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5_8 再会

「もっと見ていきたいです」

「もうダメ!」

「面白そうな部屋がたくさんありましたよ!家庭科室とはいったい何をする部屋です?」

「あーもう、ダメったらダメ!」



 どうしても欲しいおもちゃを前に愚図る幼女に手を焼く親の気持ちを理解しながら、ミハルはなんとか裏口から女騎士を連れだした。

 いそいそと学校の敷地を出るともう太陽は一日で一番高くなる時間に差し掛かっていて、明澄な光がアスファルトをじんわりと焼いていた。



(そろそろ昼飯時か)



 そういえば小腹が空いてきた気がする。

家に帰っても良いが、今から帰って昼食を用意するよりは外で食べていった方がこの天気と日曜日にふさわしい選択のように思えた。


 ミハルは学校の裏道沿いにしばらく行ったところに、個人の経営の喫茶店兼レストランがあったことを思い出した。

まだ入ってみたことはないが、建物も外から見た構えもなかなか雰囲気が良さそうな店だった。飲食業に従事している者の常で他の店舗というのはいつも気になるのである。

となりでまだ不服そうに頬を膨らませているファム・アル・フートをちらりと横目で見る。



(連れていってやったらどんな顔するかな)



 そういえば女騎士は、祖父が経営する『マンガラ』か昨日のフードコート以外の店舗で食事をしたことなどないのではなかろうか。

雰囲気の良いお店で食事ができるとなったらどんな顔をするだろうか。

驚くだろうか。

何か裏があるのかといぶかしむだろうか。

それとも……。



(……って、なんで俺こんなこと考えてるんだ!?)



 かぶりを振って慌ててミハルは頭の中の考えを打ち消した。

単なる気の迷いだ。そうに決まっている。そうでなければ……まるで本当にデートみたいではないか。



「ミハル」

「何!?」

「あれを。不審者です」

「またお前はそういう……」



 胸中を悟られたくなくて、ことさら露骨に嫌な声を出してしまう。

しかめっ面をしながら、女騎士が指さす方向に目をやると。



「……本当だ。不審者だ」



交差点を二つほど挟んだ先の通りで、回覧板にあったのとそっくり同じ黒服が学校の裏側の塀でごそごそとしていた。

どうやら中の様子を覗き見ようとしているようだ。まだこちらには気付いていないらしい。



(ど、どうしよう……!)



 まさか本当に出くわすとは。心の準備など全くしていなかったミハルの胸のうちで、虫が暴れまわるように焦りと不安と恐怖心が警報が鳴り始める。

警察に通報するべきだろうか。しかしまだ具体的に犯罪や迷惑になる行為を行っているわけでもない。

守衛を呼んでくる?しかし居眠りばかりのあの老人が頼りになるだろうか?

先生に伝える。一番現実的だがファム・アル・フートと一緒にいるところを学校側に見られるのは猛烈にまずい予感がする。



 背中から嫌な汗が吹き出るのを感じている少年の横で、女騎士は全く対照的な反応を見せた。


「ね!?いたでしょ!いたでしょ!?」

「なんで嬉しそうなんだ……」

「ほら見なさい!私の言うことが正しかったんです!」



 黄色い声をあげるファム・アル・フートに、内心の葛藤も忘れ思わず呆れ声になってしまう。



「これで分かりましたね!?偏見に捉われず貴方は私の言うことをもっと良く聞くべきなのです!姉女房は身代の薬ということわざもあるのですよ!」

「あーもう、うっさいなぁ……」



 鬼の首を取ったかのように女騎士はまくしててきて、うんざりして少年は両手で自分の耳を抑えた。



「静かにしないと逃げられちゃうぞ」

「それもそうです」



 正直放っておいても良い気がしたが、女騎士は舌なめずりせんばかりの勢いで重心を前方に移していた。

獲物を見逃すつもりは毛頭ないようだ。もう好きにさせるしかないとミハルは諦めた。



「どうするのが正しいのか分かってんだろうな?」

「もちろんです」

「言ってみろ」

「可能な限り穏便にケガをさせることなく捕え、神造裁定者の素晴らしさを説き正しい信仰に目覚めさせ、その後悔い改めたのを確認した上で二度とこのようなことをしないよう言い含めます」

「うん。途中は省略して最初と最後だけで良いぞ」



 女騎士が腰の大剣をがちゃりと鳴らした。



「そこを動かないで、私の雄姿をよく見ておくのですよ」

「分かった分かった」



 ファム・アル・フートが自信満々に、肩で風を切りながら不審者の方へ向かっていく。



(ケガとかさせないと良いけど)


 

どうしても不安を感じずにはいられない少年が見ている中、女騎士はふと立ち止まると、何故か慌てた様子で小走りになってこちらへ戻って来た。



「どうした?」

「迂闊でした。あの女は囮で、私が離れた隙に隠れていた仲間が貴方をさらう算段かもしれません。私のそばを離れないようについてきなさい」



 そう言って、まるで子供を習い事に連れていく母親のように有無を言わさず手を引いてくる。



「えぇ……」



 そのまま女騎士はとことこと歩いてわき目も振らず不審者に近づいていった。

こんなしまらない捕り物劇見たことない、とファム・アル・フートの歩幅に合わせながらミハルは思った。



 それでも、流石に不審者に近づいてくると緊張心の方が強くなってくる。

思わず汗ばんだ手で女騎士の手を握り返していた。



 背後から近付く足音に不審者の後頭部がぴくりと反応したのと、ファム・アル・フートが機先を制して声をかけたのとはほとんど同時だった。



「動かないことを推奨します」

「…………!」



 隣にいるミハルがぎょっとするほど滑らかな動きで、いつの間にか女騎士は片手で大剣を鞘走らせていた。

数キロはあるはずの刀身が突如空中に出現したかのように抜き放たれ、そのまま微動だにすることなく不審者の顔の傍に静止している。



「私の夫の学堂の側近くで破廉恥な行いは許しません。大人しく縛につき……」

「……もしかして、これが”エレフン”流の挨拶ってわけ?」



 背を向けたままの不審者が甲高い溌溂とした声を出して、ミハルは意外に思った。

こういう後ろ暗いことに手を染めている人間はが他人に咎められたとき、出す声はすくみ上った虫の羽音のようなものか、でなければ感情のたかぶりに任せた濁った怒声を上げるものと心の中で決めつけていた。



(……って、今何って言った?)



 声の明るさどころの問題ではない。

今、不審者は確かに”エレフン”と言った。

少年が知る限り、その単語を発した者は傍らの女騎士とその忠勇な鎧しかいない。

つまり、目の前にいるのは……。



 ぱっ、と不審者がベールを揺らしながら振り向く。すぐそばにある本物の刃を全く恐れていない動きで。

亜麻色の前髪が揺れ、その下にある弾けんばかりの笑顔を彩った。



「やっほ-!久しぶり」



 ファム・アル・フートは目を見開くと、驚きに唇を震わせながらその名前を口にした。



「……シスター・オデット?」

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