恋の風景
バレンタインというのは、恋人がいようが、いまいか、好きな人がいようと、いまいが、誰もがジッとしてられないそんな一日なようだ。男子は一様にソワソワし、そんな事もあろうかという気持ちで待ち構え、女子は何もしないというのも出来ないようで、本命義理を巧みに使い分け男子にプレゼントを配ったり、女子同士で友チョコ交換したりと、男子より楽しんでいるようだった。
僕も清水も、そのお情けチョコは幾つか頂いたりもした為、昼休みの時間は妙に細々したお菓子があり、男子三人の弁当風景にしては妙にファンシーな状況になっていた。
「なんかさ、義理チョコどうぞ! という言葉って、寧ろ相手を傷つけているって気付かないのかな? 女子は!」
清水は不満そうに言って、チョコを口に放りこむ。
「最近は友チョコと改名されたみたいだけど」
僕の言葉に清水は不満気な顔そのままで、ため息をつく。
「名前変わっても、コレが立派になるわけでもないし」
薫がクスクス笑いながら、食べ終わった弁当箱を閉じ、丁寧に包み巾着袋に戻す。
「僕は、友チョコの方が嬉しいけどね! 素直に喜べてお礼を言える」
薫はからかう為でもなく、本音で言っているようだけど、清水は露骨にムッとした顔をする。
その顔をニコニコ嬉しそうに見ている所から、清水が拗ねるの分かって態と薫は言ったのかも知れない。それがこの二人のコミュニケーションの取り方である。
「実際、知らない女の子から手作り菓子貰うのも、怖いものもあるよ」
そう続ける言葉に『まあ、それはそうだろう』と清水は納得した答えを返すが、僕は薫が妙に嬉しそうに取り出したモノに気を取られて、反応を返せなかった。薫が取り出したのは、青い紙袋で、朝に月ちゃんからプレゼントされたものである。袋から淡いブルーの柔らかい紙で巾着のように包まれたモノを取り出し、丁寧な仕草でリボンを解いている。中を見て目を細め猫の形をしたクッキー取り出しフワリと笑う。
「知らない女の手作り品は怖いんじゃかなかったのかよ」
清水のツッコミに、薫はキョトンとした顔を返す。
「え? コレは知ってる子からのプレゼントだもの。味見頼まれて」
清水は呆れたように溜息つく。
「お前さ、女心分かってないな。味見して下さいといって食べてもらおうというのが分からないのかよ。どれ俺も味見して」
薫はスッと包みを遠さげて清水が取ろうとするのを阻止する。
「僕んだから、喰うな」
清水は『ケチ』と口を尖らせたが、それ以上は何も言わず『友チョコ』を摘むことにしたようだ。薫は何処か上機嫌で猫の形をしたクッキーを食べて、誰だかにメールをする。月ちゃんへ出しているのだろう。根拠はないけど、その愉し気な表情から僕はそう思った。
この時、月ちゃんのクッキーを清水は食べられなかったけれど、結局は清水の口に入ることになる。放課後の部活の時に、月ちゃんが皆にタッパーに入ったクッキーを振る舞ったから。そのクッキーは様々な動物の形をしていたから、昼間薫が食べたクッキーと同じだとは気が付いていなかったようだ。月ちゃんはその器から清水に続いて僕がとると、何故かはにかんだような顔をして目を反らした。
食べたクッキーは、甘さ控えめのチョッピリビターな味がした。
「うめ~♪ お腹すいてたんだ俺!」
北野は、友チョコ(クッキー?)を上機嫌で頬張って、一人で大量に食べようとして皆がら怒られていた。
モテる人もモテない人もそれなりに盛り上っていたように見えるバレンタインデー。今日でどれ程の人が、告白し成功し本当に幸せになったのだろうか?
ふと視線を感じてソチラに目をやると、月ちゃんと目が合った。その目はいつものように人懐っこくて楽しげなものではなく、僕を何故か怯えたような目で見ていた。僕はその表情に戸惑うものの、取りあえずニコリと笑顔を返す。月ちゃんはどこかぎこちない笑みを作り目を反らし、パソコンのディスプレイに視線を戻す。
高橋が今日来ていないので、月ちゃんが一人でHPの更新をしているようだ。
それを見かねて、清水が最初手伝っていたようだが、例のごとく帰宅時間が来て僕に後を託し慌てて帰っていった。僕はパソコンにそこまで詳しくないし、パソコンは一台だけなので作業を実際手伝えるわけでもなく、結局月ちゃんが作業をしているのをただ横で見守るだけという状態で役にたった気がまったくしない。
月ちゃんも別に技術的な事で悩んでいるわけではなく、偶々部員から一気に感想が来た事で時間が掛かっているようだった。まずはそれぞれの記事毎にページを作り、それを映画メニューに項目を作りリンクする。それで終われば楽なのだが、月ちゃんと高橋の拘りなのか、記事にはちゃんとスタッフやキャストの情報と映画のデータサイトからあらすじもつけ、それぞれの映画に関連する映画や人物のいる記事にリンクを繋げようとしているので、余計に時間が掛かっていたようだ。横で時々映画に関して相談をうけつつアドバイスをいれて作業を進める。几帳面というか凝り性な月ちゃんだけに中途半端で作業を放り出すという事が出来ないようで、最後までキッチリ終わらせると結構な時間になっていた。気が付くと部室には、僕と月ちゃんだけである。
「もう出ないと閉門してしまうよ」
僕は月ちゃん促して部室の戸締まりをし、職員室に鍵を返し一緒に校門を出た。
二人の身体を冬の冷たい外気が体温を一気に奪っていく。僕らは寒さに身体を強張らせながら歩き始める。