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 ここは中央連合政府の支配する中央惑星群から遥か離れた辺境、惑星ソラン。

 ソランの惑星上には7億人ほどの原住人類が生活している。

 惑星厳重人類の成熟レベルは、中央基準の三段階中『一』と低い段階にある。

 他の高レベル惑星国家からの干渉を受ける危険も強いが、この宇宙域近辺に有力な惑星国家は存在せず、さらに燃料や鉱物資源に乏しい事も幸いし、ソランは『開発』と言う名を借りた侵略の魔手から逃れ、植民地化される事なくほぼ完全な形での独立を保って存在している。


 惑星ソランの歴史は非常に古い。

 原住人類の多くは宇宙や中央政権への野心を持たず、惑星内に限った生活を続けていた。

 科学レベルの差に見える通り、惑星ソランが外宇宙との接触を一方的に断ち切ることは力関係上不可能に近い。

 惑星ソラン政府では、外宇宙から訪れる人間を積極的に招待することは無いものの、訪れる者は拒絶せず受け入れる事を対他惑星外交の基本姿勢としている。

 ……とは言え、資源に乏しく中央から遠いこの惑星に訪れる者の数は、平年決して多くは無いのだ。


 この年の惑星ソランへの『客人』の多さは、特異なことであるだろう。

 中央連合政府惑星群トップレベルの大学衛星の研究者を中心とする数十名の調査チームが、研究調査対象としてほぼ手付かずに放置されていた惑星ソランに学術調査を目的に大挙して訪れているのだ。


 研究者グループの平均年齢は36歳と非常に若かった。

 宇宙航行学の発達に伴い飛躍的爆発的に人間の行動圏の広がったこの時代、探査研究するべき魅力に満ちた『前人未踏』の未開の星は数多(あまた)ある。

 引き比べて辺境惑星ソランは、原住人の手により一通りの調査が執り行われた、ある意味『探査済み』の惑星であること。加えて、ほぼ『鎖国』状態であるこの惑星に対して、今回以上に大規模な調査団を送り込む事が困難であったが故に、フィールドワークは当然のように研究者自身の足で行わねばならない。


 ……学術調査の結果は、政府の指揮により『到達可能惑星を網羅する』事を謳い文句とした百科辞典ソフトの編纂資料として使用されることになっている。

 確かに政府編纂の百科辞典には文化事業としての意義も高い。

 しかし中央連合政府惑星群の名だたる老博士達においては、自身の現在執り行っている研究に人生の残り時間をかけるのに忙しく、この度の学術調査は彼らにとって時間と体力の無駄であるとみなされたようだ。

 それでも、学術調査は政府の打ち出した大文化事業である。

 連合政府所属の各大学にとって政府から落ちる助成金も無視できない。

 これら諸事情絡み合い、各種軋轢、圧力との相談の末、若い研究者にスキルアップさせる為……との建前を作り上げたその結果が、参加研究者の平均年齢の若さに繋がっていた。


 調査団員総数78名。

 うち最年少者は驚くなかれ、弱冠13歳の少女博士であった。

 次代のトップブレインたるを期待される彼女。

 ───名前を、松原アリスと言う。



「本星に持ち帰る資料リストに『人魚メロウ』を入れろですって?」


 アリスは溜息とともにブッシュに覆い尽くされそうな踏み分け道に立ち止まり、ウンザリした表情を隠そうともせず青年を振り仰いだ。


「そんなのダメに決まってるじゃない。海洋生物なんて専門外のクセに……何言ってるのよ。連れ帰る理由がないわ」


 にべも無く言って、自分より優に30㎝は高い位置にある青年の顔を睨みつける。


「それにねフリン。いくら私が研究資料収集のリストを任されているからって、なんでも勝手に出来るってわけじゃないのよ」


 この言葉通り、彼女はこの調査チームの標本収集リストの作成と、収集資料の管理などを任されていた。

 いくら調査団の人員数が少なく、仕事を振り分ける人員に限りがあるにしても、彼女の年齢を考えた場合これは異例の人事である。


 ───今から五年前、弱冠7歳にして彼女……松原アリスは、中央宇宙最大の規模とレベルを誇る最高学府に特別に入学を許された。

 それからこんにちまでの5年の間、知識を深め人脈を築き、更には複数の博士号を取得した少女。

 現在、彼女は独立した研究室を任され生徒を指導する『エリート教授』陣の名簿に名を連ねる一人となっていた。

 広い分野に置ける知識と人脈が、異例と特例ずくめで来た彼女の足元を固めているのだ。


「……そうは言うけど、君なら大丈夫だろ。アリス博士……いや、『松原アリス』ならさ」


 アリスの黒瞳に睨まれながらも、青年……フリン・コーネルは悪びれた様子もなく笑顔を見せた。

 屈託ない笑顔。

 笑うと目じりに皺が寄り、整った顔立ちに愛嬌がでる。

 クセのある金髪の背後から木漏れ日が差して、天使の輪のようにキラキラと輝いた。


「私なら……って、それは中央政権の大狸であるパパの威光を使って……って事かしら?」


 アリスの父親が有力な政治権力者であることは、学府内でも周知の事実ではある。

 しかし、学問には親の七光などは、ある程度しか通用はしないと考える彼女にとって親の威光を使って……という言葉は、侮辱以外のナニモノでもない。

 もしもフリン以外の人間の台詞なら、絶対に許さないだろう。

 引きつった笑いを白い口元だけに浮かべて、笑みを含まない黒瞳がフリンを睨みつける。


「……あ~……いや……」


 微妙に目線を逸らし手近にあった小枝から葉を毟りつつ後退するフリンに、アリスがビシッと音をたてんばかりの勢いで指を差し、言った。


「パパは義兄(フリン)にとっても(パパ)なんだから、おねだりなら自分でしなさいよ。ゾウガメでもアナグマでもオタリヤでも、なんだって頼めばいいじゃない。フリンのお願いならぜーったい何でも聞いてくれるから!」


 昨年、アリスの父親の秘書をしていたフリンの母はアリスの父と再婚し、その結果、それまでの12年間を一人っ子として生きてきたアリスには、自分が勤務する大学に7歳年上の『教え子』の義兄(あに)が出来ることとなったのだ。


 人並み外れた頭脳と、歳に似合わぬ自己分析力や自制心を持つ彼女である。

 この再婚に父を奪われる娘としての嫉妬や再婚相手であるフリンの母への反発心を必要以上に覚える事もなく、状況の変化をすんなり受け入れる事が出来ている。

 ───と言うのが彼女の自己分析だ。


 大学に入学と同時に親元を離れて5年。

 とっくに『独立』した自分がとやかく言う問題ではないと考えての事だった。

 自分の人生が自分のモノであるように、父親の人生は父親のモノ。

 そんな冷静な判断をする自分を、正直、可愛気がない子供だとアリスは感じていた。

 たぶん、父親の目から見ても自分には子供としての可愛気など、ひと欠片も無い。


「いや……その……」


 おろおろと弁解の言葉を捜すフリンに、疚しい心などない事は分かっている。

 ため息が出るほどに……いつだってフリンは真っ直ぐなのだ。

 誰に対しても屈託無くよく笑い、怒る時には本気で怒り、悪意というものを知らないようにすら見える彼。

 今時稀有なくらいに単純で純粋な人間。

 父親も頭の切れすぎる実娘(じぶん)よりも、絵に描いたような好青年である義息(フリン)を、可愛く思っている事に気づていた。

 勿論それは妬みや嫉みではなく、分析の結果。

 そんな冷静さが、ますます可愛気がない。


「……だから勝手にすればいいじゃない。」


 溜息一つ。

 アリスは肩を竦めた。


「でも……やっぱり責任者を通して合法的にがベストだと思うから……。その……本当に他意はないんだよ」


 垂れ下がる蔓草と疎らになり始めた木々の向こうに悲しそうな青い目を向けて、フリンが消沈した様子で呟くのをアリスは見ていた。


「ただ……どうしても人魚を……『彼女』を連れて帰りたいんだ……」


 思いつめた堅い横顔から目を背け、可愛気のない事を承知していながらも


「検討の上で善処するわ」


 と事務的な一言を残し、彼女は再び踏み分け道を歩きはじめる。

 背後で


「よろしく」


 とフリンが頭を下げる気配を感じたが、そのまま振り返らずに去っていった。





 

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