☆11月18日(土)
★【magenta-layer】
お酒を飲むのが好きなのではありません。
お酒を飲む時間が大好きなのです。
あの何とも言えないだらだらとぐたぐたとした空気。時間を無駄にしているのではないかと思われるくらいの、何一つ記憶に残らない時もある不思議な空間。
そんな時間に委ねている自分がとても愉快に思えてきます。
だから酔ってもいいじゃないですか。
その時間を無駄と思うのは、その時間に幸福を見つけられないかわいそうな人だけ。
だから自分は幸せなんだなとしみじみ感じます。
○○○
☆11月18日(土)
「先輩、さきイカはおやつに入りますか?」
酔いの回ったメグミが突然そんな事を言い出す。
「おまえ今日はだいぶ酔ってるだろ? まあ、あんだけチャンポンで飲めば無理もないが」
ワインをビールで割って飲むなんて酔狂な奴はおまえらだけだろう、とマサキは密かに思う。
「あたしはチーズ鱈の方が好きだけどな」
メグミとは正反対にノゾミはぼそりとそう呟いた。こちらの口調はしっかりしていて酔いはそれほど回っていない。同じだけ飲んでいるというのにこうも違うものかと、いつものことながらマサキは感心する。
「先輩、さきイカはおやつに入りますか?」
再び同じ言葉を繰り返すメグミ。リピート解除ボタンはいったいどこにあるのだろう。かといって本当に人形やロボットだったら、それはそれで嫌な感じだ。
「だから、どうせならチーズ鱈もいれなよ」
ノゾミは相変わらずクールな口調で茶々を入れてくる。
「基本的におやつに何を喰おうが関係ないだろうが、チーズ鱈だろうが」
しょうがないので、まともに答えてやる。酔っぱらい相手にそれがどんなに無意味かマサキはわかってはいた。今日はまだ酔いも回っていないから彼には少しだけ余裕があった。
「えー? なんでチーズ鱈なんですか? わたしが問題にしてるのはさきイカなんですから。先輩、ちゃんとわたしの話を聞いてくださいよ。だから、さきイカはおやつに入るかどうかなんですよ」
「メグミちゃん、だいぶ酔ってますね。今日は早いところ退散した方がいいかな」
溜息を一つ吐いてノゾミはそう呟いた。
「そういうおまえは大丈夫なのか?」
「だいじょーぶに決まってるじゃないですか」と、なぜかメグミが返事をする。
「いや、おまえに聞いてないから」
彼は脊髄反射でついツッコミを入れてしまう。
「あたしは大丈夫。メグミ一人なら余裕で連れて帰れますよ」
こういう時、まともな会話ができる人間がいるのはほっとする。それはたぶん自分の思考能力がまともだからだろう。酔ってしまえば相手の事などさほど気にならない。
「タクシー呼ぼうか?」
「なんでタクシーなんか呼ぶんですか? わたしはまだ飲み足りないんですから。ていうか、わたしの持ってきたワイン、まだ一瓶あるじゃないですか。それに先輩のもあと二缶はありますよ。さあさあ、」
メグミはまだ帰る気はないようだ。
「しょうがないなぁ」
と呟いたのはノゾミ。
マサキも無理矢理帰すのはどうかと悩んでいる。
「あー、先輩、このDVD買ったんだ。わたしこのライブ観に行きたかったんですよね」
いつの間にやら彼女はマサキの部屋を物色し始めた。手に持っているのは、数年前からじわじわと人気の出てきた二人組のユニットのライブ映像だった。
「それ、こないだ発売したばっかだぞ」
「あーん、観ましょうよ……ってあれ? 先輩の家ってプレーヤーとかレコーダーはないんですか?」
半ばバカにしたかのようなメグミの口調。
「うん、わざわざテレビ番組を録画することもないし」
「じゃあ、このDVDはどうやって観るんですか?」
マサキは窓際にあるPCを指さす。
「えー? この17インチの小さい画面でライブ映像を観ろと?」
そういいながらも電源を入れるメグミ。
「悪かったな」
「しかも先輩、自作PCユーザーだってのにこのオンボロスペックはなんですか。今時PentiumDですか、どこの骨董品ですかこれは。Core2全盛の時代ですよ。しかもこのドライブの表記は冗談ですか? ただのスーパーマルチってどういうことですか? 二層書き込みできないなんて詐欺みたいなもんでしょ」
「いやぁ、DL対応ディスクなんて滅多に使わないし……」
たしかに昔は一つ一つのパーツを吟味して組み上げていた。だが、社会人となって忙しくなった今は「最低限動けばいい」程度の事しか考えていない。
「これじゃバックアップがとれませんよ」
「それ違法だから!!!」
「個人の範疇ならいいんじゃないんですか?」
「おまえ、自分用にコピーしたいだけだろ」
「先輩! 来週はアキバに行きますよ」
「近くのヤ○ダじゃだめなのか?」
「あそこの店舗、PCの周辺機器に全然力入れてないじゃないんですか。こないだ行ったらPDが埃かぶって定価で売ってましたよ」
「おまえが買うんだよな? ドライブ」
「ええ、先輩が買わないってのなら、わたし専用を繋げてもらいます」
「おまえさ、気付いてる?」
すっかり酔いが冷めたのかと思いきや、メグミはまだまだまともな思考ではなかった
「なにがですか?」
「その値段で、DVDソフト買えるだろ」




