また、一年
目を開けた瞬間、天井がやけに高いと思った。
白い漆喰に繊細な装飾。知らない部屋。知らない匂い。
でも、不思議と混乱はなかった。
「ああ……転生か」
自分の口から、そんな言葉が自然にこぼれることに、少しだけ驚いた。
もっと動揺してもいいはずなのに、心は妙に静かだった。
重たいカーテンの隙間から差し込む朝の光が、やわらかく床を照らしている。
高価そうな調度品。自分の手を見下ろすと、細く白い指が視界に入った。年齢は、たぶん十代後半。
「……また、最初からか」
それでも、ため息は出なかった。
前世でも、病室の天井を何度も見上げてきた。
白くて、無機質で、逃げ場のない空間。
生きる時間を数えることに、もう慣れてしまっていた。
しばらくして、部屋の扉が音もなく開いた。
「お目覚めですか、リリアーナ様」
若い侍女が、ほっとしたように息をつく。
その名前が、自分を指していると理解するまでに、ほんの数秒かかった。
「……ええ」
声は落ち着いていた。
驚くほど、違和感がない。
侍女――エマと名乗った少女は、医師を呼んできます、と慌ただしく部屋を出ていった。
その背中を眺めながら、私はゆっくりと身体を起こす。
身体は、軽くも重くもない。
ただ、どこかで知っている感覚があった。
胸の奥に、薄く広がる鈍い痛み。
息を吸うと、わずかに苦しい。
「ああ……これも、あるんだ」
前世と同じ。
健康な身体を与えられるほど、世界は甘くないらしい。
しばらくして現れたのは、白衣を着た中年の男だった。
無駄のない動き。視線は冷静で、余計な同情がない。
「お目覚めですね、リリアーナ様。体調はいかがですか」
「悪くはありません。ただ、少し息が浅いです」
自分でも驚くほど、的確に答えていた。
医師は小さく頷き、脈を取り、瞳孔を確認する。
沈黙が続く。
長すぎる沈黙ではない。
ただ、言葉を選んでいる時間だと、直感的にわかった。
「……率直に申し上げます」
医師は、視線を逸らさずに言った。
「リリアーナ様のお身体は、先天的な魔力循環不全を抱えています。現状、完全な治癒は困難です」
侍女のエマが、息を呑む音がした。
私は、ただ頷いた。
「余命は……」
「一年ほどでしょう」
ああ、と心の中で思う。
一年。
前世と、ほとんど変わらない。
「そうですか」
声は、我ながら穏やかだった。
医師が、わずかに目を見開く。
「……驚かれませんか」
「いいえ。予想はしていました」
正確には、予感だ。
この息苦しさ、この静かな疲労感。
知らないはずがない。
エマが震える声で口を開いた。
「そ、そんな……! 治療法は……魔法でも……!」
医師は首を横に振った。
「延命の手段はあります。ただし、負担が大きく、確実ではありません」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がわずかに冷えた。
希望という言葉が、いちばん残酷な形で差し出される。
「……ありがとうございます」
私は、医師に向かって頭を下げた。
「正直に伝えてくださって」
彼は一瞬迷い、それから静かに頷いた。
医師と侍女が部屋を出ていくと、室内は再び静寂に包まれた。
鳥の声が、遠くで聞こえる。
私は、ベッドの上で天井を見上げる。
転生。
公爵家令嬢。
余命一年。
条件は変わっても、構図は同じだ。
「……また、数える生活ね」
でも、不思議と絶望はなかった。
泣くほど若くもないし、怒るほど期待もしていない。
生きる時間が限られているなら、どう使うかを考えるだけだ。
前世では、できなかったことがたくさんあった。
病室の外を、自由に歩くこと。
人の話を、途中で遮られずに聞くこと。
「未来がある前提」で扱われないこと。
「今回は……」
小さく息を吸い、吐く。
「ちゃんと、生きよう」
奇跡はいらない。
延命も、無理に望まない。
ただ、この一年を、私の時間として使う。
誰かの期待でも、計画でもなく。
そう決めた瞬間、胸の奥に、ほんのわずかな熱が灯った。
それは、希望とは少し違う。
覚悟に近いものだった。




