第18話 インテリ魔導師の逃走と、カイトの勧誘
「坊主、それどうやって起動させるつもりだ?」
バッカスの鋭い指摘に、カイトはきょとんと首を傾げた。
「岩の奥深くに埋めて、泥でガチガチに密閉しちまったら、術者が直接魔石に触れられねえ。つまり、起動の命令(魔力)を流し込めなくなる。だから軍の魔法は、遠くからでも放てるように組まれてるんだよ」
「うん。だから、ながーい線を つなげて、とおくから ビリビリって ながすんじゃだめなの?」
(前世の発破じゃ、電気雷管に長い導線を繋いで、安全な場所から発破器のスイッチを回すのが基本じゃからな……)
カイトが事も無げに言うと、バッカスは呆れたように大きなため息をついた。
「馬鹿言え。魔力を遠くまでロスなく伝える『伝導線』なんて、高純度の銀やミスリルを使わなきゃならねえ。確実に魔力を届けるんならミスリル一択だ。岩と一緒に木っ端微塵にする使い捨ての道具に、そんな高級品を使えるわけがねえだろ!」
「ええっ!?」
(なんじゃと……!? 導火線がわりになる線がミスリルじゃ、発破するたびに大赤字になってしまうわい!)
「前に坊主が丸太に強引に魔力を流した時があんだろ、あれは、丸太があれだけの太さだったからクズ魔石が動いたんだよ。それと先に言っとくがエクスプロージョン並みの爆発を起こそうってんなら、一メルや二メルじゃ術者まで吹っ飛ぶぞ!まさか術者まで使い捨てにすんのか」
カイトはブルブルと横に首を振った。
(くっ……完全に盲点じゃった。起爆装置のコストが高すぎたら、土木技術として普及させられん!)
カイトは小さな腕を組み、うんうんと唸りながら必死に思考を巡らせた。 遠くから魔力を流せないなら、どうする?
手元で魔力を流してから、穴に放り込む? いや、それだと手の中で爆発して自分が木っ端微塵だ。
安全な場所に退避するまでの『時間』を稼ぐには――。
「……あっ!」
カイトは閃いたように顔を上げ、バッカスを指差した。
「バッカスおじちゃん! にげる『じかん』って 『ジワジワ』のじゅもん……『連環』ってのをつけたら?!」
カイトが意気揚々と提案したが、バッカスは呆れたように即座に切り捨てた。
「連環か? それだって溜めておける時間は数秒だぞ、埋める前に爆発するわ!」
「……ガーン!!」
カイトは、まるで雷に打たれたようなポーズでその場に固まった。
(……数秒じゃと!? たった数秒で、ワシにこの短い足で逃げろと言うのか! 無理じゃ、そんなんじゃ穴を塞いでおる間にワシもろとも木っ端微塵じゃわい!!しかし、前世でも電気関係はいつも下請けに丸投げしてたしのう……)
白目を剥いて固まるカイト。
「じゃあ、やっぱり、ミスリル使うしか無いんだね…」
「まあ待て、そういうチマチマした導線の計算と配置は……俺より、ハルバードにいるウチの弟子の方が断然詳しいんだ、アイツなら良い案が出せるかも知れねぇ」
「でしさん? あ、ゼノスおじちゃんだね!」
カイトが思い出したように手を叩く。
かつて泥靴村で、生石灰のミキサー開発で死に物狂いでこき使った、あの優秀なインテリ魔導師だ。
それを聞いていたコンラッドが、ポンと手を打った。
「そういうことなら、軍からハルバードへ使いを出そう。軍務局の正式な要請として召喚すれば、ゼノス殿もすぐに王都へ来てくれるはずだ」
「ほんと!? じゃあ、コンラッドお兄ちゃん、おねがい! おてがみに『カイトが よんでるよ!』って、かいておいてね!」
「あはは、分かったよ。カイト君の頼みだと伝えれば、ゼノス殿も喜んで飛んで来てくれるだろうね」
コンラッドは人の良さそうな笑顔で請け負い、早速、工兵部の部下をハルバードへと走らせた。
***
――その翌日の夕方。
ハルバード城下町、バッカス魔導工房。
「はぁ、最近、師匠への弟子入り志願者が異常に増えているな。一体何が起きてるんだ?」
ゼノスは弟子入り志願者をやっとの事で追い返し、ホッと息をついた。
ゼノスは知らない。バッカスが落ちこぼれ魔法使いウドとメリダの卒業式の引率をしたことを。それが噂になり、弟子入り出来るんじゃ無いかと思った魔法使いがこぞってバッカス魔導工房にやって来ていることを。
ドンドンドンッ!
「誰かおりますか?」
ゼノスは、また弟子入り志願者かと思い、息を潜めて居留守を使うことにした。
あの過酷なミキサー開発や、師匠の大切な杖を身代わりにして出荷したあの日から、彼はフェルメール領の方向には絶対に足を向けない生活を徹底していたし、これ以上面倒なことに巻き込まれるのは御免だった。
気配を消し、足音を立てないように抜き足差し足で玄関から離れようと後ずさりした、その時。
ドンッ。
「……あっ」
ゼノスの背中が、壁際の作業棚にぶつかった。
その瞬間、絶妙なバランスで置かれていた師匠の『特大の工具箱』がズルリと滑り落ちる。
ガシャァァァァンッ!!
ガランガラン、ゴロォン ゴロォン ゴロォォン!!
金属タガネや彫刻鎚が床にぶちまけられ、静まり返っていた工房の中に、鉄の塊を叩きつけたような金属音が鳴り響いた。
「ひぃっ!?」
ゼノスは真っ青になり、慌てて両手で口を塞いだが、時すでに遅し。
外からは軍人たちの緊迫した声がハッキリと聞こえてきた。
「おい、今、中で凄い音がしたぞ!」
「返事がないのに……まさか強盗か!? それとも中で下敷きにでもなったか!?」
「一大事だ、急いで救助するぞ! 」
「おい、ドアを外せ!」
ゼノスはギョッとして目を見開いた。
(おい、なんなんだよ、ドアを外せって! まさか強盗!?)
ゼノスが止める間もなく、ガチャンッ! バキィッ! という音と共に、頑丈な工房のドアがあっさりと蝶番ごと外され、床に倒れ込んだ。
陣地の構築から障害物の破壊までを専門とする工兵隊にとって、民家のドアを外す事など極めて容易な作業なのだ。
外れたドアを踏み越えて入ってきたのは、屈強な体格に軍服を纏った、王都の正規軍人たちだった。
「無事か!? ……む、ご無事のようだな!」
「ひっ!? な、なんなんですかあなた達は!?」
「我々は王都軍務局・工兵部より来た者だ」
「お、王都の軍務局……!? 嘘だ、軍の人間が民間の家を壊してまで入ってくるなんてあり得ない!」
「いや、すまん、中から凄い音がするのに返事が無かったので、何か事件でも起きたのかと思ってドアを外させてもらっただけなんだ。それより、王都にいるバッカス殿とカイト殿から推薦があって、ゼノスという人を連れてくるようにと言われているんだが、あなたがゼノス殿で間違いないか?」
「…………は?」
ゼノスの顔面から、スッと血の気が引いた。
『――カイト殿から』
『――カイト殿から』
『――カイト殿から』
(王都の軍務局だと!? 嘘だ! あの悪魔の幼児が、また私を土木作業のパシリにするために、こんな大掛かりな罠を仕掛けてきたんだ! そもそもあんな子供が軍を動かせるわけがない! こいつら、絶対に本物の軍人じゃないぞ!!)
「ゼノス殿? いかがされた、顔色が悪いが……」
軍人が心配そうに手を伸ばした瞬間。
「もう騙されるもんかぁぁぁーーッ!!」
「なっ!?」
「きっとお前らも正規軍なんかじゃないんだ! あの黄色いヘルメットの悪魔に雇われた偽物だろう!! 私はもう、二度とあいつのパシリにはならないぞぉぉぉッ!!」
ゼノスは叫ぶなり、近くにあったティーカップを軍人に投げつけ、外れたドアの枠を飛び越えて裏路地へと猛ダッシュで逃走を図った。
「お、おい! 待てゼノス殿! 何を血迷っているんだ!!」
突然の逃走劇に軍人も慌てて後を追う。
だが、デスクワークばかりのインテリ魔導師が、本職の軍人の脚力から逃げ切れるはずもなかった。
「離せぇぇ! 泥沼には行かない! 私にまた無茶苦茶な土方仕事をさせる気だろぉぉッ!!」
「暴れるな! ええい、仕方ない、このまま連行する!!」
路地裏で呆気なく取り押さえられたゼノスは、軍人によって縄でぐるぐる巻きにされ、そのまま王都行きの馬車へと乱暴に放り込まれた。
「助けてくれぇぇ! 私はパシリじゃないんだぁぁぁ!!」
***
――そして、翌日。
「……ううっ、終わった。私のエリート人生は、またあの泥沼で使い潰されるんだ……」
縄で縛られたまま、馬車の床で絶望の涙を流していたゼノス。
やがて馬車がガタゴトと停まり、外から「到着したぞ、降りてくれ」と軍人の声が響いた。
(どうせまた、泥靴村の工事現場なんだろ……!)
ゼノスは覚悟を決め、ギュッと目を閉じたまま馬車から引きずり出された。
だが、足元に感じたのは、ズブズブの泥ではなく、綺麗に舗装された硬い石畳の感触だった。
「……え?」
恐る恐る目を開けたゼノスの視界に飛び込んできたのは、見上げるほど高くそびえ立つ白亜の城壁。そして、重武装の近衛兵たちが厳重に警備を行っている、威風堂々たる『王城』の正門だった。
「さあ、工兵部の執務室はこっちだ。バッカス殿とカイト殿たちも待っているぞ」
「お、王城……? え、あれ? ってことは……」
ゼノスは口をパクパクさせながら、自分を捕縛した軍人と、周囲の立派な城の風景を交互に見比べた。
(……えっ? ってことは、この人たち、本当に王都の正規軍だったの……!?)
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