第三章②
「今宵は生徒会主催のパーティに招いて頂きまして、ありがとうございます」
膝の上に手を重ねて置き、声色に優雅を添えて御崎ミヤビは言った。場所は錦景女子高校北校舎六階の生徒会室。中央高校の生徒会室にはない厳かな優雅さがここにはある。あらゆる調度品が豪奢で、ミヤビが座るこの木製の椅子も背もたれが大きく後ろには天使が彫られている。純白のカーテン、その向こうの雲の切れ間の夕日に色づく室内はとても優雅で、世界の違いというものをミヤビは感じていた。
世界の違いは生徒会室だけじゃない。錦景女子高校のあらゆる部分から、その優雅さは感じることが出来る。正門から続く赤と紫の煉瓦道、北校舎と南校舎に挟まれた中庭、どこからか聞こえる賛美歌、のような麗らかな歌。そして何より、対面に座る彼女から感じてしまう。それはしょうがないことの一つである、と言えるかもしれない。
「いえいえ、こちらこそお越しくださいまして、ありがとうございます」
どことなく優雅な雰囲気を漂わせる綺麗な少女、錦景女子生徒会の生徒会長代理、雪車ヶ野ヨシノは頭を下げた。
彼女の金色の髪が揺れ、夕日に反射して煌めく。
彼女が金色の髪を持っているのは彼女が光の魔女だからというわけではなくて、彼女がフランス人と日本人のハーフだからだ。フランスと日本のハイブリットな顔立ちと蒼い目は、魔女を虜にするためにクリスマス・イブもしっかりと機能していた。
ミヤビが彼女に会ったのは秋のことだ。秋には錦景女子高校の文化祭、錦景祭があった。ミヤビたち中央生徒会は屈強な男子たちを率いて何度も錦景女子に足を運び、祭りの準備を手伝った。錦景女子の行事の準備を手伝うことは中央高校生徒会の特別な仕事の一つだった。か弱い女子ばかりの錦景女子たちに肉体労働をさせてはいけないと古い時代の中央高校生徒会長が言ったことが始まりらしい。もちろん、その労働に対して見返りはあって、お手伝いに参加した生徒には錦景祭の入場券が配布された。元々男子校だった中央高校に女子は少なかったから、素敵で優雅な錦景女子との出会いを求めてお手伝いに参加する男子は多い。男子との素敵な出会いを夢見ている錦景女子もいる。とにかくそういうわけで、ミヤビは秋にヨシノと出会った。ヨシノと出会ってから、彼女のことばかり考えている、というわけではないけれど、錦景女子に入れば自分も彼女のように優雅になれたんじゃないか、なんて少し過去を後悔するくらいヨシノのことを思っていた。ミヤビはヨシノに憧れている。だから会えば、とても素敵な気分になれるし、癒される。
「でも、少し残念ね」アンニュイな表情でヨシノはどことなく優雅に頬杖付く。
「残念?」
「ああ、誤解しないでね、」ヨシノは手の平を合わせてどことなく優雅に微笑む。「あなた一人だけでも来てくれて嬉しいのよ、でもね、錦景祭で中央高校生徒会の人たちと仲良くなれて私は嬉しかった、でも、それなのに今日は皆さん、ここにいないから、ちょっと残念なだけ、ちょっと残念なだけなの、ああ、もちろん御崎さんだけでも来てくれて、私はとっても嬉しいのよ」
「あの、皆、予定があって、その、」ミヤビは歯切れ悪く言いながら頭を下げた。「ごめんなさい」
「御崎さんが謝らなくてもいいことよ、」ヨシノはどことなく優雅に、優しく微笑む。「気にしないで、ただ私が勝手に期待して残念になっただけだもの」
「はい、すいません」
「だから謝らなくていいわよ、謝るのは今から禁止、今日は一緒に楽しみましょうよ、ね?」
「……はい」ミヤビは下を向いて頷いた。
心はちょっぴりの罪悪感。それはミヤビがヨシノに嘘を付いているからだった。中央生徒会はミヤビ以外全員男子で、皆それぞれに残念な男子だから、クリスマス・イブに恋人と過ごすとか、そういう素敵な予定があるはずはなかった。それなのに今日、ここにいないのは、ミヤビが招待状をメンバに渡さなかったからだ。錦景女子から中央高校に届いた招待状は先生からミヤビが受け取った。しっかり人数分の招待状があった。でも、せっかくのパーティ。残念な男子たちと錦景女子高校に一緒にいたくはないってミヤビは思った。だから黙っていて、丈旗ケンが企画した生徒会のメンバでのパーティをすっぽかしてこっちに来たのだった。でもヨシノのどことなく優雅に残念そうな顔を見ると、ちょっと心が痛む。
「どぞ、粗茶ですが」
ミヤビの目の前に置かれたカップの中身はお茶じゃなくてコーヒーだった。
コーヒーを淹れてくれたのは、恋の占い師の斗浪アイナ。トワイライト・ローラーズの魔女のアイナだ。今日はパーティだからか、なんていうか、彼女はマジカルな衣装を身に纏っていた。お伽話の中の魔女の衣装。三角帽子に、黒いローブ。濃いメイク。唇の色はエレクトリカル・バイオレッド。
コーヒーからは湯気が立っていた。
室内だけど少し肌寒い。
一口、口に含む。
暖かい。
「お茶じゃなくてコーヒーじゃないの、」ヨシノがどことなく優雅に突っ込み、カップにどことなく優雅に口を付ける。「うん、おいしい」
「おいしくなる魔法をかけたのだ」
つまらない冗談を言ってアイナはヨシノの隣に座った。アイナは生徒会のメンバじゃないけれど、ヨシノと仲がいいようで生徒会室によく出没するみたい。ヨシノはアイナがマシロの家でアルバイトをしているのは知っているみたいだけど、アイナが魔女であることはもちろん、アイナとミヤビが知り合いだってこともご存じないようだ。アイナとミヤビが錦景女子で遭遇したのは今日が初めてだけど、アイナはヨシノにミヤビとの人間関係のことを言おうとしなかった。だからミヤビも黙っていた。アイナと他人のフリをするのは、ちょっと楽しかった。
「あ、そういえば、」ミヤビは口を開いた。「今日は、黒須生徒会長はいらっしゃらないんですか?」
「ああ、御崎さんが来る前にトイレに行って、」ヨシノはどことなく優雅に眉を潜める。「でも、長いわね、長過ぎよね、今日は御崎さんだけしか来ないから、男の子はいないから、逃げないと思っていたんだけど、一体どうしたのかしら?」
「……そうですか」
「クロちゃんならさっき中庭にいたよ、」アイナが生徒会長黒須ウタコのことを、クロちゃんと呼ぶのを知って、ちょっとミヤビは心揺さぶられていた。「捕まえてこようか?」
「いや、別に、その、いいです、」ミヤビは首を横に振った。「まだ一度も挨拶していないので、この機会にと、思っただけなので」
「それだけ?」アイナはまっすぐにミヤビを見てくる。
ミヤビが隠している秘密のことを知っているみたいに言う。
その秘密は二人だけの秘密。
二人以外は知らない秘密。
「それだけって?」ミヤビはアイナをまっすぐ睨んだ。「それだけって、どういうことですか?」
「べっつにぃ、」アイナは目を逸らして魔法少女テスコというアニメのステッキのボタンを押す。シャンデリアが揺れるような音を出して、先端がチカチカと光る。小さな女の子にはとても楽しいギミックだと思うけれど、高校生のほとんどの女子はきっと、電子音とLEDの光になんにも思わないと思う。「ただちょっと、このステッキが反応しちゃったんだよね、あはっ」
「こら、アイナ、」ヨシノはどことなく優雅にアイナを睨む。「御崎さんとは初対面でしょうに、訳の分からないことを言って困らせないで、ごめんね、御崎さん、アイナってちょっとエキセントリック・ガールなの」
「はーい、」アイナは軽い返事をする。ヨシノと一緒だと、アイナは子供っぽくなるみたいだ。四人のときはもうちょっと、大人に近い。「初対面なんで、これくらいにしておきまーすっ」
「もぉ、ふざけるのは嫌いよ、」ヨシノはどことなく優雅に微笑んで、優しくアイナの頬を抓った。「ふざけるのは、パーティが始まってからでも遅くないでしょ?」
そのタイミングで生徒会室を誰かがノックした。ヨシノは立ち上がり扉を開けた。「演劇部のリハーサルが始まってるわ、そろそろ行かなくちゃ」
ミヤビの心臓はビクッとなった。
体が揺れた。
ウタコの声に揺れて、震えた。
姿は見えない。
声だけ聴いた。
懐かしい声。
とっても、懐かしい声を聞いてミヤビは。
センチメンタルの渦に呑まれた。
「うん、あ、ウタコ、今、中央生徒会の御崎さんが来てるから、挨拶してよ」
「ヨシノが挨拶してくれたでしょ? それでいいじゃないのよ」
「よくないよ」
「よくなくなんてないよ、いいから行こう、急がなきゃ、」
「駄目よ、ちゃんと挨拶しなくちゃ駄目だって」
ヨシノは優雅を消して、ウタコの手を取り、生徒会室に無理矢理入れようとした。
「嫌!」ウタコの高い声が生徒会室に響く。「嫌だってっ!」
「なんでそんなに嫌がるの? 今日は男子はいないわよ、御崎さんだけ、」
「嫌なら!」ミヤビはヨシノの声を遮るように大きな声を出した。「嫌ならいいです、雪車ヶ野さん、嫌ならいいですからっ!」
ミヤビの声のボリュームは大き過ぎたみたい。
ヨシノはミヤビに驚いた顔を二秒向けた。それから短く何かを考え、何かに頷き、どことなく優雅に微笑んで言った。「うん、分かった、今度はちゃんと挨拶させるから、ごめんね」
「別にいいです、」ミヤビは下を向いて首を横に振った。「別に挨拶なんていいですから」
「アイナ、」ヨシノはアイナに声を掛ける。「時間になったら御崎さんのこと、案内してあげてね、変なことをしたら許さないからね、釘を刺しだよ、いいね?」
「はーい、」アイナはステッキを光らせて敬礼する。「了解っすぅ」
「じゃあ、また、パーティにて」
ウタコとヨシノは生徒会室から離れて行った。
足音が完全に聞こえなくなってから、ミヤビは大きく息を吐き出した。
別になんとも思っていないって思ってたんだけど。
ウタコのことずっとなんとも思ってないって思ってたんだけど。
どうやらずっと彼女のことを。
思っていたみたい。
だから会うのが少し怖くなったのかな。
「それだけじゃないみたいだね、」アイナは大人な表情でじっとミヤビの顔を見ていた。「まあ、何も聞いたりはしないし、占ったりはしないけどさぁ」
「占いなんて出来ないだろ?」ヨシノが消え、生徒会室の優雅な濃度が薄まってミヤビの口調は元に戻った。「似非占い師め」
「ありゃりゃ、いつものミャアちゃんに戻っちゃった、」ヨシノは頬に手を当てて言う。「少し残念だわぁ、ちょっと可愛かったのにな」
「そんなことよりハルカは?」
「図書室、きんちゃんは?」
「土器を見てるよ、縄文土器、ほら、職員玄関の方に飾られているのがあるだろ? あれを見て、心臓が過度に揺れたって言った」
「おおぉ、さすが、」アイナはカップに口を近づけて言う。「芸術家だなぁ、私には分からんなぁ、縄文土器に心臓は過度に揺れんよなぁ」
藍染ニシキは美術部の部長をしていた。そして東京の美大に進学することが決まっていた。ニシキは世界が知らないだけの、素晴らしい芸術家だ。ミヤビも絵を描くから分かる。素晴らしい芸術家になることを錦景画壇も予告している。ミヤビはニシキのことを応援していた。でもあと三ヶ月でニシキと離れてしまうと思うとミヤビは寂しかった。ミヤビの寂しさに優しくしてくれていた人だから。
「寂しいね、あと三ヶ月で、キンちゃんは東京かぁ」
「別に寂しくなんてない、会いたくなったら東京にいけばいいし」
「あははっ、強がっちゃって、」アイナは高い声で笑う。「私は寂しいなぁ、今まで四人だったのが、三人になっちゃうから、」アイナは手を伸ばしミヤビの頭を撫でる。アイナは女の子の頭を撫でるのが好きだ。「どこかに落ちてないかなぁ、素敵な紫色」




