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悪役令嬢マーガレットはままならない~執着王太子様。幽閉も監禁も嫌なので、私は従者と運命の恋を!~【断罪編】  作者: 星七美月
第5部中篇 断罪の果て、悪役令嬢は運命の恋を掴み取る!?

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第408話 欺瞞と仔猫

 兄フェルディナンドに支えられ、シャルロッテは事の顛末てんまつを語った。


「ゼファーお兄様にミゲルとのことを持ちかけられ、あなたとクレイグの載った雑誌を渡してしまいました……こんな大事になるとは思わなくて……ワタクシの過ちが、あなたとクレイグを引き離してしまった。本当に、本当にごめんなさいっ」


 シャルロッテは深々と頭を下げ、長い間その姿勢から動かなかった。その背中は言葉よりも雄弁に、シャルロッテの胸に巣食う罪悪の念を語っている。


 マーガレットの唇が小刻みに震える。ただ静かに、その場に立ち尽くすことしかできなかった。

 言葉にならない沈黙が、マーガレットの周囲を覆い尽くした。


 あの旅行雑誌を渡したのがシャルロッテだなんて……


 私の心に沸々と込み上げたのは、怒りではなく心を蝕むような沈黙の哀しみだった。あの雑誌の写真を引き金にして、今のこの悲惨な状況が生み出されている。

今の私を取り巻くすべてが…………あ!


 マーガレットは顔を上げ、身を乗り出す。言葉を失っていたマーガレットの唇から、涙を滲ませたような切実な声が、静寂を切り裂いた。


「お父様やお母様、それにお兄様はっ……ご無事ですか!? ゼファー殿下は、私の家族を処刑したと言いましたが、本当なのですかッ!?」


 その発言にフェルディナンドもシャルロッテも、目を丸くした。口元を手で覆ったフェルディナンドは、そっと言葉を零す。


「いや、フランツィスカ家の方々を処刑したなんてあり得ない。確かにゼファーの指示によって重要参考人として召集を受けたが、すでに屋敷はもぬけの殻だったらしい……」


 安堵の息とともに、マーガレットはホッと胸を撫で下ろした。


 よかった。みんな、きちんと逃げおおせてくれたのね。

 ターニャが役目を果たしてくれたのだわ。ありがとう、ターニャ。


 感謝の波が胸を満たしたのと同時に、銀色の髪をさらりとなびかせた人物の顔が鮮やかに浮かんだ。マーガレットは取り乱した声で、縋るように問いかける。


「あの、アヴィは!? アヴィは私のために、殿下の騎士たちと敵対して……」

 マーガレットの不安を取り除くように、フェルディナンドはそっと目を細めて優しげに微笑んだ。

「アヴェルなら無事だよ。騎士たちとの戦闘で負傷はしたらしいが、命に別状はないそうだ。今は琥珀宮で、公務妨害の咎で謹慎中さ」

「ほっ……無事で本当によかった」

 胸元に手を添え、マーガレットは静かに安堵の息を吐いた。


 アヴィも無事で本当によかった。

 謹慎中ということは、そこまで重い罪には問われなかったのだわ。


 それにしても、やっぱりゼファー殿下は嘘を吐いていたのね……だったら。


 マーガレットは震える指先を固く握り、微かな震えを閉じ込める。瞳に滲む涙を拭う間もなく、真っ直ぐにフェルディナンドを見据えると、弱弱しい声を絞り出した。


「あの、従者のクレイグの行方はご存じありませんか? ゼファー殿下は、その……クレイグの、遺体が見つかった、と……」


 驚きのあまり、フェルディナンドとシャルロッテは顔を見合わせた。四つの高貴な紫の瞳が示し合わせたように、同時に見開く。

 フェルディナンドは顔をしかめ、低い声をそっと落とす。


「それは嘘でしょ。ゼファーは騎士隊を投入して、今も躍起になって彼を探しているよ」

「お兄様ったら、そんな噓まで……」


 シャルロッテの口元は震え、目には涙が滲んでいる。その反応からも、ゼファーの嘘は明らかだった。


 積み上げられた欺瞞ぎまんはボロボロと剥がれ、真実が露わになっていく。


 それはつまり、クレイグは生存している可能性があるということを示している。

 マーガレットの胸の中に希望の蕾が芽吹き始め、小さな芽は波紋のように広がっていく。




 喜びを噛み締めたその時、それは突然に、マーガレットに直接語りかけるかの如く、心に鮮明に響いた。


「パパだったら、生きてるよー」


 少年少女ともわからぬ、年齢すら超越したような可愛らしい声。マーガレットは首を傾げ、周囲を見回した。


 しかし、周囲にはフェルディナンドとシャルロッテしかおらず。マーガレットのその仕草に、シャルロッテは不思議そうに首を傾げる。

 一方のフェルディナンドは、「あははははー」と薄い笑い声を漏らしながら、苦々しい表情を浮かべた。


 そのどこか空虚な笑いに、マーガレットは微かな引っかかりを覚えた。


「あの、今の可愛らしい声はフェルディナンド様なのですか?」

「いやいやっ、僕じゃないよ。そんな、畏れ多い……」


 フェルディナンドは両手を前に出して、懸命に否定を繰り返している。第一王子の不思議な挙動を眺めながら、マーガレットは胸元で暴れているにゃんコフの頭を優しく撫でた。


 もう一度、周囲を満遍なく見渡した。


 何度眺めたところで、この幽閉された一室にはフェルディナンド様とシャルロッテしかいないのだけど……んー? 一体誰の声だったのかしら?


 すると――


「ママ、ママぁっ……ここだよ。にゃお、にゃにゃぁ~ん」


 ん!? ……にゃ、お?


 ゆっくりと視線を下ろす。視線の先には、ぷにぷにとした柔らかな肉球を振り上げ、愛らしいポーズで何かを必死に訴えるにゃんコフがいた。

 まさかとは思いつつも、マーガレットは声を上擦らせながらそっと尋ねた。


「……もしかして、にゃんコフがお話しているの?」

「うにゃ――ん?」


 首を傾げ、そっぽを向くにゃんコフに、マーガレットはホッと胸を撫で下ろす。


 そ、そうよね。にゃんコフは猫なんだもの。

 そんなお伽話みたいな話があるわけ……


 しかし、マーガレットの安堵を裏切るように、にゃんコフはエメラルドグリーンの瞳を大きく見開くと、愛らしい八重歯を覗かせた。


「わあっ! ママはパパと違ってちゃんとお話してくれるぅ。嬉しいなあー」


 先ほど聞いた天使のような愛らしい声が胸元から響いた。


「え……にゃ、にゃんコフが喋ったああぁぁぁ!?」


 驚愕のあまり、マーガレットは膝から崩れ落ちた。


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