第1話 泥靴村の平穏と軍からの不穏な呼び出し
物理で殴る幼児転生 続編です。
ハルバードから王都へと続く主要幹線道路『王都北直轄街道・北線』
そこから王都を目指して南下してくる旅人や商人たちは今、「新しい分岐点」に出くわすようになっていた。
道は左右に分かれている。
一方は、これまで通りボルドー子爵領を経由して湿地の縁を回る旧道。
そしてもう一方は、泥靴村を経由して湿地帯を突っ切る新ルートだ。
泥沼の新ルートが開通して、早くも二ヶ月が経過していた。
かつて「歩けばすぐ泥靴」と侮られていたフェルメール領は、この二ヶ月で完全に生まれ変わっていた。
平坦で水捌けが良く、何よりボルドー領のような理不尽な難癖をつけられないルート。物流は自然とこちらへ流れ込むようになっていた。人々はいつしか、この新道を旧道の『ボルドー街道』と対比するように、『フェルメール街道』と呼ぶようになっていた。
湿地の中には宿場町も生まれ、倉庫や商店街が立ち並び、高級温泉宿まで開業するほど賑わいを見せていた。
そして現在進行形で進められているのは、国家プロジェクト級の巨大インフラ工事だ。
フェルメール街道の湿地の中心から北へ一直線に抜け、ハルバードと王都の距離を劇的に短縮するバイパスルート――通称『ハルバード街道』である。
これは『フェルメール街道』と区別するために新たに名付けられた呼び名だった。
工事は湿地のど真ん中からロバート率いる泥靴村工兵隊が主力となり、北に向かって道を伸ばしていた。ハルバードから来た北部の人足衆も引き続き借り受け、現場は連日、男たちの熱気と怒号に包まれていた。
だが、フェルメール領の変貌は、道そのものだけではない。
粗朶道の入り口となる広場は、いつの間にか泥靴村の正式な玄関口として機能するようになっていた。
そこでは、単なる通行管理のためではなく、外敵の侵入を本気で防ぐための堅牢な『粗朶関門』が、今まさに建設中だった。
「おい! そっちの基礎の掘り下げが甘いぞ! 料金所を通る重馬車の重量を舐めるな、しっかり固めるんだ!」
「……………(コクコクコクッ)」
石工のダンの怒号に、巨体の青年が激しく首を縦に振る。
彼が無言で地面に押し当てたのは、生石灰を固めて作った四角い石の塊(重り)だ。
そこには、無属性の『跳躍』の魔法が刻印された二つの大きな魔石がセットされ、ミスリルチェーンで直列に繋がれていた。
さらに、片方の魔石の回路には、跳躍の刻印の前に『小さな円環』が彫り込まれている。魔力がその円環をぐるりと回る分だけ、発動にわずかな時間差が生まれるという、バッカス考案の遅延回路である。
ウドがミスリルチェーン越しに魔力を注ぎ込むと――。
「ドドドドドドドドッ!!」
二つの魔石が時間差で交互に跳躍魔法を爆発させ、『魔導タンピングランマー』が火を噴いた。
巨体のウド自身も激しく縦揺れ(バイブレーション)しながら、凄まじい速度と衝撃で、狭い基礎の溝をドスンドスンと突き固めていく。
「門のモルタル、流し込んだぜ! 濡れ布被せろ! よし、やれ嬢ちゃん!」
「いくッスよ!! ――ドライッ!!」
声と共に、赤毛の少女が天に掲げた国宝級の杖から凄まじい熱風が吹き荒れ、被せられた濡れ布ごとモルタルを一気に蒸し上げていく。
「布が乾くぞ、水を足せ!」
「へいっ! ジュワァァァッ!!」
カイト考案の『蒸気養生』である。メリダの規格外の熱量に負けじと、職人たちが手慣れたバケツリレーで布に水をぶちまけ、ひび割れ一つない強固な基礎がまたたく間に仕上がっていく。
土木現場の最前線で泥と汗にまみれるこの二人の若者。
ウドとメリダは、三月に王都の魔法学校を無事卒業し、晴れて『フェルメール家お抱え魔導師』となった元・落ちこぼれコンビである。
やっていることは完全にドカタ(魔導重機と蒸気養生担当)だが、彼らが卒業式の日に王都へ姿を現した時の変わり様は、周りの卒業生や教官たちの目を飛び出させるほどだった。
二人ともにフェルメールの紋章が入った真新しいローブを身に纏い、いつも前髪で目を隠していたウドは髪をビシッと七三に分け、メリダに至っては全長二メルもある国宝級の黒檀の杖をこれ見よがしに担いでいたのだから。
そして極め付けは、バッカスである。
「おう、二人とも、卒業式は済んだか? 一応、フェルメールの代表って事でわざわざ馬車に揺られて来てやったのによ」
男はそうボヤきながら、教官の前に立ち塞がった。
その無精髭にインテリ眼鏡の男の顔を見た瞬間、教官の動きがピタリと止まり、顔面からサーッと血の気が引いていく。
「ば……」
「あ?」
「バ、バッカス先生ェェェェェェェッ!?」
教官の絶叫が講堂に響き渡った。
エリート学生たちも、一斉に目を見開いて息を呑む。
「ば、バッカスって……魔導史の教科書の三十ページに載ってる、あの生きた伝説!?」
「なんで、あんな落ちこぼれの保護者として、伝説の魔導刻印師がここにいるんだよぉぉぉっ!?」
――そんな伝説を王都に残した二人は今、泥靴村の広場で新しい作業服を泥だらけにしながら、今日も元気に現場で働いている。
そして変化はカイト自身にもある。この四月でカイトは六歳になった。幼児卒業である。
カイトは、次々と運ばれてくる建材と現場の熱気を見渡した。
(工兵隊の働きも上々じゃ。ドカタ魔法使いのコンビも完全に現場に馴染んどる。……よしよし、これでワシが手取り足取り教えんでも、現場は勝手に回っていくわい)
ようやく訪れた「現場監督」の平穏と安定だった。領地の経営は順調そのものだった。
――だが。
そんな昭和の土木屋の束の間の平穏を打ち破るように、土煙を上げて一頭の早馬が屋敷に飛び込んできた。
「だ、旦那様ァーッ!! 『軍務局』から、至急の召喚状が届きました!」
もたらされたのは、泣く子も黙る王軍のトップ『軍務局』からの召喚状だった。
しかもその召喚状には、男爵であるアルベルトだけでなく、『カイト・フェルメールを同伴せよ』と名指しで記されていた。
「ぐっ……ま、また粗朶道で何か軍の規律に触れるような問題が起きたのか……っ!」
アルベルトは書状を読んだ瞬間、胃を激しく痛めてその場にうずくまった。
「え、エレナ、留守を頼む。軍務局から私とカイトに呼び出しが掛かっている」
「えっ、カイトにもですか?」
「ああ!これを見てくれ」
そういってアルベルトは手紙をエレナに渡した。
有無を言わさぬ軍からの呼び出しに、フェルメール家はすぐさま王都への出張を余儀なくされた。
タイトルを『Ⅱ』と改め、舞台も泥靴村から国家規模のプロジェクトへと一気に拡大しました。六歳になったカイトの『物理』は、もはや王国を揺るがす勢いです。第一部から追ってくださっている方も、今回から読み始めた方も、この規格外のインフラ工事を最後まで見届けてやってください!




