よろしい、ゲリラ戦だ
場所を移してIDEの店舗である。
「ありがとうございます、IDEさん」
「かまわないよ。どうせ今日は使う予定のない場所だし、掃除もしてもらってるし」
アイリスの礼をIDEが軽くいなす。
「姫様、掃除終了しました」
「じゃあクオ、さっき作った簡易コンロをそこに」
「はい」
「アイリス、これどこに置く?」
ザラマンダ・プロトを着込み、両手に折りたたみ椅子を抱えてミケが訊ねた。椅子は【プリンセス・メイフェア】から持ち出した物だ。
「あー、そこらに。レイアウトはお任せで。巻き込んですまないね、ミケっち」
「まあ面白そうだからいいさ」
返事をしながら、アイリスはクオの用意した食材リストを表示して目を通し始める。
『メイちゃん、そっちは?』
【プリンセス・メイフェア】に戻っているメイフェアにフレンドコールで状況を問い合わせる。
『お米は艦内厨房で450食分炊き始めています。追加はこれが炊き上がってからになります。バックヤードには何を用意したらよろしいですか?』
面倒な話だがプレイヤーがどこでも取り出せるバックヤードと艦の船倉は区別されているので即用したいものは移動させておかねばならない。
『…うん、これが良さそうだ。メイちゃん、リスト贈るからよろしく』
『はい、わかりました…これ、ですか』
『効きそうでしょ?』
『はい。えげつないくらいに』
『じゃあこっちは用意進めとくからバックヤードに移動すんだら合流ってことで』
「うん?」
ステーションの商店街区画を歩いていたプレイヤーの一人である狐型ゾアンがくんかくんかと小鼻を動かす。
「どうしたの?なにかあった?」
連れらしいインセクティアの女性が彼の異常に気付く。
「このにおい…まさか、いや、そんな馬鹿な…」
「におい?ちょっとエルウィン、どうしたのさ?」
ひどく動揺しつつ立ち尽くすパートナーにインセクティアの女性も慌てはじめる。
「方向は…あっちか!!」
やにわに駆け出す狐ゾアン。
「ちょっと!何だってのよ!待ちなさいよ!!」
慌てて追いかけるインセクティア。
そんな光景が、商店街区画のいたるところで同時間帯に発生していた。
そこは、確かについ今朝までは有名プレイヤーの銃器店だった。一部のプレイヤーは数時間前に強盗騒ぎがあったことも知っている。その店、ガンショップIDEの、壊れたガラスをきれいに取り払った路面側ショーウインドウだった所からは薄く煙がたなびいている。だが、それは火災ではない。ガンショップIDEの入り口では店主のIDEと、ザラマンダ・プロトが入場整理を行っているようだ。すでに3,40人が集まり、その行列で中の様子は切れ切れにしか窺えないが、エルフィンと兎ゾアンの少女が忙しく駆け回っているのがわかる。ショーウインドウだった所には急造の調理台が置かれ、初めて見るタイプのロボっ娘メイドに下処理をさせたそれを、鮮やかなシアンブルーのボブカットに猫耳のゾアン女性が次々と焼き上げながら、集まったプレイヤーの質問に答えているが、忙しさと喧騒のせいだろう、すでにその声は怒鳴り声に近い。
「まさかそれは!」
「見りゃわかるでしょ!!うな丼だよ!!養殖ものだけどね!!」
「売ってるのか!?」
「先着500名様に無料配布だ!!ただしここで食べること!!持ち帰りは禁止!!」
「おいっ、ガリー、並ぶぞ!!」
「異存ないけど、私らまで回ってくんのかい?これ」
「メイフェア様、鰻50尾追加で」
「はぁい!!」
「ふぁあああ」
「入場制限中だ!!こら、そこ横入りすんな!!」
喧騒は、鰻が終了してカツ丼に切り替えたのちもしばらく続いたのだった。




