婚約披露宴での解消騒ぎ
名前に纏わる婚約破棄モノのお話です。
「……申し訳ない、ティアラ」
「え、レオ、どうしたの?」
「……婚約を解消してほしい」
その言葉は、婚約披露の日に聞く言葉としては、あまりにも不適切だった。
グリフィス伯爵家の庭園での、近しいものを招いたガーデンパーティー兼婚約披露宴。
突然の言葉に目を瞬く私ティアラ・オズモンドの目の前で、伯爵家三男で幼馴染であり私の婚約者……だったレオネル・グリフィスは真面目な顔で頭を下げていた。
短く切り揃えた銀髪がさらりと揺れる。
伏せる前に見えた夜色の瞳はやけに深刻そうで、普段より少し眉間に皺が寄っていた。
昔からそうだ。この男は何かやらかす時ほど、無駄に真面目な顔をする。
そしてその隣には、もう一人の幼馴染で親友のメリダがいた。
ヴァルディア公爵家令嬢、メリダ・ヴァルディア。
柔らかな亜麻色の髪が肩口へ流れ、私から視線を背け俯く横顔は青白い。
そしてその空色の瞳から、ぽたりと一つ雫が落ちた。
……え?
何で。何でメリダが泣いてるの?
この場合、本来涙を流すのは私の方なんじゃなかろうか。
というか、状況的にはメリダは略奪?した方なのに、どうして苦しそうな顔をしているんだろう。
「婚約を……解消してほしいんだ」
状況が上手く理解できず、思考をフル回転していれば、聞こえていないと思ったのかレオネルが重ねて言葉を放った。
「え? え、と、それは別にいいんだけど」
「……え?」
レオネルの眉間に皺が寄る。声を潜め、成り行きを見守っていた周囲もシンと静かになった。
あれ。何で? 私、何かおかしいこと言ったかな?
身内ばかりの気安さで場に合わせたご令嬢っぽさを落っことしてしまっているけど、今更そんな事で目くじら立てる人達じゃないし……
「ティアラ…… 怒らないのか」
「怒る? いや、私そもそも婚約とかまだよく解らなかったし、いくら幼馴染といってもやっぱり貴族同士の方がいいよね、なんて今納得してるくらいよ? まぁ、そういう事はもっと早めに言ってほしかったとは思うけど」
私は首を傾げた。確かに婚約は大事だ。特に貴族は家と家の繋がりだし、利益も立場も絡む。
でも私は裕福であっても平民だ。オズモンド商会の娘。
王都でも名の知れた大きな商会だけれど、公爵家や伯爵家とは流石に比べるまでもない。
だから一応婿入り前提の婚約と言えども、貴族と平民じゃやっぱり違うよね、と納得すらしているのに。
それに、レオネルと婚約と言われてもピンと来ないのだ。
レオネルの事は大好きだ。でもそれは幼馴染としてだし、その他の好きの種類を考えたことはない。
それに今は新しい交易路の利益率を考えてる方が楽しいし、帳簿を見てる方が落ち着く。恋愛にかまけている暇はないのだ。儲け話は待ってくれないし。
父様譲りの癖のある金髪を揺らし、そんなことを考えていた。その時だった。
メリダが顔を上げた。空色の瞳がぐしゃぐしゃになっていた。雨が降る前の空のように、今にも全部落ちてきそうな色だった。
その色を目にした瞬間、胸が何とも言えない変な感じになった。計算の合わない帳簿を見つけた時みたいだった。ずっと前から数字が狂っていたのに、私は見落としていた、そんな嫌な感じ。
そしてメリダは、胸元で指先をきゅっと握りしめ、唇を震わせた。
「……ごめん、なさい。でも、ティアラにレオまで取られたくなかったの」
何とかそう口に出すと、メリダはわっと顔を覆ってへたり込み、泣きじゃくってしまった。その肩を痛ましげにレオネルが抱き寄せる。
……何が、何が起こってるんだろう。レオまでってどういうこと?
何でメリダがそんな顔をするの。
何でレオネルまで苦しそうなの。
……何で、私だけ分からないの。
その瞬間、頭の中にずっと昔の景色が浮かんだ。
私達がまだ小さかった頃。
公爵邸の庭を、私とメリダとレオネルで走り回っていた頃。
そういえば、あの頃から時々変だった。
私は今になって、やっと思い出していた。




