第9話 :最後の選択、愛が下す決断
第9話「最後の選択、愛が下す決断」をお届けします!
ついに自我を取り戻し、エンペラー将軍を道連れにするため自らの胸に短剣を向けたロイ。愛する人を救うため、そして世界を闇から守るために彼らが下した最後の決断とは――。
それでは、第9話のスタートです。
大聖堂跡地の冷たい石畳の上で、すべての音が消え去ったかのような静寂が訪れていた。
魔法陣の紫の炎が不気味に揺らめく中、ロイの右手はしっかりと短剣の柄を握りしめられていた。
「やめろ……! おのれ、止まれ、この肉体め……!」
将軍の狂気に満ちた悲鳴が、ロイの口から漏れ出る。
しかし、その声はもはや主導権を失い、消えかかった呪詛にすぎなかった。完全に自我を取り戻したロイの瞳は、どこまでも澄んだ、美しい深い森の碧色に輝いていた。
彼はゆっくりと顔を上げ、その視線をまっすぐにミリーへと向けた。
「……ミリー……」
「ロイ……やめて、お願い……!」
涙でぐしゃぐしゃになった顔で、ミリーは走り出そうとした。しかし、あまりの魔力の奔流に足がすくみ、その場に崩れ落ちるように膝をつくことしかできない。
「泣かないでくれ、ミリー」
ロイは優しく微笑んだ。それは、彼がかつて日常の中で見せてくれた、あの温かく愛おしい笑顔そのものだった。
「私はずっと、怖かった。あの暗闇の中で、君の記憶だけが私を繋ぎ止めてくれていた。……君がいてくれたから、私は最後まで私のままでいられたんだ」
「そんなの……そんなの嬉しくないわ……! あなたがいない世界なんて、私にとって意味がない……!」
「意味があるさ。私たちが守ったこの国には、君の未来がある」
ロイの瞳に、ほんの一瞬、強い決意の光が宿った。
彼は短剣を構えた右手に、最後の一番大きな力を込めた。
「……愛してるよ、ミリー。さようなら」
「ロイ――っ!」
絶叫がかき消されると同時に、ロイの身体がわずかに傾いた。
彼の右手は、迷いなく自らの胸元へと突き出された。
閃光のような一瞬。
鈍い肉を裂く音が、大聖堂跡地の静寂を切り裂いた。
「――がっ……あぁ……っ!」
ロイの口から、鮮やかな赤い血が一筋、零れ落ちた。
直後、彼の身体を支配していたエンペラー将軍の邪悪な気配が、まるで激しい炎に焼かれた霧のように、凄まじい断末魔の叫びとともに急速に霧散していく。
『おのれ……人間ごときが……! 我が野望を……!』
「……消えろ……二度と……誰の身体も奪うな……」
ロイの掠れた低い声が、最後の魔力を押し潰すように響き渡った。
その瞬間、将軍の黒い影は完全に引き裂かれ、この世から消滅した。寄生する宿主を失い、邪悪な魂は永遠の闇へと還っていったのだ。
魔法陣の紫の炎がパッと消え失め、大聖堂跡地を包んでいた禍々しい気配が嘘のように消え去る。
「――ロイ……っ!」
ミリーは這うようにして彼の元へ駆け寄り、倒れかけたその身体をしっかりと受け止めた。
冷たかったはずのロイの肌に、ほんのわずかな、けれど確かな温もりが戻っていた。
「……ミリー……」
ロイは薄れゆく意識の中、優しく微笑み、血に染まった手をそっと伸ばしてミリーの頬に触れた。
「……帰ってきたよ……君のところに……」
「うん……おかえりなさい、ロイ……おかえりなさい……!」
震える手で彼の手を包み込み、ミリーはとめどなく溢れる涙をその頬に落とした。
ロイの瞳から、最後の光がゆっくりと静かに閉じられていく。しかし、その顔に浮かんでいたのは、絶望の苦しみではなく、すべての役目を果たした安らかな穏やかさだった。
静寂に包まれた大聖堂の中で、英雄の身体は静かに動かなくなった。
だが、その表情はあまりにも穏やかで、まるで長い旅からようやく帰ってきた恋人が、心地よい眠りについたかのようだった。
第9話「最後の選択、愛が下す決断」、いかがでしたでしょうか!
ロイは自らの命を絶つことで、エンペラー将軍を完全に消滅させ、世界と最愛の恋人を守り抜きました。あまりにも切なく、けれど強い愛に満ちた結末です。
次回はいよいよ最終回、エピローグとなる第10話「還る場所」です。
ロイの死を乗り越え、ミリーが歩み出す未来と、風に乗って還ってきた「おかえり」の気配を描きます。最後までぜひ見届けてください!




