恋人たちの予感
日がくれると、ますます気温は低く感じて、僕は肩をすくめる。月ちゃんも寒いのだろう自分の身体を抱きしめるかのように震えてる。二人で寒さに身を縮めながらも駅を目指して歩くしかない。
「すいませんでした。先輩までこんな時間までお付き合いさせてしまって」
僕は笑って首を横にふる。
「嫌、逆に良かったよ、月ちゃん一人でこんな遅くまで残ってたら帰り危ないし」
月ちゃんは恐縮したように下を向く。恩着せがましい言い方になってしまった事を少し反省する。
「あ、あのさ、ありがとう」
強引だったけど、話題を変える事にした。月ちゃんの落ちこんだ感じの顔は見たくなかったので。
「え?」
案の定、月ちゃんもポカンとしている。
「いや、あの、今日、クッキー嬉しかった」
キョトンとしていた目が細められ、月ちゃんはニコリと笑う。
「私もです! お菓子喜んでくれるかな? とか考えながら作るの楽しかったです」
ならばその甲斐もあったと言うべきだろう。薫は月ちゃんのバレンタインプレゼントのみ喜び楽しんでいた。
「薫も喜んでたよ。まあ、ヤツはモテモテだから色々貰えていたみたいで、僕からしてみたら羨ましい状況だよね」
何で余計な事言ってしまうのだろうか? 月ちゃんのプレゼントだけを開けて、しかも僕らに見せびらかしながら一人占めして食べてた。その事を伝えるべきなのに。
月ちゃんをチラリと見ると傷ついた様子もなくクスクス笑っている事に少しホッとする。
「顔だけは、王子様というか、クールなアイドルですものね。バレンタインプレゼントもらってブーブー文句言ってませんでした?」
『顔だけ』という言葉に、僕は笑ってしまう。酷い言われようだ、月ちゃんから薫はどういう人物に映っているのだろうか? でもその言い方は相手を理解した上の言葉で愛情が感じられる。
「アイツは僕と違って本当にカッコイいから。いい奴だしモテるのも分かるよ」
先程の言い方の悪さもあり、薫をフォローする言葉を僕は伝える。もっともっと薫の良い所があるのに、なんで実際彼の事を語ろうとすると良い言葉が見つからないのだろうか? 僕が薫に敵うわけもない。薫ならば月ちゃんを取られても納得出来るし、いいのではないかと自分に言い聞かせた。
「え? 先輩だって格好良いじゃないですか!」
すると月ちゃんはとんでもない言葉を返してくる。
「いやいや、僕は」
慌てて僕は首を横にふり、そこからどう言葉を続けるべきかも分からなくなりそのまま黙り込んでしまう。
「先輩は素敵です!」
お世辞にしても、言い過ぎである。月ちゃんはこの言葉をどんな顔で言っているのか気になり、思わず足を止めて隣を見ると、意外な程真面目な顔をした月ちゃんがいた。
「え、ど、どこが?」
思わず立ち止まり、二人で歩道で向き合ってしまう。
「笑顔が大好きです!」
月ちゃんは大真面目顔でそう宣言する。こういう時どうリアクションすれば良いのかわからず、僕は黙って月ちゃんを見つめた状態で固まっていた。
「優しい声も好き」
言葉を続ける月ちゃん。見事に外見に関する言葉がない事に苦笑してしまう。一生懸命という感じで月ちゃんは僕の好きな所をあげていく。
「暖かい手も好き」
嬉しいけれど、恥ずかしくなってくる。
「僕も好きだよ、月ちゃんの事」
つい口に出してしまった、僕の気持ち。もっと慌てしまうかと、思ったけれど言葉として形にしたことで思いは強まった。というより開き直ったのかもしれない。月ちゃんが薫と付き合うならば、その前にいっそ告白してふられるほうがスッキリするのかもしれない。
ビックリして目を丸くしてコチラをジッと見ている月ちゃん。兎みたいに可愛いくて、愛しさが込み上げる。気分は妙に高揚して胸はドキドキしているのに頭は冷静で、驚いて固まっていた表情が崩れ顔を真っ赤にして慌て出す様子をジッと見つめ記憶に焼き付けていた。
「あの、先輩、好きって……」
見上げてコチラを見てくるが、目がバッチリ合いすぎで恥ずかしくなったのか、月ちゃんは俯く。
「いつも一生懸命なところ。映画について嬉しそうに語っているときの笑顔。真っ直ぐ人を見て話してくるところ。月ちゃんのそういったところ全部、僕は好きだよ」
月ちゃんは流石に戸惑ってしまったのか、下を向いたままだった。
「ゴメン、君を困らせるつもりは」
僕の言葉に、月ちゃんはハッとしたように顔を上げ首を横にふる。
「私も! 先輩の事好きです。全部大好きです! ズッと……」
月ちゃんは、慌てたように言葉を続けていく。僕はその言葉の内容は理解できたが、意味が分からず困惑する。真っ赤な顔をして必死な様子に、今度は僕の方が戸惑ってしまう。
「え……でも、月ちゃんは薫の事が……」
動揺して僕はつい、薫の名前を出してしまう。そこで今ふと感じてしまった淡い期待も無残に散ってしまうのだろう。
しかし月ちゃんは、薫の話題に動揺するのではなくポカンとした表情を返す。
「私が好きなのは先輩です。本当です。薫さんには色々相談に乗ってももらっていて」
月ちゃんはおずおずという感じで話し出す。コレは夢なんだろうか? 僕は自分の耳が信じられなかった。僕の今まで見えていた世界はすると何だったのだろうか?
「だから、今日……クッキー焼いてきたんです。先輩に食べてもらいたくて」
月ちゃんはそう言って真っ赤な顔のまま俯く。
「え、でも、あのクッキー」
僕は手に提げている紙袋に視線をやり、ある事に気が付く。ピンクのクッキーの入った包みのの隣に、ピンクの封筒が入っている。こんなの薫の袋にも入っていたのだろうか?
封筒を取り出す僕に、月ちゃんはそわついた様子を見せる。潤んだ目が僕を見上げる。
「それと、クッキーが私の正直な気持ちです」
僕はドキドキしながら、封をしていたシールを剥がし、中のカードを取り出す。
薄暗い中でもカードに書かれていた言葉は少なく、大きな文字なので読む事ができた。僕の心にグワっと熱い何かが拭き上げてくるのを感じた。
『星野先輩、大好きです!』
「あ、コレ、あの」
こういう時にどう言えばいいのだろうか? ジッと僕を見つめている月ちゃんに情けない程うわずった声しか返せない。
「ありがとう。嬉しい。凄く。何と言って良いのか。僕も月ちゃんが好きだよ。本当に。後輩だからとか、妹みたいだとかでなくて、その、その男として君が……」
月ちゃんは泣きそうな顔だけどフワリと微笑んだ。そして頷いた。『気持ちはちゃんと通じました』という感じで。そしてその瞳の中に確かに月ちゃんの『大好きです』という気持ちが僕にも伝わってきた。
この時に気持ちは何と表現して良いのか分からない。多分それまでの僕の人生で最高に幸せを感じた瞬間でもあった。喜びと照れくささの混じったなんとも温かくてムズ痒いそんな気持ち。月ちゃんだんだん照れくさくなってきたのか恥ずかしそうにしてまた下を向く。
僕は手を月ちゃんに手をそっと差し出す。月ちゃんはその手に応え僕の手を握り返してくる。そのまま暫く無言で二人で歩き始める。不思議だ、ドキドキしていた気持ちが落ち着いてくる。ホッコリとした幸せな気持ちはそのままで。
「あのさ、月ちゃんは何故、僕の事を好きになったの?」
落ち着いてくると、どうしても理解出来ず、浮かび上がってくる疑問をつい口にしてしまう。月ちゃんは不思議そうに僕をみてくる。
「先輩だから? 全部が大好きです。それこそ頭の先から尻尾の先まで全部!」
本気で言っている言葉なのだろうけど、なんか笑えてしまった。
「尻尾はないけどね」
月ちゃんもフフフと笑う。
「確かにそうでしたね。でも例えあったとしても気にしません!」
「ありがとう」
映画の中の告白シーンとは違って、どこかズレた惚けた会話をしながら僕らは手を繋いだまま駅まで歩いていった。この日は凄く寒かったはずなのに、僕の記憶ではドキドキして熱くなる心と、この月ちゃんの手の温もりといった温かい記憶しかない。手をずっと振り続けて駅のホームで分かれても、そのホカホカはまだ僕を暖め続けてくれた。
家に帰り、部屋で月ちゃんからもらった紙袋から封筒を取り出し再びニヤついてしまう。そしてそっとピンクの包みを取り出す空けてみて、さらに感動することになる。
そこには星と月とハートの形のしたクッキーが一杯入っていた。薫の袋にも、部室で空けたタッパーにも入っていなかった、僕らにとって特別な意味をもつ形のお菓子。別に疑っていた訳ではないけれど、そこに確かな月ちゃんの僕への想いを感じて僕は再確認をし再び喜びがこみ上げてくる。ハートのクッキーを一つつまみ、口に入れてみる。さっきはビターに感じたクッキーが堪らなく幸せな気持ちにさせてくれる甘いものに変わっていた。




