ファイト一発
「確かに…これはわからん」
チャンドリアンサイバーからの警告文の文面を見せられたケビンは嘆息した。言ってみれば一族全員引きこもりなので、対外コミュニケーション能力は総じて低い。個人資質が社交的な者もいなくはないが、そんな者ほど活動的なのはチャンドリアンも同じで、ほとんどがケビンのようにサイバーボディーを得て屋外活動に出ている。
「あの、ギーガー掃討作戦に巻き込まれるからクラーククレーター内に近寄らないように、で合ってますか?」
おずおずとプルナが訊ねた。
「…それだけじゃない。ギーガーの繁殖を君たちの存在が促してしまう可能性があるんだ」
「私たちが寄生主にされるから、でしょうか?」
プルナの推測に、ケビンは曖昧に頭を振って、続けた言葉は直接の回答ではなかった。
「チャンドラーにギーガーが現れたのは、50年くらい前の事だ。私もまだ成長を始めていない、記録で知っているだけの昔話だがね。最初の半年で、そのころはまだ100万人以上いたチャンドリアンは30万人に減った。ギーガーは爆発的に増え、推定だが80万体を数えた。だが、その後は徐々に数を減らし、現在は休眠中と見られる個体や卵を含めても20万体前後と見られている。なぜ減ったと思う?」
「質問に質問で返すのは感心せぬが…対策や戦術があるていど確立したから、かの?」
村田がたしなめつつも答えた。が、ケビンは今度ははっきりと頭を振る。
「なら、サイボーグ体が成長期の寄生にあまり適していなかったから?」
飛鳥が続けて答えた。
「それもある。当時はまだ地下都市に生活する改造度合いの少ない市民がたくさんいたが、その多くが犠牲になって都市を維持できなくなったらしい。皮肉にも、それが奴らから苗床を奪う結果にもなったんだな。そして、もう一つ奴らが失ったものがある」
とんとん、と自らのこめかみを指先で叩き、ケビンは続ける。
「ほぼ脳髄だけしか生体部分がない私たちは、食いでがないのさ。よほど大量に食べなければ、産卵のための栄養源には不足する。それどころか、自身の生存も怪しくなる。我々は奴らの共食いの痕跡をいくつも見つけたよ」
「そして、フレッシュな私たちがギーガーの手にかかれば再び大繁殖する恐れがある?」
アイリスの推測にケビンはうなづく。
「手にかからないにしても、生身の君たちの存在が近くにあれば活発になり、休眠状態の個体や卵がアクティブになる可能性もある」
アイリスは両肘をテーブルに付き、組んだ手で口元を隠してケビンの補足を聞いている。
短い沈黙。
「もし、警告に従ってすべての開拓者がクラーククレーター、あるいはチャンドラーから手を引いたら、チャンドリアンサイバーはどうするつもりだった?」
問いかけるアイリスに、飛鳥は危険なものを感じた。周りを見ると、目のあったメイフェアが小さくうなづいてくる。飛鳥は、ちょいちょい、と大地の袖を引いて、2,3歩後退した。
「どうもしない。元々の状態になるだけだ。私たちは、年間に数人の犠牲は出るだろうが、ギーガーと小競り合いを続けながらチャンドラーでひっそり生きていくだろう」
「閉じた世界でひっそりと衰退していく、だと思うのだけど?」
「多分、もう1,000年前にそう決まっていた。そして、我々がそうしている間はフロンティアも、君たちもギーガーの脅威からは無縁でいられるだろうし、我々が全滅すればいずれギーガーもすべて飢えて滅ぶ」
自己犠牲となってもフロンティアの新たな住人を救う事につながるなら、、医師でもあるケビンにとってはそこそこ満足のいく結果に思えた。
「この」
が、そんなケビンの感傷に納得しない者もいる。
「?」
「 ウ ル ト ラ バ カ !!」
だん、とテーブルに両手を叩きつけ、アイリスは覇気全開でケビンを怒鳴りつけた。
その右では、気圧されたムラが思わず席を立って逃走の姿勢になり
左ではドーユーが椅子からずり落ち、
右後方では村田が年の功で平静を装いつつ硬直し
左後方ではバズーとバダーが防御姿勢を取り
ムラの隣ではプルナが卒倒し
飛鳥が村田のさらに後方に避難したものの反射的に土下座し
青くなってふらつくチェサを大地が抱き止め
スカーフェイスがおかしなポーズで固まり
巌が立ち上がると同時に気絶し
アイリスの後ろでクオがうっとりとアイリスを見つめ
ケビンがのけぞって絶句し
そして
一人安全圏で、メイフェアはお茶をすすっていた。




