっては「世界の意志」に触れた唯一の証だった。


彼女は、エウレの亡骸を引き取った日のことを思い出す。 師が掲げた「人族至上主義」という論理が、過去の世界で狼の放った「生体魔那」の暴力の前にいかに無力であったか。 梟は、自らが記録した「世界の反動」に関する極秘資料を、誰にも見せることなく暖炉の火に投じてきた。 (歴史は、修正されたのではありません。あなたがその牙で、守り抜いたのです) 彼女は、レオリナがラビスを産み、そのラビスが今、この平和な世界を統治しているという「必然」に、一筋の涙を流した。


3. 31開拓村の墓碑銘:魔王の休息


時を同じくして、辺境の31開拓村。 かつてルーパートと呼ばれた男が住んでいた小屋の跡地には、今は村の子供たちが遊ぶのどかな広場が広がっていた。


村外れの古い墓地に、一人の青年が立っていた。 贅を尽くした衣服を避け、旅人のような装束を纏っているが、その瞳に宿る鈍い金色の輝きは、彼がこの大陸の頂点に立つ魔王ラビスであることを示していた。 彼は、名前も日付もなく、ただ『狼』とだけ刻まれた、苔むした石碑の前に跪いた。


「おじい様……」 ラビスの声は、統治者としての威厳を脱ぎ捨て、一人の孫としての震えを帯びていた。 彼は、自身の血筋に刻まれた「魔法」の起源を知っている。それが、神々が去った後の「魔の箱庭」において、愛する者を守るためにルーベンカーが選び取った「呪い」の裏返しであることを。


彼は、墓前に供えた月光鮮花を撫でた。 (あなたが守った『箱庭』は、今、自立した世界になりました。勇者たちの亡霊も、もうここには現れません) 彼は、自らの内に練り上げた「第6位階魔術」の残滓を、そっと大地に還した。それは破壊のためではなく、この静かな墓所を世界の喧騒から遮断するための、安らかな結界であった。


4. 継承される筆致:未来への碑文


帝都の出版社。■■■は、意を決して原稿の最終ページにペンを走らせた。 行動と戦闘、そして血塗られた過去。 彼女は「指南書」に記された魔生物の生態――人族の8倍から32倍の強度を持つフェンリル級の脅威や、魔那を呼吸のように吸い込む魔法のメカニズムを、単なる恐怖の対象としてではなく、この大陸で生きた命の鼓動として記述した。


「歴史とは、誰かが守り抜いた『現在』の積み重ねである」 彼女は、狼の鉈剣がかつての戦友たちを屠った、あの悲劇的な戦闘シーンを書き上げた。 それは「悪」の討伐ではない。 獅子の騎士道、虎の誠実、鷹の視野――それら「正義」が、副作用という名の狂気に侵され崩壊していく様を、冷徹かつ情熱的に描き出した。


「書き終えたわ、レラさん」 彼女は、影に向かって呟いた。 背後で風が吹き、原稿がパラパラと舞う。 影の中から現れたレラ・ゾディアックは、原稿の一枚を拾い上げ、満足げに口角を上げた。 「……良い筆致ね。これなら、あのルーベンカーも報われるでしょう」


5. 結び:箱庭の夜明け


夜、31開拓村の草原には、再び月光鮮花が咲き乱れていた。 その花粉が舞う中、かつてルーベンカーとオレリアが共に作り上げた「魔生物除けの結界」が、青白い光の波紋を広げている。


魔王帝国の黎明。 神々が去り、精霊が捨てた「魔の箱庭」は、いまや誰の所有物でもない、生きた者たちの聖域となった。 因果の円環は閉じ、血塗られた物語は、一冊の歴史書として、あるいは風の噂として、静かに未来へと語り継がれていく。


草原を吹き抜ける風が、一頭の狼の遠吠えのような音を立てて、遠い森の奥へと消えていった。


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