第69話 ゼファー・ローゼンブルク②
マーガレットが許可を出すとほぼ同時に、シャルロッテはマーガレットの手を取ってゼファーの元へと駆け寄り、そのままゼファーに抱きついた。
「お兄さまぁ―――~っ」
「やあ、僕の可愛いシャル。朝一緒に朝食を食べたばかりなのに、シャルは本当に甘えん坊さんだな」
「朝食だなんて、もう三時間以上経っているわ。ワタクシ、十分に我慢しました」
そう言いながら、シャルロッテはゼファーの胸に顔を埋めている。
隣で兄と妹の情熱的なスキンシップを見せられ、マーガレットはどん引き……いや足がすくんだ。
私とイグナシオお兄様じゃ、こうはいかないわね……。
と思っていたら、向こうにいるイグナシオと目が合った。
イグナシオお兄様も同じこと考えていそう。
私とイグナシオお兄様の兄妹関係と、シャルロッテとゼファー殿下の兄妹関係は全然違っている。
シャルロッテのお母様は、シャルロッテが生まれて六か月の頃に事故で亡くなっている。
二人に父はいるがもちろん国王陛下なので、お妃様が他にもいて子供もいるため、そんなに甘えられる立場にはない。
だから、同じ母を持つ六つ年の離れたゼファーとシャルロッテは兄妹二人仲良く育った、たった二人の家族なのだ。
そうなると兄妹の絆も深まるわよね。
そりゃ、ちょっと前までいがみ合ってた私とイグナシオお兄様とは違うわ。
マーガレットの視線に気付いたゼファーは、マーガレットに笑いかけた。
「君がマーガレット・フランツィスカ嬢だね。いつもシャルロッテと仲良くしてくれてありがとう。私はシャルロッテの兄のゼファーだ。これからもシャルロッテと仲良くしてあげてほしい」
「お初にお目にかかります、ゼファー第二王子殿下。こちらこそシャルロッテ殿下とは仲良くさせていただき、光栄に存じます」
深々と礼をしながらマーガレットは挨拶をする。
その見事な儀礼に、シャルロッテもゼファーも驚いて目をパチクリさせた。
不可解な二人の様子にマーガレットは途端に不安になり、たじろいだ。
あれ? 王族の方だし、儀礼で合っているわよね。
何か間違えたかしら。
「あの、私、何か粗相をしましたでしょうか……」
「ん、いや。違うんだ、マーガレット嬢。君の雰囲気がシャルから聞いていた話とも、例のウワサともかけ離れていて、つい驚いてしまっただけなんだよ」
ゼファーは申し訳なさそうに頬をかく。
その姿も様になり、控えているメイドたちが色めき立っているのがこちらまで伝わってくる。
シャルロッテからどう聞いていたかは分からないけど、ウワサっていうのは『破壊魔令嬢』のことよね。
さっきラウルにも茶化されたし、私のウワサって王族の方々にまで届いているんだ。
ということは何度も遊びに来ていたのに、これまで一度も話題にしなかったアヴィもやっぱり知っていたのかしら。アヴィは優しいから言わなかったのかも。
ん? ゼファー殿下が驚くのは分かるけど、以前から私を知っているシャルロッテが驚いていたのはなぜ?
ゼファーを抱き締めていた手を放したシャルロッテは、今度は飛びかかるようにマーガレットの両手をぎゅっと握り締めた。
「マーガレット、見事な儀礼です。まるで王女様みたい」
「ありがとう。でも王女様はシャルロッテでしょう」
「うっ、それはそうなのですけど……」
下を向いて言葉を詰まらせたシャルロッテを代弁するように、ゼファーは煌びやかな笑みを浮かべて語り出した。
「……シャルロッテは礼儀作法が苦手なんだ。その中でも儀礼が大の苦手でね。儀礼をするといつもバランスを崩して転んでしまって」
「あ、お兄様ったら勝手に言わないでください!」
「ああ、ごめんよシャル……そうだ、マーガレット嬢に儀礼の仕方を教えてもらったらどうだい。知らない大人から教わるよりも、見知った友人から教わったほうが上手くなるかもしれないよ。マーガレット嬢、いいかな?」
「……え?」
ん、あれ?
いつの間にか私がシャルロッテに儀礼を教える流れになっている!?
ゼファー殿下って一見優しそうだけど、意外と押しが強いような……。
……まあ、いち侯爵令嬢の私が第二王子からの頼みを断るなんて、できるわけないのだけど。
マーガレットは心の中で苦笑しつつも、ゼファーに軽く礼をしながら応えた。
「教えるだなんて恐れ多いですが、シャルロッテと一緒に練習するということなら喜んで」
「マーガレット……いいの? ワタクシ、とってもへたっぴですよ」
「あら、シャルロッテ。へたっぴというのは得なのよ。だってこれからいっぱい上手になるということでしょ。私と一緒にやってみましょう」
「……そうね。ワタクシ、頑張ってみるわ」
「それじゃあ、早速私の部屋で一緒に練習しましょ」
「ええ、行きましょう! それでは、ゼファーお兄様、また後で」
「あぁ。シャルも頑張ってね」
ひらひらと手を振るゼファーにシャルロッテは大きく手を振り返し、マーガレットは一礼してその場をあとにした。
するとゼファーの背後から狐ことミュシャが顔を出し、ふんわりとした柔らかな物腰でゼファーに話しかけた。
「シャルロッテ殿下にとても素敵なご友人がおできになったようで、良かったですわね」
「ああ。シャルロッテから聞く話も、集めた情報も、なかなか破天荒なものばかりだったから心配していたが杞憂だったようだ。それに……王家とフランツィスカ家は因縁が多いし、シャルロッテの友人として相応しいか確かめるためにも、マーガレット嬢には一度会っておくべきだと思っていた」
「……殿下のお眼鏡に適いましたか?」
「まぁ、ね。許容範囲ではある……それにあの子、私の賜物が効いてないみたいだった」
ゼファーの発言を受けたミュシャは、口元に左手を添えて本気なのかわざとなのか、大げさな驚いたポーズを取ってみせた。
「あらまぁ、それは由々しき事態ですわ。破壊魔令嬢、なかなかの逸材かもしれません。あ、そういえば」
「……何だい?」
「いえ、マーガレット嬢は私のことを一瞬怯えた目で見たような気がしたので」
「へぇ、君の本性に気が付くとは……なかなかの逸材だ」
「あらやだ、殿下のおっしゃり方だとまるで私が恐ろしい人間みたいではありませんか」
「……今は違うのかい?」
「いつも違いますわ。殿下ったら……フフフフフ」
「そうかい? それはすまなかった、ハハハハハ」
ゼファーとミュシャの笑いが玄関ホールに響き渡る。
傍から見ると、美少年同士の青春の一ページのような爽やかな語らいだ。
しかし、別の招待客の相手をしていたイグナシオは後ろの首筋がヒリつき、「あの二人何か悪い笑いしてるな」と勘が働いた。
その話題の中心が自分の妹だとは、流石のイグナシオも知る由もなかった。
お読みいただきありがとうございます。
あと二章で、第二部へと入ります。
次の話は――
王女シャルロッテのお茶会にお呼ばれしたマーガレット。
実はマーガレットは、シャルロッテにあることを頼まれて参加したのですが……。
クセのある令嬢たちを相手に、マーガレットは任務を遂行できるのでしょうか?
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