10. 神に選ばれた男(※違う)
「先輩!」
休み時間の教室に、弾んだ声が響いた。
髪の短い女子が、ノートを抱えて立っている。
こちらへ一目散に駆けてくる。
目の前で止まる。
爽太が横でつぶやく。
「ああ、昨日の一年か」
「あかりちゃんだよね」
後ろの席から氷室の声。
「お疲れ様です!」
ノートを開く。
「私、新聞部に入部してきました!!」
「そうか」
「先輩の素晴らしさを広めます!」
「は?」
ペンを構える。
「記録、始めます」
「やめろ」
「あと、あかりって呼んでください!」
「聞いてない」
氷室が言う。
「お前がな」
爽太が固まる。
「……勉がツッコんだ!?」
⸻
「というわけで取材します!」
あかりはページをめくり、迷いなく続ける。
「お名前は?」
「江口勉」
「趣味は?」
「人間観察」
「“人間”観察?」
氷室が間を置かずに刺す。
「なるほど……」
あかりは頷いた。
「洞察力を鍛えている、と」
「下半身限定のね」
「ヒーローとしての極意は、
誰かに教わったんですか?」
「神様だ」
「は?」
氷室と爽太の声が重なる。
「貸してみろ」
俺はペンを取る。
さらさらと線を走らせる。
丸い顔、だるそうな目、やる気のないヒゲ。
描き終えて、ノートを向ける。
「完全に不審者ね」
氷室が即答した。
その瞬間だった。
「違う」
横から、低い声が差し込まれる。
全員がそちらを向く。
白いヒゲ。白い服。やる気のない顔。
いつの間にか、教室の中に立っていた。
「ワシじゃ」
爽太が見直す。
「誰だよ」
「神じゃ」
氷室が机に頬杖をついたまま言う。
「通報案件ね」
爽太がため息をつく。
「どっから入ってきたんだよ」
「扉じゃ」
「当たり前だろ」
⸻
俺は言った。
「神様だ」
「信じるな」
即座に爽太。
「パンツ神だ」
「言い直して悪化させるな」
そのとき。
あかりが、ゆっくりと一歩前に出た。
ノートを握る手が、わずかに震えている。
「……やっぱり」
全員の視線が集まる。
あかりはまっすぐ神を見る。
そして、深く頷いた。
「そういうことだったんですね」
「何が?」
爽太が素で聞く。
あかりは迷いなく言った。
「先輩は、選ばれていたんですね」
「違うでしょ」
「違うだろ」
あかりは気にしない。
ノートを開く。
「確信しました」
さらさらとペンが走る。
「危険を察知する能力」
「瞬時の判断力」
「そして――」
一度だけこちらを見る。
「神の導き」
「それはない」
⸻
あかりは顔を上げた。
目がきらきらしている。
「書けました!」
ノートをこちらに向ける。
大きく書かれていた。
⸻
『神に選ばれた男・江口勉』
⸻
神が頷いた。
「うむ」
「うむじゃねぇ」
爽太が頭を抱える。
「何なんだよこの状況……」
氷室が静かに言う。
「地獄ね」
「ワシがおるが」
「だからだよ」
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