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☆12月23日(土)

★【Key plate-layer】


 お喋りは大好きです。おまえは口から生まれてきたのではないかとよく言われます。

 幼い頃はよく人形と遊びました。祖母からもらったアンティークのビスクドールです。今、オークションに出せばすごい値段が付くのではないかと、黒いことを考えたり……ああ、だめですね。大人になると玩具への愛着が薄くなるみたいです。

 そういえばあの人形、どこに片付けてしまったのでしょう……。

 お話を聞くのは大好きです。他の人が聞いたらくだらない話でも、心から笑うことができます。心から泣くこともできます。心から楽しむこともできます。

 だから自分は幸せなのかもしれない、とよく思います。他の人からすれば贅沢な事かもしれませんね。

 最近、「幸せってなんだろう?」ってよく考えます。それは実感がないからかもしれません。楽しいイコール幸せでないことはよくわかっています。

 考えに考えて、ようやく悟った事が一つだけあります。


 それは『普通』でいることがもっとも幸せな事なんだなぁって。



○○○



☆12月23日(土)


 その日もワインを三本空けたところで、メグミはかなり酔っぱらっていた。

「だから、DLと聞いてダウンロードの略だって思っちゃうのは、SLと聞いて、さくらライナーと思い込むくらい浅はかな事なんですよ」

「いや、普通はダウンロードだろ。というか、前後の文章を確認すればいいじゃん」

「先輩。DLのDはダブルですからね」

 すでに普通の会話ができない。

「メグミちゃん、すっかりできあがってますね」

 ぼそりとそう呟いたノゾミの口調はスローペースといえども、かなりまともに思えてくる。

「そうだな。そろそろお開きにするか」

「んー、でもせっかくのイヴイヴですから、もうちょっと楽しみたいな」

 いつもとは違ったノゾミの少し甘えた声に、マサキは少しだけ鼓動が高まる。

「先輩! 聞いてるんですか?」

「はいはい、聞いてるって。たしかに二層書き込みは、速度面でもコスト面でも【+R】の方に軍配はあがってるよ」

「そうなんですよ。わかってるじゃないですか」

「おい、ノゾミ。おまえは反論ないのか? おまえは DVDフォーラム信者だろ」

「あー、あたしは特にはありませんね。語感的にはダブルよりデュアルの方が好きなだけで」

 「そんな理由なのかい!」とマサキは思わずツッコミそうになった。

「わたしは DVDフォーラム信者なんかじゃありません」

 と、メグミもツッコミを入れたくなるような言葉を返してくる。おまえに言ったんじゃないってのに、とマサキは心の中で舌打ちした。

「まあまあまあ、今日は楽しきイヴイヴですから」

 ノゾミがおだやかに仲裁に入る。

「というか、その『イヴイヴ』なんて言葉を恥ずかしげもなく使うようじゃ」

「知ってますよ。クリスマスイヴの『イヴ』はイヴニングの意味でしょ。所詮和製英語となりつつあるんですよ。バレンタインにチョコあげるのと一緒なんですから、そんな細かいこと言ってると嫌われますよ」

「わかったよ。俺が悪うございました」

「先輩はね。もうちょっと聞き上手になるといいですよ。人の話をすべてネガティブに捉えようとするのは感心しませんね」

「まったく、年下に説教されるとは俺も焼きが回ったかな」

「回して焼くのはメディアだけにしてくださいよ」

「先輩!」

 メグミが突然大声でそう叫ぶ。しばらく放置しておいたものだから、さすがに怒り出したか。酔ってはいてもコミュニケーションをとりたがるのが人間というものだ。

「悪かったってメグミ」

「先輩!」

 まだ怒りは治まらないのか声のトーンは変わらない。

「そんな大声出さんでも聞こえるって。放置して悪かったな」

「先ぱ……うぇぇぇぇーん」

 ついには泣き出した。とはいえ、酒を飲んで訳が分からず泣く事など今まではなかったはず。いつもとは違う彼女の態度になぜか胸騒ぎがする。

「どうしたんだよ」

「……っ! だってぇ」

 鼻をすすりながらメグミはさらに泣き出した。

「しょうがねぇな。ほらティッシュ」

 マサキはティッシュペーパーの箱ごとメグミに渡す。

 恥じらいもなく彼女はティッシュで鼻をかむ。

「先輩」

 こんどは涙混じりの小声。

「ん、なんだ」

 先ほどノゾミが言った言葉を思い出す。もっと聞き上手になれと。だから、できる限り優しくそう応えようとした。

「……ですか?」

 鼻水をすすりながらの言葉は聞き取りにくかった。

「ん? もう一度言ってくれ」

「誰と話してるんですか?」

「何を言ってるんだ。今はメグミと話してるだろ」

 これだから酔っぱらいの相手は大変だと、マサキは溜息を吐く。

「違います。さっきまで誰と話していたんですか?」

 一瞬、彼女が何を言っているのか理解できなかった。

「おいおい、いくら酔ってるからってノゾミの存在を忘れたらかわいそうだろ……」

 そこまで言いかけて、なぜか背筋に悪寒が走る。

「……」

 メグミの嗚咽がぴたりと止み、泣きはらして充血した瞳がこちらをしっかりと捉えていた。

「メグミ?」

「なんで?」

「だって、三人で飲んでるんだから」

 ぴしゃりと、マサキの頬をメグミの平手が打った。あまりにも突然の事に彼は身動き一つとれない。

「ノゾミちゃんは去年のクリスマスの日に、わたしたちの前からいなくなってしまったじゃないですか!」



 ナニヲイッテイルンダ?



 悪酔いするにもほどがある。今までも酷い状態にはなったが、ここまで切迫した妄想を作り出すことなどなかったはずだ。

「おいおい、ノゾミはここにいるだろが。なぁ、ノゾミ」

 マサキはそう言って、確認するかのように彼女を呼ぶ。

「はい、そうですね。あたしはここにいるってのに、ひどいなぁメグミちゃんたら」

 ノゾミはしょうがないなぁといった感じで、ケラケラと笑い出した。

「だから、誰と喋ってるんですか?」

「いや、だからノゾミと」

「先輩、去年のクリスマスの日の事、覚えてないんですか?」

「クリスマスだろ? メグミがケンタのチキンが食べたいっていうから、予約でぎっしり埋まっているところをわざわざ並んで買ってきて、三人で飲み明かしただろ。あの日は泊まっていったじゃないか」

「それはイブのことです。わたしが言っているのはその次の日のこと」

 次の日と言われて、マサキは頭の中が真っ白になる。

 なぜかその日の記憶だけすっぽりと空白になっている。記憶の関連づけに従って、前の日の記憶から続けて思い出せばいいだけなのに、酒を飲んでそのまま眠ってしまった後はもう思い出せない。

 その次の記憶は月曜日だ。会社に出勤しようとして身体の変調に気付き、上司に休む旨を伝えた電話の時の事。

「……」

「ノゾミちゃんは、わたしにとっても先輩にとっても大事な人だってのは理解しています。だから、その分ショックが大きかったってのはわたしも一緒です。でも……でもですね。もう一年になるんですよ。いいかげんに、ノゾミちゃんの幻想を追いかけるのはやめてください。そりゃ、最初はしょうがないなぁって我慢してたんですよ。だけど……もうそんな先輩を見てられないんです。お願いですから、わたしだけを見てください。あの子の事は忘れてください」

 一年? そりゃそうだ。去年のクリスマスにいなくなったとしたら、あと一日でちょうど一年になる。でも、だとしたら毎週のようにノゾミと喋っていた自分の記憶はどうなる? それさえも偽りだというのか。それがメグミの指摘するところの幻想ということなのか。マサキはそう自問する。


 でも、彼にとっては今現在でもノゾミを認識することは可能だ。

「おいおい、メグミはだいじょうぶなのか? ノゾミもなんか言ってやれよ」

「うーん、今のメグミちゃんには何を言っても無駄かもしれませんね」

 彼にとってノゾミは認識できる存在。

 でも、メグミにとってノゾミは、すでに存在していないようだ。


 違和感はあった。

 去年のクリスマスの記憶がすっぽり抜けているのは気持ちが悪いし、メグミの様子が尋常でないのが気にはなる。

 よく考えてみれば去年のクリスマス以降、メグミからノゾミに話しかけることはなかった。


 でも……。

 この場合、おかしくなってしまったのは誰なのか?


 はたして、メグミは本当に酔って訳の分からないことを言っているだけなのだろうか。それともマサキが認識している彼女はただの妄想なのだろうか。


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