予感
美咲は彼が到着するのを待っていた。あの日は名前も聞かずに別れてしまったけど―。
「やぁ、ちゃんと来たね」
先生は、笑顔で歓迎してくれる。あのとき運ばれた病院で診察を受けることに。
「やっぱり数値がよくないな。とりあえず、投薬からはじめて…」
薬の副作用など、丁寧に説明してくれる。
「何か、聞いておきたいことはあるかな?」
「…あの」
美咲がためらっていると、
「ん?」
先生は優しく耳を傾けてくれる。
「あの日、弟さんにお世話になったのに、ちゃんと名前も聞いてなくて…」
先生は笑って『あいつらしいな』とつぶやく。
「どうしても、ちゃんとお礼を言いたくて」
無理にお願いして、連絡先を教えてもらう。
《090-1524-XXXX 本村康之》
あれ?先生は原田。苗字が…?
「あの、名前…」
つい、聞いてしまう。
「あぁ、僕たちが子供のときに両親が離婚してね。あいつは母親が引き取ったんだ」
「ごめんなさい。立ち入ったことお聞きして…」
「いいさ。他に聞きたいことは?」
「大丈夫です」
「じゃ、またこの次」
「ありがとうございました!」
―それから連絡を取り、こうして待ち合わせすることに…。
「ごめん。待った?」
少し息を切らしてる。
「電車が遅れて…」
美咲は慌てて、
「大丈夫です!それより、お呼び立てしてすみません。その節はお世話になり…」
彼はクスッと笑って、
「もういいよ。電話でも、そればかりだ」
あ、笑うとお兄さんによく似てる。美咲は、ようやく緊張をほぐすことができたのだった―。
「鍋なんて久しぶりだ」
よかった!喜んでもらえたみたい。
「本村さん、お酒は…?」
「君に任せるよ」
「私、お酒は飲めなくて…。だから、本村さんのお好きなものを」
「それじゃ、お言葉に甘えて…」
「はい!」
注文を済ませると、すぐにドリンクが運ばれてきた。
「改めまして…」
と、グラスを持ち上げ、ぎこちなく乾杯する。
「その後、体調はどう?」
「先生に…、お兄さんに『ちゃんと食事を摂りなさい!』って怒られちゃったんです。でも、ひとりだと、つい適当に済ませちゃって…」
「それで、鍋?」
「ひとりだと食べられないから…。付き合わせちゃってすみません」
「いや、俺もひとりだから、誘ってもらえてよかったよ」
あ、また笑顔。本村さんって先生と違って、ちょっと影があるというか、近寄りがたい雰囲気がある。
「本村さん、お仕事って、何されてるんですか?」
「………公務員だよ」
長い沈黙が。余計な事を聞いてしまったのかと、美咲は不安になっていた。ヘンな空気が漂っている。そんなとき、
「ちゃんと食べてる?こっちに肉が…」
本村は、さりげなくそれ以上の追及を回避していた。それからは、仲良く鍋をつついて―。




