5_7 結婚の方法
他の教室が見たいと駄々をこねる女騎士を引きずるようにして、ミハルは教師の往来が少ない文化棟まで連れ出した。
クラブの部室やら生徒会室が並ぶ学生自治の総本山である。
「あれー!ファムちゃん!」
頓狂な声がする方に目をやると、タクヤと並んで文化棟の軒先からマドカがぶんぶんと手を振っていた。
「おぉ、マドカ。ご機嫌用よう。昨日はお世話になりました」
「昨日あれからちゃんと仲直りできたってキャー!」
心配そうな顔で声をかけてくるマドカを、ファム・アル・フートは近寄って抱きしめて背中をさすった。
「だからそれやめろって」
「私の国ではこれが女性同士の普通の挨拶です」
「ここはお前の国じゃねえ」
ミハルにたしなめられて、網に捕えられた魚のようにびくびくとするマドカをようやく女騎士は解放した。
「……」
一部始終を見ていたタクヤが、何か言いたげな顔をしていることにミハルは気づいた。
「どしたの?」
「……百合って尊いと思ってたけど、知ってる顔同士でやられると何だかいたたまれない気分になるな」
「聞いて損した」
友人の妄言を聞き流したミハルの横で、ファム・アル・フートが不思議そうな顔をした。
「何故制服で学校へ来ているのです?今日はお休みでは」
「アタシは生徒会の手伝い」
「俺は同好会の活動。大師堂とはたまたまそこで会った」
「同好会?隠れてエロ本読んでるだけでしょ?」
「性風俗はいつの時代も文化と技術の最先端なのだ」
タクヤがいわゆるオタク仲間と空いている部室を使ってこそこそやっていることは知っていたが、どうやら考えていた通りろくでもないもののようだ。
「ミハルくんたちはどうしたの?デート?」
「違うしわざわざ学校には来ないよ」
「ミハルが普段どのような環境で生活しているかの視察に参りました」
「アンタも最初の目的忘れかけてんな……」
「まあ良いや。ジュースでも飲も」
マドカの提案で、四人でずらずらとカフェスペースまで歩いていく。
休日なので食堂と売店は閉まっているが、自販機はもちろん問題なく使える。
「自動販売機ですね」
「そうそう。ファムちゃんの国にもこういうのある?」
「私の国にはないですね。”エレフン”に来てからよく助けられました」
「助け……何?」
遠い目をした女騎士を見て、ミハルは自販機の下から硬貨を拾い集めその日を生き延びるための糧を得ていたことは黙ってやることにした。
「日本以外の国じゃすぐ盗難に遭うらしいな。こういう自販機」
「へぇ」
タクヤが硬貨を投入し、中の機械が豆を挽き湯気を立てて紙コップに注がれたコーヒーが出てくるまでしばらくの間があった。
「……」
その様子を、女騎士は瞠目しながら見ていた。
「……中に人が入っているのですか?」
「ファムちゃんそのボケサイコー」
黄色い声で笑い始めたマドカに言葉を返す余裕もなく、ファム・アル・フートは両目を白黒させながら自販機を上から下まで何度も視線を往復させた。
「飲料を購入するものだとは知りませんでした……!」
「なんだと思ってたんだよ」
「宗教上対立する敵を呪殺するためのオブジェか何かと」
「アンタの目から見たら俺らってみんなヤバイ新興宗教の団体に見えてるんだな」
それを聞いてけらけら笑いながら、マドカが財布を取り出した。
「おごったげるよ。何が良い?」
「ではミハルには精がつくようヘビのスープを」
「あるわけねーだろ」
――――――。
「ファムちゃんの国って結婚ってどうやるの?」
フリースペースのテーブル席に四人で腰かけながら、紙パックのジュースを吸い込んでいたマドカが唐突に切り出してきた。
「チャペルでウェディング?それとも民族衣装みたいなの着たりとか?」
「民族衣装の地域もありますが、基本はドレスですね」
缶ジュースのプルタブ相手に悪戦苦闘しながら、ファム・アル・フートが答えた。
「結婚ってどんな風にするの?」
「神々に誓って、男女の身元が確かな立会人の前で接吻をして終了です」
「え、そんだけ?」
「他に何をするのですか?」
自力で開けることを諦めてミハルに缶を手渡しながら、ファム・アル・フートが逆に不思議そうな顔をした。
「結納とか結婚届け出したりとかしないの?結婚式とか披露宴は?」
「式や祝宴は階層によっては執り行いますが……決して必須ではありません。あくまで結婚とは当人同士の間の契約です」
ミハルから手渡された缶ジュースを飲もうとして、加減を超えて飲み口からあふれ出した中身に女騎士は思わずむせてせき込んだ。
「結構個人主義なんだ」
「意外」
「……ええ。親に意に沿わない結婚を強要された娘が、思い人と急いで添い遂げるというのはよくある話です」
「おお、なんかロマンチックな気がしてきた」
「でもキスしただけで成立って何か怖いなぁ。キス魔とか出たらどうすんの?」
「”アルド”にそんな恥知らずな者はいません」
マドカから借りたハンカチで頬にこびりついたピーチ色の半固形状の液体を拭き取りながら、女騎士はきっぱりと言い切った。
「……アークマイト公国じゃなかったっけ?」
「ほら、日本とジャパンみたいな!呼び方!」
「ああ……」
タクヤが耳慣れない単語に引っかかったようだが、ミハルが慌ててフォローする。
「ところでミハル」
「ん?」
「この二人の身元は確かですか?」
「俺の周りの大抵の人はアンタよりしっかりした身元の人だと思うけど」
「真面目に聞いているのです」
隣の女騎士が小声で耳打ちしてきて、ミハルは対面に座る友人二人を見渡した。
マドカの実家は駅前で一番の老舗の和菓子屋だ。商工会や振興会にも顔が利き、ほとんどその意向が通るという噂である。
タクヤは市内でも指折りの大病院の三男坊である。本人は後を継ぐ気も医者になる気もさらさらないようだが、親族には県議会議員やら市の教育委員やらが並ぶいわゆる名族らしい。
飲食業が家業のミハルはこの二人に比べればごくごく平凡な庶民といっていいくらいだろう。
「確か」
「そうですか」
おもむろに女騎士は少年に正対すると、がしっ!とその両肩を掴んだ。
嫌な瞬間が少年の脊椎を怖気となって震わせた瞬間、頭を下げるようにして女騎士が顔を近づけてくる。
「ん―――っ!」
「うわ―――!」
突然のことに、少年はメスをめぐって争うオスキリン同士の喧嘩のごとく激しく首を振って抵抗した。
「何考えてんだ――――っ!」
「あああ安心してください私も初めてです!」
真っ赤になって憤慨する少年の唇を、なんとか奪おうと女騎士は顎を動かすが、せめてものロマンのつもりなのか両目を固くとじてしまったせいでその成果は芳しくないようだ。
「おま……本当っいい加減にっ……すごいちからだ!?」
「観念してください!『かまどの方がパン生地にやってきた時が焼き上げの好機』というでしょう!」
「いやそれ英語のことわざだし意味わかんねーから!」
「ほら。とどめは男の方からしてください!さぁ!さぁ!」
ファム・アル・フートがそう言って唇を突き出してくる。
「……!」
万力のような腕力で椅子に押し付けられ、手も足も出なかったが頭は出た。
「やめろっての!」
「いたッ!」
「おぉう……!」
頭突きを鼻っ柱に食らって女騎士が悶絶するのと、自傷行為染みた攻撃に反動に額を抑えて少年がうつむくのは同時だった。
「……さっき無理矢理キスするような恥知らずはいないって言ったろ!?」
「し、信仰の前にいくらでも恥は捨てますとも!」
「都合良いなアンタの神様!」
「……仲良いなあ」
目の前で演じられる痴態を止めるような動きは一切見せないまま、大師堂マドカと牧野タクヤは空になったジュースのパックを握りつぶした。




