エピローグ
「ふあーあ、おはようさん……」
寝巻のまま、だらしない姿で現れたのは、深海靭。
オールバックの青髪、青い瞳。右目を囲むように額から頬にかけて散乱した、大小様々な青と黒の五角形の結晶が埋め込まれたままの冴えない顔。
頭をガシガシと掻くその腕の外側には、龍の鱗のような青い結晶が綺麗に並んでいる。
「靭隊長、おはよう!!
「ああ、おはよう、琥珀」
テーブルからガバリと立ち上がって敬礼したのは、もこもこの服を着た三峰琥珀。
「三日間、お勤めご苦労様です!」
「ああ、本当に疲れたよ」
頭上にはクリーム色のたれ耳、緋色のウルフヘアーに紅蓮の瞳。両頬には小さな赤い結晶を散りばめており、にっこりと歯を見せて笑う口元には、真っ赤な結晶の八重歯が生えている。
手首、足首にはふわふわの毛皮が生えており、大きなふわふわの尻尾をぶんぶんと揺らしていた。
「おはようございます、靭さん」
「ああ、おはようさん、守大。いつも悪いな」
料理を作り、盛り付けているのは、熊のエプロンを付けた黄土守大だ。
「全然。僕、料理を作るのが好きですから。そろそろできますから、三日間分の英気を養ってください」
「ありがとな」
黄色の短髪。額には、小、大、小と左右対称に並んだ、三つの琥珀色の結晶が埋め込まれている。猛獣のように縦長に裂けた黄金色の瞳孔も、そのままだ。
琥珀色の結晶が、腕全体にかけてアームカバーのように薄く伸ばされた形をしている。
「おは、靭」
「おはよう、雫」
テーブルで、ゴリゴリと鼻歌混じりでコーヒーミルを引いているのは、琥珀と同じくもこもこの服姿の木花雫。
「仕事、お疲れ。怪我無くてよかった」
「ああ、残党狩りだからな。怪我はしないさ」
水色髪のショートヘア。海のような瞳は、じっとコーヒーミルを眺めている。左頬に青白い結晶薔薇、右目の下に、涙粒の青い結晶が埋め込まれたままだ。
外すことのできない七色に輝く真珠のネックレスと、ブレスレットが、宝石のように輝いている。
「ああ、靭さん、おはようございます」
「おはよう、吟時。朝からトレーニングとは偉いな」
スポーツウェア姿で首にタオルを掛けているのは、黒曜吟時。
「まあ、動いていないと気持ち悪いので。今度は、自分も手伝いますよ、残党狩り」
「十善寺が許してくれたらな」
「あの人も、未成年なはずなんですけどね」
「違いない」
黒髪を一本にまとめ、右の額から斜めに小さな漆黒の角と、その付け根に十文字の黒い結晶を宿している。腕の血管をなぞる様に、赤黒い結晶がいくつも張り付いていた。
以前の中性的な顔も、男らしい精悍な顔つきへと変化している。
「あれ、響は?」
「庭でタバコ吸ってる」
「中でもいいって、言ったんだけどね!!」
姉妹のように仲睦まじい姿を見せる雫と琥珀が、靭の質問に答えた。
「ああ、そう。じゃあ、俺も吸ってくるかなぁ」
靭は何も持たずに、外へと出た。ちょうど青空から太陽が顔を出している時間だ。靭の目の間には、荒れた大地ではなく、草花が広がる緑と花の絨毯が広がっていた。
緑の絨毯を歩いたところで、六人掛けの屋外用テーブルが見えてくる。
そこで、陽の光を浴びながらタバコを吸う人物が一人。
「おはよう、響」
「あら、おはよう、靭。遅いお目覚めね」
アイラインを深く色付けしたような、紫色の結晶が、目元で妖しく光っている。
「三日三晩、俺だけ残党狩りだぜ……これじゃあ過労死まっしぐらだ」
「その程度で死なないでしょ、我らが隊長さん」
「……まあな」
紫色の髪を後頭部でお団子にしている頭には、小さな紫色の角が緩やかに生えていた。容姿は相変わらず、人が恐れをなしてしまうような美貌。尖った耳のせいか、見た目は完全に角の生えたエルフだ。
薄手のカーディガンから貫通しているのは、白と黒の小さな翼。左肩に烏、右肩に雲のような謎の生き物を乗せている。
「はい、これ」
そう言って、響は靭にタバコを渡す。
「おう、さんきゅー」
靭は指に火を灯して、タバコに火を点けた。
肺に煙を入れてから、青空に向けて煙を吐く。
黒い蠢く空と、青空のちょうど境目を見ながら、言葉を呟いた。
「……あれから数カ月経つってのに、空はこのままだな」
ゼオンを倒してしばらくしたら宇宙船が移動して、青空が見えた。
この地域の平和は、確かに取り戻すことができたのだ。
けれど、全ての空が青空を取り戻したわけではなかった。未だに気味悪く蠢く黒い空があるのも事実。それに、残党狩りだ。XENOSが完全に消えたわけではない。休みもあるが、戦場に顔を出す日の方が多いのだ。
「全部が全部、終わったわけじゃないから当然ね」
響の言葉に、靭は深くため息混じりに煙を吐いた。
「宇宙船から外に出てきたゼオン級の数体が、宇宙船のボス。やつらを倒せば、蠢く黒い空が消えて、平和の証である青い空が戻ってくる。分かってることと言えば、それだけかあー」
靭は、ゼオンを倒した後のことを思い出す。
ゼオン級のXENOSを倒したのは、靭たちだけではない。他の部隊が命を削りながら、どうにか全てを殺したのだ。ゼオン級には、共通点があった。やつらは、強化された人間を欲していたようで、軍門に下るように声を掛けてきたそう。
それを跳ね除けて、人類は辛勝ながらも、この地域を守り切った。
そう、この地域の空だけを。
「ゼオン級の化け物が、まだどこかにいるって話だろ。蠢く黒い空……あの中で、化け物どもが侵略の機会を窺ってるわけだ。全く、嫌になるよな」
この地域の戦いには勝った。
しかし、まだ全ての戦いが終わった訳ではないのも事実だ。
「戦いが終わってないこともそうだけどね。私としては、ああ、本当に人間じゃなくなったんだなっていう事実の方がきつかったかも。最初の方は鏡を見ると、そう思ってしまう日も多かったし」
「……そうか」
ゼオンに心臓を穿たれたあの日。
元の人間の心臓を穿たれたが、XENOの心臓は残っていた。
XENOと完全に混じり合うことで、靭たちは普通の人間というカテゴリーではなくなってしまったのだ。あの時は、皆がその道しかないと思って、己に眠るXENOたちと結託した。
とはいえ、本当にそれでよかったのかと、響は悩んだ時もあったのであろう。
靭たちの体の一部は、影纏と化している。それは自らの意思で変身しているのではなく、XENOと一体化してしまったからこその代償。
平和を取り戻してしまった分、彼らには考える時間が増えた。
考えることが増えると、人はどうしても余計なことを考えてしまう生き物だ。
「今は、どうなんだ?」
「言ったでしょ。最初の方はって。あの子たち見てたら、自分の変化なんて僅かなものに思えてきたしね」
「たしかに、琥珀なんて大喜びしてたな」
靭は、琥珀が『本物の獣人だああああ! 超可愛いんですけどおおお』と大はしゃぎしてた姿を思い出して、思い出し笑いする。
「でしょ。耳に尻尾まで生えてるのに、喜んでるんだもの。琥珀ちゃんのおかげで、立ち直りも早かった。あの子には、みんなも感謝してるのよ」
響のほかに、守大や雫は、多少気にしている素振りがあった。けれど、琥珀の天真爛漫さと、もっとも変化した人物が嬉しそうに笑うのだから、全員が自分の変わってしまった姿を受け入れるのも、割と早かったように思う。
響は背筋を伸ばして、自らの首元に手を当てる。
「まあ、元から美人だった私が、女神のような完全無欠の美しさを手に入れてしまったせいで、軍の中が大変になったことについては、申し訳なく思うわね」
「……全く思ってないだろ」
靭は苦笑いをしながら突っ込むと、響は美しい顔でほくそ笑む。
「本当に思ってるわよ。わざわざこんな山奥に平屋を用意させてしまったことも、ね」
「っ!?」
響が呟いた言葉を聞いて、靭は吸っていた煙で思わず咽てしまう。
それが落ち着くと、響の顔を凝視する。
そう、靭たちは、今、山奥の平屋で共同生活をしていた。軍の中で、響の容姿が目立ちすぎてしまい、男女の面倒な確執が生まれてしまったのだ。響自らが上と掛け合い、XNFAの能力を駆使して、山奥に大きな平屋を建てた。
響は、深海部隊を率いて、この平屋に住むことを勝ち取ったのだ。
「お前……まさか」
「あら、防衛のためも考えてのことよ。ここは、最前線の防波堤の役割もしているんだから」
響の言うとおり、この平屋は蠢く黒い空と青空のちょうど境目の手前に位置している。青空の範囲には、XENOSが自ら入ってくることはない。空を取り戻して分かったことだが、やつらは陽の光を嫌うからだ。
周りは守大が作った透明の盾で覆われているため、XENOSが入る心配もない。それに、XENOSが近づいてくれば、響の聴覚で察知できる。
空を取り戻した地域では、最前線といってもいい場所だ。暗い土地では、いまだにXENOSが後を絶たない。
「中央まで敵が入ってこないんだから、万々歳でしょ?」
中央は今、外での生活を取り戻すために、街づくりに勤しんでいる。地底人を卒業するために。そのためには、周りの雑魚どもを排除していた方が安心だ。太陽の光を嫌うとはいえ、中に入れないわけではないから。
響の理由もそれらしいため、靭は何か言おうとして口を開き、しかし言葉にはできず口を閉じるのを繰り返す。そして最後には肩を落とした。どうやら、追及を諦めたようだ。
「まあ、六人で気兼ねなく住めるのは感謝してるよ。やっぱり、軍の施設にいるのはあんまり居心地のいいもんじゃなかったしな」
靭たちは第三変異型の改造人間。
けれど、もはやそれだけには収まらない存在になってしまった。
XENOSと同じなのではないかという心配の声も、ゼロではなかったからだ。
だから、響が上と掛け合ってくれた時は本当に助かったのだ。
「でしょ。それに、露天風呂付きだからね」
響の声は、嬉しさで声のトーンが上がった。
靭は、つい口に出す。
「ああ、守大に作らせたやつな……まさか、それ目当てだったり」
なんとなく放った言葉に対して、なぜだか響の靭を見る目が変わった気がした。
ジッと響を見つめる靭に対して、響はふふんと鼻を鳴らして笑うだけ。
「さあ……どうでしょうね」
真実を知る者は、目の前でタバコを吸う魔性の女以外、知りえないのであった。
「ははは……今のは、聞かなかったことにするわ」
そういって、靭はタバコを灰皿に押し付けた。
響も、同じくタバコを灰皿に押し付ける。
「あれ、まだ吸いかけじゃないか」
「ふふ、いいのよ。だって」
響が言葉を口に出した直後。
「おおおおおいいいいいいい!!」
琥珀が大きな声を出して、手と尻尾をぶんぶんと振って現れた。その隣には雫、後ろには吟時と守大が付いてきている。
中でも目を引くのは、たくさんの料理が宙に浮いているように見えることだろう。料理は、守大の空気の盾に乗っけられており、靭のところまで料理の旨そうな匂いが届いてきた。
「どうしたんだ?」
「せっかくだから、外で食べようって琥珀ちゃんが」
靭の質問に答えたのは雫だ。
雫は、淹れたての珈琲を持って、嬉しそうな顔で言う。
「靭隊長も帰ってきたことだし、ピクニック的なさ!」
「いいわね、楽しそう」
「外で食べる料理も格別ですからね」
琥珀の提案に、響と守大が賛同する。
「守大さんの料理は、いつも格別に美味いですよ」
「その通りだよ、吟時くん! マモタの料理は人を幸せにするからね!!」
「ありがとう、吟時くん、琥珀ちゃん」
守大の料理を絶賛する吟時と琥珀に、守大は照れながらお礼を言う。
「じゃあ、酒でも持ってこようかな」
「あら、いいの?」
「何杯飲んでも酔わないし、戦闘には支障ないからいいだろ」
「それもそうね。私も飲もうかしら」
「持ってきた」
雫の操る水で冷やされた缶ビールが、宙に浮いている。
「おお、気が利くな。ありがとな、雫」
「ありがとう、雫ちゃん」
「いつものことだからね」
そう言って微笑む雫は、二人に冷えた缶ビールを渡す。
雫の言葉に、靭は思わず苦笑いを見せる。
「そう言われると痛いな」
「あらいいじゃない。三日間頑張ったんだし」
「うん、嫌味じゃない」
靭の言葉に響は気にするなと言い、雫も言葉を足す
二人からのフォローに、靭は頭を掻いてから微笑んだ。
「そうか、悪かったな」
「ううん、大丈夫。気にしてないから」
「そうか」
「早く食べよ! 料理は温かいうちが一番おいしいんだから!!」
琥珀はもう待ちきれないのか、テーブルの料理と、靭を交互に見つめている。
「そうだな。守大、料理作ってくれてありがとうな」
「はい、どういたしまして」
「じゃあ、皆さん!! 守大に感謝しながら手を合わせて」
パチン――全員が手を合わせる音が重なる。
「いっただきまあああす!!」
「「いただきます」」
そこからは、全員が笑顔で食事を取っていた。
太陽が顔を出す青空の下、心の底から食事を楽しむ光景は、まるで全ての戦いが終わったかのようだ。
だが、戦争は完全に終わったわけではないし、脅威が去ったわけでもない。
戦いには勝ったが、人間としての姿を犠牲にした。
けれど、心まで失ったわけじゃない。
なぜなら皆が囲むテーブルには、たしかな人の温もりがあるからだ。
人類の存亡を賭けた戦いは、きっとすぐに終わることないだろう。
全ての青空を取り戻し、すべての大地に光が注ぐ、その日まで。
――XNFAの最前線は、これからも続いていく。
俺たちの戦いは、まだまだ続くエンドです。
最後まで読了いただき、ありがとうございます。
一話の文字数、作品内容、ジャンル。
全てにおいて、万人受けしない作品だったと思いますが、書けて大満足です。
最後まで読了してくださった後書きを呼んでくれている皆さま、最後までお付き合いいただきありがとうございました。
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まあ、好きで書いてるんですけどね。欲しいものは欲しい!
読了いただき、ありがとうございました!




