第70話 王女様の厄介なお茶会
「フランツィスカ侯爵家のマーガレット・フランツィスカと申します。皆様、よろしくお願いいたします」
マーガレットが美しい礼をすると、同年代の着飾った少女たちが一斉に拍手をする。
ここはローゼンブルク城内、翡翠宮の中にある美しい庭園。
翡翠宮の名に恥じない、緑豊かで絵に描いたような美しい薔薇が咲き乱れる庭園となっている。
その庭園の中心の屋根のある東屋で、王女シャルロッテからの招待を受けた六人の令嬢たちは大きなテーブルを囲み、自分の自己紹介の順番を今か今かと待ちわびている。
マーガレットの自己紹介が終わると、次は大きな赤いリボンが特徴的な、茶色の髪をドリルのようにくるくると巻いた気の強そうな少女が立ち上がった。
「トンプソン伯爵家、ニコール・トンプソンと申します。本日はシャルロッテ様のお茶会に参加できて幸せでございます。今日参加すると叔母様に話したところ、皆様によろしくと仰っていました」
ニコールが『叔母様』と口にした途端、令嬢たちは「わあ」と声を上げて関心を示した。
その反応はきっと子供でも大人でも、貴族でも平民でも変わらないだろう。
なぜならニコールの叔母は、ローゼンブルク王国の国母であるエレオノーラ王妃様なのだ。
王妃様という後ろ盾を持ったニコールは、伯爵令嬢という立場でありながら令嬢たちの間では一目置かれる存在だ。
言い方を変えれば、叔母の権力を使って我が儘放題なのである。
ただし、今日のお茶会は王女のシャルロッテや侯爵家のマーガレットという格上がいるため、澄ました顔をして大人しく過ごしている。
普通なら主催のシャルロッテが茶会をまとめなければいけないが、社交の場が苦手なシャルロッテは先ほどからマーガレットをちらちら見て、「あなたが代わりにやって」と合図を送っている。
そもそも、なぜマーガレットがこのお茶会に参加することになったかというと、話は一週間前のイグナシオのお茶会に遡る。
それはマーガレットとシャルロッテが、二人で儀礼の練習していた時のこと。
シャルロッテは自分も来週お茶会をするが、『あること』について憂鬱だとマーガレットに打ち明けた。
「お茶会に参加した子たちが、ワタクシのことをたくさん褒めてくれるのは嬉しいの。でも、もっと褒めてってなるのです」
「……どういうこと?」
「なんて言えばいいのかしら。皆さんワタクシを褒めているのだけど……ワタクシを褒めていたはずなのに、いつの間にかあの子たちの自慢話合戦が始まって、いつも置いてけぼりにされるのです。だから、マーガレットに正しい話題に戻してもらえないかと思ったのだけれど、ダメかしら?」
とまぁ、令嬢自慢大会が始まったらシャルロッテ褒め褒めタイムに戻すのが、このお茶会での私の役目だ。
お茶会に参加する令嬢についてはシャルロッテから事前に招待客リストをもらっており、クレイグに手伝ってもらってしっかりと予習済み。
そのため、ニコールの次に自己紹介すべき令嬢もきっちりと把握している。
離れた場所で給仕の手伝いをしているクレイグもちらりとこちらを見たあと、ある令嬢に目線を送ってマーガレットに順番を伝えた。
ちなみにターニャは屋敷でお留守番だ。
優先順位的に、次は伯爵令嬢の彼女ね。
ふんわりとしたウェーブのかかった腰まである栗色の髪に、大きな眼鏡が特徴的な令嬢だ。
彼女もマーガレットと同じで、今回がシャルロッテのお茶会初参加。
彼女の名前は確か……。
「それではパードット伯爵令嬢様。自己紹介をお願いします」
「はっはい」
マーガレットの前振りに驚いて、椅子からガタッと立ち上がったパードット伯爵令嬢は勢い余って椅子で足を打ち、バランスを崩してテーブルに手をついた。
その事故に対して、どこからか失笑が聞こえる。
先ほどの王妃の姪のニコールが笑い出し、その他の令嬢も後に続く。
すっかり冷ややかな雰囲気となって面食らったパードット嬢は、顔を真っ赤にして黙り込んでしまった。
マーガレットは他の令嬢たちに気付かれないように浅いため息を吐いた。
シャルロッテ以外は『恋ラバ』に登場しない令嬢たちだから、ある程度は普通にお茶会を楽しめるかもと思っていたのだけど、私の考えが甘かったみたい。
渦巻く失笑をかき消すように、マーガレットは口を開いた。
「パードット伯爵令嬢……メリージェーン様とお呼びしてもよろしいですか?」
「は、はい。マーガレット様」
メリージェーンは笑顔ではあるが、先ほどとすると返事に覇気がなく、口元を手で覆ってしどろもどろしている。
令嬢たちからの洗礼を受けて、すっかり意気消沈してしまったようだ。
マーガレットはメリージェーンの身に着けている『あるもの』に目を留める。
「メリージェーン様の付けていらっしゃる眼鏡、とてもお洒落ですね。その色、もしかしてコーヨウ国の品ではありませんか? 私もその素材の扇子を持っていますの」
「はい! そうです。以前コーヨウ国に行った父が私にと買ってきてくれました。父は国内外を飛び回る仕事なのでそれで……」
赤面して黙り込んでいたはずのメリージェーンは、クセなのか左眉だけ下げて楽しそうに会話をしていた。
メリージェーンのお父様が外交官なのはクレイグとの予習で把握済み。
予習が役に立ってよかった。
それにしても七歳か八歳そこらの子供のお茶会だと思って甘く見てたけど、子供といえどやっぱり令嬢たちのお茶会だわ。
子供のほうが残酷だったりするし、気を引き締めないと……。
お茶会に不安を覚えながらも、マーガレットは「それでは改めて自己紹介をお願いします」とメリージェーンに笑いかけた。