03.もう一つの桜
始業式は終わった。
校長の長い話と、いくつかの連絡。
それだけだった。
パンツに関する情報は一つもなかった。
クラスごとに体育館を出て、教室へ戻る。
担任がプリントを配りながら言った。
「今日はこれで終わりだ。気をつけて帰れ」
その瞬間、教室の空気が一気にゆるんだ。
椅子が引かれる音。
鞄のファスナーの音。
完全に帰る空気だ。
「またなー」
そんな声が教室のあちこちから聞こえる。
俺も鞄を肩にかけた。
そのとき。
「勉」
爽太が声をかけてきた。
「帰るか」
「そうだな」
女子の声が横から飛んできた。
「爽太くん、またあしたね!」
女子が手を振る。
爽太が軽く手を上げた。
「おう。またな」
俺は横を見る。
「……俺にはないが?」
爽太が言う。
「普段の行いじゃね?」
「心当たりがない」
「あるだろ」
「ない」
俺たちは教室を出た。
廊下にはすでに下校する生徒の流れができている。
靴箱へ向かう生徒の列に、俺たちも混ざった。
窓の外では桜が春の風に揺れていた。
爽太が言う。
「しかしさ」
「何だ」
「お前、今日すごくないか」
「何が」
爽太が指を一本立てる。
「通学路。ひったくり捕まえる」
もう一本。
「教室でスマホキャッチ」
俺は肩をすくめた。
「偶然だ」
「偶然で済むか」
「パンツだ」
「なんでだよ」
昇降口が見えてきた。
靴箱の前にはすでに人が集まっている。
靴を履き替える生徒で、かなり混み合っていた。
ローファーの音と話し声が、昇降口に広がっている。
ドアが揺れる。
桜の花びらが昇降口に舞い込む。
ピコーン。
頭の中で音が鳴った。
さっきより、少し長い。
『パンツイベント発生予測』
足が止まる。
爽太が怪訝そうな顔をした。
「どうした」
「来る」
爽太が額を押さえる。
「またそれか」
辺りを見渡す。
女子が数人、しゃがんで靴を履いている。
――あれだ!
女子が立ち上がる。
だが。
距離が遠い。
足を踏み出す。
「あかり!」
友達の声。
「え?」
振り向きざまに、
まだ履ききっていないローファーが、
かかとから外れる。
踏み直そうと、足を引いた。
そのとき。
体がぐらりと後ろへ傾く。
その背後は昇降口の段差。
……間に合うか?
距離が足りない。
くそ。
必死に手を伸ばす。
届けっ!
……俺のパンツ!!
「きゃっ!」
女子が声を上げる。
俺は走った。
「勉!?」
爽太の声が後ろから聞こえる。
女子の体が倒れる。
その瞬間。
腕を掴んだ。
ぐいっと引き寄せる。
女子の体がこちらに倒れ込む。
なんとか踏みとどまった。
昇降口のざわめきが、一瞬止まった。
数秒後、空気がざわっと動いた。
「今の危なかったよな」
「落ちるところだった」
「すげえ」
女子が俺を見上げる。
驚いた顔のままだ。
俺は言った。
「ありがとう」
女子が固まる。
「……え?」
そのまま校門へ向かって歩き出す。
振り返らない。
春の風が校門の方から吹き込んできた。
爽太が追いつく。
俺は言った。
「ピンクだった」
爽太が顔をしかめる。
「色の問題じゃねぇ」
俺は少し考えた。
「……」
そして言った。
「もう一つ桜を見た」
爽太が止まる。
「は?」
「パンツ」
「言い方の問題でもねぇ!」
後ろの昇降口ではまだざわざわしている。
「江口すごくね?」
「反応早すぎだろ」
「ヒーローじゃん」
爽太が言う。
「勉」
「何だ」
「お前、助けたんだぞ」
「そうだな」
「普通そこは別の感想が出る」
「パンツ見えた」
爽太が深いため息をつく。
「最低だ」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
この先もパンツとともに、いろいろ起きます。
よければ続きも読んでいただけると嬉しいです。
※本日、続きも投稿予定です。




