希望をつかむ手
工房前の道に馬車が並んでいる。
白のコンドウ商会を先頭に、黒の馬車工房、黄色のクレス工房、ブルーのポンプ工房。
色違いの揃いの制服に身を包み、出発前の点検をしている。
アルネア王国の端っこ、グレイス領。森に囲まれた美しい土地だが、これといった産業もなく領民は貧しい。
領主セルディオ=グレイスは、若干18歳。親の急逝の為、15歳で領主となったセルディオは、領民のため税もギリギリまで安くし、自ら畑も耕し、領民からも慕われていた。
町にポンプ隊が来た時には、歓喜した。水が噴き出た時には子供達が駆け回り、我先にと水汲みをしたがった。
そして、それに添えられたカートが、コンドウと言う男の寄付であることを知り、一度会ってみたいと思っていた。
いつものように畑仕事で汗を流していると、一通の封書が届いた。
コンドウ商会から、出店の打診。
これは....すぐに行かねば。会って、この目で確かめて.......
「ようこそいらっしゃいました。タケシ=コンドウです」
「セルディオ=グレイスです。この度は、我が領に出店されるということで......」
「いえ、こちらからお伺いせねばならないところを、ありがとうございます。お疲れでしょう。まずはこちらで」
タケシが母屋に促した。
「ペータ、馬をひいて、飼い葉と水。手入れもしてな」
薄っすらと汗の光る馬。
従者を1人連れただけで来た、若い領主。
泥のついたブーツ、使い込まれた馬。
ーーこの領主は、希望を捕まえに来た。
玄関で、靴を脱いであがる。
変わった家だ.....
広間には低いテーブル。
「どうぞ」タケシが座布団を出して勧める。
何だ。この弾力は.......
「グレイス様の領については、ポンプ隊からの報告を受けております。是非そちらで出店したいと思っております」
「ありがとうございます」
「後ほど工房を見て頂きますが、まずは腹ごしらえしましょう。カツミー」
「はーい」
「妻のカツミです。クレスカレー工房の代表をしています」
「カツミです。よろしくお願いします。これ、カレーです。食べてみてください」
目の前に置かれた皿から立ち昇る香りに、心を奪われかけたところに、ドカドカと人が現れた。
「タケシー。食堂からオークカツ貰ってきたー。カツカレーにしようよー」
え?この人は......ルーク王子?
そう言うと、ここの領主はルーク王子だったが......何故ここに?
「カツミさん、僕にもカレー。みんなで食べよう」
と言うと、セルディオと従者の皿にポンとカツを乗せた。
呆気に取られているセルディオ。
「城で一度会ったことがあるね、セルディオ。ルークだ。久しぶり」
「お久しぶりです。ルーク様」
「何言ってるの、僕、今は君と同じ一領主だよ。様抜きでよろしくー。さぁカレー食べよう。旨いよー」
そのカレーという食べ物は、衝撃的な味だった。干し肉と水で凌いだ腹に、軽い刺激を伴って染み渡っていく。気が付くと、無心に食べていた。
タケシとカツミが微笑ましく見ている。
「おかわり、いかがですか?」
カツミが声をかけると、セルディオは少し恥ずかしそうに皿を差し出した。「あ。お願いします」
工房見学は、更に衝撃の連続だった。
揃いの制服は工房ごとに色分けされている。見慣れない乗り物がシュルシュルとすり抜けていく。
「ここがクレスカレー工房です」カツミが案内役だ。
龍の置物。前で小さな亀がモゾモゾしていた。
「もーカメキチまた来てるー。誰かあっちにやっといてー」
中に入ると、整然と仕事しているスタッフ。
「ここで、ノマドやラーメンを作っています」
よく見ると、いくつもの流れに分かれて作業している。
奥に進むとたくさんの箱が並べられていた。
「これがピュアフロウ養殖場。乾燥場が2階にあります」
カツミが中のものを手に取った。
「え??スライムですか?」
「はい、食用スライムです。そのままでも食べられますし、乾燥粉末にして麺に練り込んでいます」
「スライム......食べられるのか.....」
「ええ、綺麗な井戸水で育てています。グレイス様の領でも飼育出来ますよ」
「えー。そうなんですか。それは是非やりたいです」
これで少しでも食料事情が良くなれば.......
「はい。手配いたしますね」
「ここがポンプ工房です」
自分とさして年の変わらない男に案内された。
ここも、整然と分業されている。
「これがポンプの内側にあるシリンダーとピストンのラインです」
ほー。これがあのポンプの中に.....
「これは数年おきの交換が必要です」
「ということは、先につけていただいたポンプも....」
「はい。交換が必要になります。保守点検と交換が出来る職人を、育成して頂きたいのです」
そうか、うちの領民を育てるのか。ありがたい......
「こちらが馬車工房.....」
「どうぞ」
馬車工房内は、ほとんどが簡素な荷馬車や台車のようなものであふれていた。
「ちょっと見ますか」
タケシがしゃがんで馬車の下を指す。
一緒に覗き込む。
表から見てはわからないが、裏を見ると全く違っていた。
金物が使われて補強してある。特に車体を支えるところ......
「壊れにくく、揺れない馬車です。この技術をお教えします」
「えっ!」
言葉が出ない。
ふと横を見ると、小さなカートが目に入った。
母屋に戻る道、タケシはゆっくりと語りかける。
「グレイス様、私達は商人です。最初は投資しますが、きちんと育てて利益が出るようにしないといけない。お分かりになりますね」
「はい」
タケシが頷いた。
「では、共に頑張りましょう」
母屋に帰ると、ルークが待っていた。
「セルディー、じゃあ僕の家に行こう。タケシ、今夜はうちに泊めるから、いいよねー」
そしてセルディオは、自分の城より小さなルークの家に、また驚愕するのだった。
「いい子だねー」
「あぁ、でも今日は詰め込みすぎて、目が回ったやろな」
「ルークがゆっくりほどいてくれるわ」
「明日街ブラするってさ」
「じゃあその間に.....」
「そやな。準備しといたろ。せっかく来てくれたんやし」
翌朝、ルークに連れられタケシの家にやってきたセルディオは、ずいぶんルークと親しげになってはいたが、バタバタとした台所とタケシの差し出すおにぎりに、また目を剥いた。
「お前、朝めしくらい自分とこで食えっていつも言っとるやろが」
「だってタケシのおにぎり美味しいんだもん」
「ほんまにー。あ、遠慮せんと食べてくださいね」
なんと。神が作る米というものらしい。ここでしか味わえない珍味......うまっ。
ナターシャがセリーヌを連れてやってきた。
「おはよー。まぁセリーヌ、じいじにいくの?」
赤ん坊をポンとタケシに渡すと、おにぎりを食べだした。
部屋の隅では、白ぎつねとカラスがおにぎりを食べている。
そしてその後ろをスタッフがバタバタと動いている。
なんてとこだ.......
ルーク達が、みんなで街に出ていった。
タケシは商会に出向いて、職員と話し込んでいた。
「ん。じゃあ頼むな」
「わかりました」
その日、もう1泊ルークの家に泊まって、翌朝。
馬を出し、帰郷の支度をしていると、タケシが現れた。
「セルディオ様、馬車をご用意しました。馬をこちらに」
2頭立ての馬車。白い幌にコンドウ商会のマークが入っている。
「商会の者を一名派遣します」
白い作業服の男を紹介された。
「出店に向けての調査です。終わり次第、どのような形の出店にするか、こちらで調整してご連絡します。よろしいですか」
「はい。ありがとうございます。私も、帰ったら直ぐに動きます」
タケシがフッと笑った。
「ノマドを1箱積んでおきました。帰り道で召し上がって下さい」
「何から何まで......ほんっとうに感謝します」セルディオは深く礼をする。
「タケシ....さん。私のことは、セルディーと......呼んでください」
タケシの目が優しく光る。
「じゃぁ、セルディー。がんばれよ」と右手を出すタケシ。
「はい」セルディオはその手を両手でしっかりと握った。




