イベント開始
フロンティアの衛星「チャンドラー」、プレイヤー間では単に月と評されることも多いその地表の大型クレーター「アジモフ」に着陸した数隻の大型輸送船は、ヘリンボーン級と名付けられている。プレイヤーたちをフロンティアに運んできたとされるマザーシップの艦載船と設定されており、特にβプレイヤーはベータテストの舞台がマザーシップ内であったため馴染みのある船だ。ブリッジのある船首部、1kmに及ぶ長大な竜骨、そこから水平に多数伸びるフレームにコンテナを吊って、最後尾に推進器が付く。ここにいるヘリンボーンの搭載するコンテナは気密構造の居住コンテナで、一部は改造、連結されて大ホールのようになっている。
「チェサ君、きょろきょろして何を探してるんだ?いや、誰を、かな?」
「あ、スカーさん、大地さんが来てないかな、と思いまして。別の船に転送されたのかもしれませんね、見当たりません」
空間転送などはこれまでのところ使われなかった「フロンティアプラネット」だが、今回のチャンドラー上のイベントに関しては参加登録時に申請しておけばアジモフクレーターに着陸したヘリンボーン内に転送されることになっている。ギルドで参加する場合は同一ギルドメンバーは同じ船にまとまって転送されることになっているが、個人参加や別のギルドに所属するプレイヤーは同じ船にいるとは限らない。
「ああ、青猫さんのとこはこの船、いや、どのヘリンボーンにもいないよ」
スカーフェイスの隣にいた巌がチェサに告げた。
「え?どうしてです?【セサミオープナー】は参加だって言ってませんでした?」
「あそこは【プリンセスメイフェア】があるだろ?出発点もラグランジュ4で地表や公団ステーションよりもチャンドラーのほうが近いくらいだから、自航してくるんだよ。【ゼカマシ】のムツキ君や【一番星】の桃次郎君も一緒に来るそうだ」
チェサの疑問にスカーフェイスが答えた。スカー達戦闘ギルド【松の湯】は【セサミオープナー】とは協力関係にあり行動予定の連絡を受け取っていたし、サブマスターの巌もその情報を共有していたのだった。
「ああ、そうなんですか。参加中止にしたのかと思って心配しました」
説明を聞いて安心したチェサが屈託なく笑った。
「間もなく発艦予定ポイントです、艦長」
「では、しばらく艦を頼みます、副長」
「拝命しました。予定通り、変更があるまではチャンドラーを周回しつつ上空哨戒を行います。時間です、発艦してください」
「了解。揚陸艇【らいてう】発艦します」
アジモフクレーターの手前でプリンセスメイフェアから発艦した全長40m弱の機体はメイフェアが間に合わせた衛星揚陸艇【らいてう】だ。卵を平たくつぶしたような外形はメイフェア曰く、原設計にした大型輸送機がリフティングボディー機だった名残、であるらしい。コクピットは単座だが、スペースに余裕があり、補助操縦席もおける。現在補助操縦席にはクオが着席しているが、別に操縦をするわけではない。単なるお客様状態だ。ボディーの両舷に2本の円柱が置かれ、主推進機が収められている。一見してはわかりづらいがこのエンジンポッドは前後で分割されており、着陸時には前半と後半がそれぞれ回転して減速噴射を行う。メイフェアによると「超鷹2号方式」というらしいが、セサミオープナーのメンバーでもその意味が分かったのは村田とムラの二人だけだった。艇体の中央は蒲鉾型のコンテナになっており、パイロットのメイフェアを除くアイリス以下9人はコンテナの一角に設けた固定具でザラマンダを保持して乗り込んでいる。なお、艇体の塗装はオリーブグリーンで、これも原設計の名残であるようだ。船首側面に【らいてう「自家用」】とゴシック体で書かれているのは多分冗談なのだろう。
「こちらゼカマシ、中央のヘリンボーンが目的地だ。近くまでエスコートして空いたところに降りる。」
「一番星、10-4」
「らいてう、了解しました。こちらはヘリンボーンにドッキングします」
減速しながら行動を確認しあい3隻の宇宙船はアジモフクレーターに降下していった。
プリンセスメイフェアがチャンドラーの地平に消え、ゼカマシと一番星がアジモフクレーターの稜線に消えるころ、アジモフクレーターから30kmほどのところにあるA.C.クラークと名付けられた大型クレーターの稜線で、ちかちかと発光する物があったことに気付く者はいない。もっとも、その発光自体赤外線であったため、視界に入っていても視認できる者は皆無だっただろうが。




