番外編 第二王子 リュカ・フォートリエから見た二人
結婚を発表してから、初めて、アンリエットが城にやって来た。
もちろん自主的にじゃない。
兄上に連れられて、だ。
久しぶりーなんて挨拶だけしようと思って顔を出したら、何故だかわからないけど、縋るような目で見られて、そのまま部屋にいることになった。
もちろん、兄上の邪魔をするつもりはないし、すぐに出て行こうとした。
でも、それよりも早く、兄上が仕事で呼ばれてしまったから、なんとなくそのまま部屋を出るタイミングを逃して、今に至る。
「アンリエット……義姉上、結婚、おめでとう」
「あ、あね、うえ……?」
ワタワタと挙動不審なアンリエットに、笑いがこみ上げてくる。
「そう。だって、兄上と結婚したら、アンリエットは僕の義姉上でしょ?」
口をパクパクさせて真っ赤になったアンリエット。
やっとここまで来たのかと、僕はなんだか感慨深い気持ちになった。
兄上とアンリエットは、僕が物心ついた頃から一緒にいた。
僕はアンリエットを姉のように慕っていたし、実際、姉になると信じて疑わなかった。
僕は第二王子、リュカ・フォートリエとして生まれた。
尊敬する兄上が王となり、その手助けをできるようになるのが目標だ。
周りがどうかは知らないけど、僕が王になるなんて、そんなこと考えたこともない。
兄上が王になる。それは揺るがない。
だって、兄上はすごいから。
いつもニコニコしてて、身分にかかわらず、優しく紳士。
それにとんでもなく頭がいいし、策略を練って自分の意のままに人を動かすこともできる。
すごい人なんだ。
僕が最初にソレを見たのは、確か、僕が六歳くらいの頃。
アンリエットと兄上のお茶会にお呼ばれして、アンリエットが焼いてきたというクッキーを頬張っていた時だった。
「アンリエット、次も僕のためにお菓子を焼いてきてくれる?」
「……えぇ」
笑顔のまま、兄上の方を見ずに、相槌を打つアンリエット。さっきからしばらくこの状態だ。
そういう時のアンリエットは、人の話を聞いてないってことは、それまでの経験でなんとなく気付いていたし、もちろん兄上だって気付いているはず。
でも――。
「アンリエット、君のことを愛称で呼んでもいいかな?」
「……えぇ」
気付いているはずなのに、アンリエットに話しかけ続ける兄上。
一見成り立っているように聞こえる会話も、アンリエットは何一つ覚えてないのだ。なのに何で……?
疑問に思って兄上の方を見ると、兄上は僕ににっこりと笑いかけて、またアンリエットの方を向いた。
「アン、今度また二人で街へ出かけようね」
「……えぇ」
この時、僕は六歳にして学んだんだ。
相手の隙をつくのは、自分の望みを叶えるために有効なんだって。
兄上はアンリエットにこの事を気づかせない手腕も持っている。
アンリエットが全く覚えていない約束も、「前に約束したよね?」と兄上が何でもない顔で言えば、アンリエットは、そうだっけ?みたいな顔をしながらも笑顔で頷くんだ。
……アンリエットが抜けてるだけかもしれないけど。
そんな彼女を見ながら、すごく愛おしいものを見つめる目をして笑う兄上が、僕は一番好きだった。
だから、僕も何も言わなかった。
そしてそんな日々を積み重ねて、ようやく、ようやく二人は結婚することになった。
「リュ、リュカ様……」
赤面するアンリエットに、僕は満面の笑みで応えてみせた。
「義姉上、兄上を、幸せにしてね」
僕が言うまでもなく、兄上は自分で幸せを掴み取るし、既に幸せでいっぱいなんだろうけど。
優しくて頭がいい兄上と、ちょっと抜けてるけど優しくて面白い義姉上。
僕はそんな二人の弟で、幸せだ。