第68話 ゼファー・ローゼンブルク
従者のサイラスがラウルの案内をするためにやって来た。
応じたラウルは、去り際にマーガレットに頭を下げる。
「マーガレット嬢。どうやら私はあなたのことを誤解していたようだ……申し訳ありません。あなたとの誤解が解けただけでも今日お茶会に参加してよかったです。次にお会いする時は、これからは友人としてお会いしましょう……シャルロッテ殿下もまた。それでは」
ラウルが見えなくなったのを確認してから、マーガレットは大きく息を吐いた。
今日はもうひと仕事終えたような、そんな達成感に包まれている。
「友人として」と言ってもらえたし、足を踏みまくった件をラウルは水に流してくれたってことで良いのよね。
マーガレットの後ろにいたシャルロッテも圧迫感から解放されたらしく、ついに口を開いた。
「アヴァンシーニ公爵家とはよく会う機会があるのですけど、ワタクシ、あの方苦手なのです。あなたが相手をしてくれて助かりました」
「それはよかったわ。それにシャルロッテの言ってる意味、私もちょっとわかる気がする。妙な圧があってちょっと緊張しちゃった」
「ねぇー、でしょう?」
マーガレットとシャルロッテの後ろで、二人の会話をヒヤヒヤしながら聞いていた従者ミゲルのもとに、アヴェルを貴賓室へと案内したクレイグが戻ってきた。まるで最初からそこにいたように、クレイグはミゲルの横に並ぶ。
ミゲルが小さな声で「おかえり」と言うと、クレイグも聞き取るのがやっとのくらいの小さな声で「……ただいま」と返した。
ヒヒィ――――ンッッ‼
馬の嘶きとともに、屋敷のエントランスに薔薇の紋章の豪華な馬車が停車する。
まだ中に乗っている人物は見えないのに、その場の雰囲気ががらりと変化したようにマーガレットは感じた。
「あ、王家の馬車! 今度こそお兄様ですっ」
と声を弾ませて馬車に駆け寄ろうとしたシャルロッテの手を、マーガレットは掴んで制止した。
「待ってシャルロッテ。まずはお茶会の主催者のお兄様に挨拶させてあげて」
「あ、そうでした。ごめんなさい」
マーガレットとシャルロッテは少し離れた場所から、緊張した面持ちのイグナシオの挨拶を見守っていた。
後ろから見ると左右にいるフェデリコとサイラスが囁いてフォローしていて、まるで逆腹話術みたいに見えたけど、見なかったことにしておこう。
マーガレットは、イグナシオからシャルロッテの最愛のお兄様・ゼファー第二王子殿下へと視線を移した。
ホワイトブロンドの美しい髪は陽にあたるとキラキラと水面のように輝き、アヴェルやシャルロッテの瞳より濃い紫色の瞳が、より高貴な印象を与える。
確かシャルロッテよりも七歳年上だって言っていたから、今十五歳なのよね。
身長が高いせいか、すごく大人っぽく見える。
大人になったアヴィも『クールな王子様』って感じだけど、ゼファー殿下は昔読んだ童話に登場しそうな『THE 正統派キラキラ王子様』というオーラを放っている。
メイドたちはゼファー殿下が来てから、目が♡にでもなりそうなほどゼファー殿下に釘付けだ。家宰のジョージが咳払いしても、釘付けのままだし……。
シャルロッテに気付いたゼファーは、シャルロッテとマーガレットに向かって微笑みかける。漫画なら周囲に花でも描かれていそうなまぶしい笑顔だ。
ゼファー第二王子殿下って、『恋ラバ』に登場していてもおかしくないくらいのイケメンなのに、確か『ゼファー殿下』という名前が数回出てきただけで登場はしなかったはず。
ゲームだとすでにアヴェルが王太子に決まっていて、王位争いも収束しちゃってるから仕方ないのだけど…………ん? 何か理由があったような……。
考えを巡らせていたマーガレットの瞳はふと、ゼファーの後ろに控えた少年を捉えた。
ゼファーと同じ年頃の少年は、腰まで伸びた髪をひとつにまとめて尻尾のようになびかせ、常にニコニコ笑っている表情からは何も読み取ることはできない。
狐と称するのが妙にしっくりくる中世的な美少年。
―――彼は『恋ラバ』の中で見たことがある。
彼の名は、ミュシャ・ヴァレンタイン。
アリスと出会った教会にいた、ザザというぶっきら棒な少年を覚えているだろうか。
ミュシャはザザルートの黒幕だ。
ザザルートは恋敵キャラがいない代わりにミュシャが登場する。
ゼファーの右腕のミュシャは、アヴェルに王太子の座を取られた恨みから、学園にザザをスパイとして潜り込ませる。
黒幕というお堅い設定とは裏腹に、ミュシャはオネエ言葉で話す変わったキャラで、その雲のように掴みどころのない性格に翻弄されるプレイヤーが続出した。
さらに選択肢の複雑な分岐から、ザザルートは初見じゃ絶対にクリアできないと言わしめる元凶となった人物だ。
私も何度アリスとザザの酷いシーンを見たことか。
うう、思い出しただけで寒気が……まあ、最終的に攻略サイトに頼ってクリアしたけどね。
「ねえマーガレット。もうそろそろ行ってもいいかしら?」
早く兄と話したいシャルロッテは鼻息を荒くしてマーガレットに尋ねた。
マーガレットがイグナシオに視線を戻すと、イグナシオがゼファーに深々と礼をしてまさに挨拶を終えたところだった。
「えぇ、そろそろ行きましょう」