私を月まで連れて行って
小休止の間掲示板を眺めていたアイリスと飛鳥が突然追いかけっこを始め、逃げ切れなかった飛鳥が高速ジャーマンスープレックスで逆さトーテムポール状態になったのは因果応報と言うものだろうとメイフェアは思った。自身の「白スク」がよりインパクトの強いあれによって誰にも気づかれていない様子に僅かな安堵と感謝も感じたが、犠牲の羊、もとい青猫にそれをわざわざ告げるのも野暮と言うものであろうと一人納得する。
「飛鳥さん生きてるか?バズーが喰らった時よりもキレッキレのジャーマンだが」
「あれで俺、手加減してもらってたのか?」
まあ、インセクティア兄弟の戦慄は、この際置いておいてもいいだろう。
「それじゃ今日メインの議題だけど、月面用の機動装備をどうしようか、て話だね」
月面、というのはもちろんフロンティアの衛星チャンドラーの事なのだが、そこで使用する機材についての会議が今行われるのは理由がある。公式インフォで第一回公式イベントの開催が告知されたのだ。
「リアルで1週間後、ということはゲーム内では小一か月後となりますね。同時に第二陣の新規プレイヤーの受け入れもあります」
メイフェアがスケジュールを確認する。
「えー、関連してですが、公団から生産者ギルドとしてのセサミオープナーに連絡をもらっています。第二陣用の初期装備ガチャ、及び課金ガチャにザラマンダ・プロトがレア枠で採用は従来通りですが、ザラマンダも村田52自動銃装備型がハイレア枠で投入されるそうです。Πレックスに関しては地表特化型で宇宙での運用ができないので今回は見送るようです。その他、よそで製作された大気圏内専用装備群も不採用になっているようですから、新規参入者をイベントから排除しないようにするための配慮だと思われます」
プルナが公団公式採用の通知について報告を上げた。
「ふむ、イベント内容はチャンドラーで観測された発光現象の調査、個人参加もギルド参加もできるが、フィールドは一部分かれていて報酬もそれぞれの枠で別途用意されるんだな?」
ムラもインフォをざっと流し見してイベント内容のあらましを確認する。
「それで、物資の持ち込みはプリンセス・メイフェアのおかげで余裕を持って対応できるけど、あの図体だから小回りが利かないし、巡洋艦の下がいきなりザラマンダ、ってのもバランスに問題あるから、準備期間でちょっとは埋めときたいなと」
とんとん、とテーブルを叩きながらアイリスが続けた。イベント全体の規模は不明だが、プリンセスメイフェアでは火力過剰で使いづらいことになるのは十分予測できる展開だ。かといって、そのバ火力が必要にならないと断言もできないので投入しない選択肢も今の所ないのだが。
「では。下から埋めます?上から詰めます?」
メイフェアが言うのはつまり、比較的小型なものを用意するか、あるいは戦闘機などのやや大型なものを調達するか、と言う問いかけだ。
「今回は大型機は後回しでもいいんじゃないか?ある程度はスーパーレア級の装備のプレイヤーも集まるだろうし、月面でのザラマンダの戦術移動力とペイロードを補強できる…戦車とまではいかなくても良い。装甲車や兵員輸送車にあたる機材が欲しいな」
バダーが顎をつまんで提案する。
「Πレックス系じゃダメなのか?兄貴。電動型のパトレックスなら真空中でも動くだろう」
バズーが新規開発に疑問を呈する。
「バズー君、おそらく月面じゃΠレックスではダメだろう」
「なんでだ?ムラさん」
「重力が低すぎる。あれの重心レイアウトと歩行法ではまともに歩けない」
約1/6Gの環境では二足歩行は効率的でない。Πレックスがまともに走るのは1/4Gくらいまでだろう。
「まあ、車両が常識的な選択なんだろうが…」
ドーユーが一般論を提示した。月面車はリアルでも運用されている。
「じゃが、問題もあろう?あれでは速度も出ぬし、そもそも車両が使える程度に下が平らとも限らん」
村田は月面車プランには否定的な立場を示した。
「あの、車だと速度が出ないんですか?」
「うむ。月面と同じ、と言う前提じゃが、地面が深くて細かい砂地が多くての。しかも重力が低くて空気がない。結果、大径のタイヤでないと沈み込んでしまうし、沈まぬようにすると接地圧が足らぬからパワーをかけると砂を巻き上げるばかりで前に進まぬ。普通に歩くよりは楽じゃが、せいぜい50km/hくらいしか出ぬじゃろう。空気がないから空力ダウンフォースなんてのも有り得ん」
プルナの質問に丁寧に村田が答える。
「虫型、はどうですか?」
「飛鳥ちゃん、どうして有望だと思う?」
飛鳥の発言に、アイリスが根拠を求める。その様子は先輩と後輩、と言うよりは正解を出した生徒に途中式を求める教師のようでもある。
「蟻とか蜘蛛とかは重量はものすごく軽いけど機敏に動きますよね?スケールスピードで言ったら1,000km/hくらい平気で出てるくらいに。全体では接地圧は低いけど、駆動力を出す脚は動的接地圧を上げられて、上下動成分も重心移動も少ない歩法ですから無駄に跳ね回ることも抑えられませんか?」
「じゃあ、問題点は?」
なんにせよメリットばかりではない。デメリットも必ずある。
「機構は複雑化しますが、過去にリアルでも昆虫型のロボットは作られたことのある物ですから手本はあります。ただし駆動部と脚部の体積がかさみますからペイロードは圧迫して、たぶんそこが一番のデメリットでしょう。強度的なことは低重力下での使用なので問題にならないかと。あと、駆動音も大きくなるでしょうけど、真空中ならそれも問題ないかな?接触伝達分はキャンセルしないと乗っててうるさいかもです」
うんうん、とうなずきながら、アイリスは手元で検索をしているようだった。
「あら?昆虫型といえば…」
メイフェアが何かを思い出した素振りを見せ、アイリスは目的の物を見つけ出した。
「そう。Πレックスの検討案の中に多脚型のプランもあったんだよ」
大型ディスプレイに8本足の駆動部設計案が表示された。
「これで行ってみるか…あ、ところで話違うが」
「なに?ムラさん」
「ちょっと気になっていたんだが、なんでΠレックスは恐竜型になったんだ?別にダチョウ型とかでも良かったんだろう?」
「それはね、ムラさん」
「それは?」
「かっこいいからだよ」




