第18話 花の絵を、
今日は結婚披露宴である。
ウルスラの両親はいつの間にか行方不明になっていたので、西部貴族の大物シュルツ侯爵がウルスラの後見人になってくれた。
どうやら両親は借金がかさんで逃げ出したらしい。レナードからせしめた金はどうしたのかと思ったら、なんとそれを博打につぎ込んだという。しかも国が認めていない裏の賭博場へ通っていた。
彼らは本当に逃げたのか、真相は闇の中である。
ウルスラは、両親の行く末はそれでよかったと思っている。
そもそもが彼らに〝貴族〟など務まらなかったのだ。両親のノブレスオブリージュなど見たことがない。悪徳貴族にふさわしい末路だろう。
ゲストたちを見送る段になり、帰る人たちから口々に祝福の言葉をもらって面はゆい気持ちをレナードと分け合っていたら、あまり見たくなかった顔を二つ見つけた。
リヒャルトとカタリナだ。披露宴の始まりからずっと視界の端にチラついてはいたけれど、見ないようにしていた顔である。
王子であるリヒャルトがいるにもかかわらず、彼らの周りに人はいない。ざわめきとともに周囲から遠巻きにされていた。
なぜなら国王が彼らのことを突き放したからだ。
ウルスラとの婚約破棄が原因――というわけではない。
いや、もしかしたらそれも理由の一端かもしれないけれど、息子を愛する父でも庇えないほど問題になったのは、やはり緊急事態にしか出動してはならない王家直属の伝令騎士を私的に使ったことだった。
しかも国王の許可を得ず、西部の英雄であるレナードへ言いがかりをつけて魔物の討伐令を出した。
当然ながらそれが貴族たちの反発を呼んだ。
特に西部貴族たちの嫌悪感はもの凄いもので、唯一リヒャルトを支持して庇ったバウアー伯爵家は西部貴族たちから村八分に近い扱いを受けているとか。
バウアー家といえば、リヒャルトの隣でぶすっと下唇を突き出して立っているカタリナ嬢の生家である。
彼女は望んでリヒャルトと婚約したにもかかわらず、伝令騎士にレナードへの恋文を託したことがどこかからばれてしまったせいでとにかく評判が悪かった。
ウルスラが聞いた、レナードとの悲劇の恋物語はいったいなんだったのか。
ハンナいわく、「ちやほやされたいカタリナ嬢が、その頃にはまだいたお友達に流させた噂話」が一部で盛り上がっていたのを、わざわざ〝リヒャルトにふられた可哀想な令嬢〟に聞かせてくれた者がいたようだ。
「お嬢様?」
いまだにウルスラのことをお嬢様扱いするレナードが、ウルスラの視線を追いかけていった先に、社交界ではもはや死んだも同然の二人組を見つけて苦い顔になった。
「気になりますか」
レナードの言葉にウルスラは肩をすくめた。
「というより、驚いたわ」
リヒャルトは来年、バウアー伯爵家へ婿入りすることが決まっている。
ロイター侯爵家へ婿入り予定だった時とは違い、リヒャルトへの王家からの援助はないと聞いている。
国王からの不興を買ったとはいえ同じ西部貴族である。バウアー家だけを呼ばないというわけにもいかず、シュルツの勧めもあって招待状は出した。
とはいえさすがに欠席するだろうと思っていたのだが。
「まさか出席するとは、と」
しかも出なければ面子がないバウアー伯爵夫妻は欠席で、無理してくる必要はないはずのリヒャルトとカタリナが出席していることにも驚いたのである。
「それは……確かに」
ウルスラたちが見ているのに気がついたのか、遠くからチラチラとこちらへ視線を投げてくるリヒャルト。
その視線を遮るようにウルスラの肩を抱いてくるりと反転したレナードが、不服そうに鼻を鳴らして呟いた。
「落ち着いたら絵を描こうと思うんです」
その言葉に見上げると、いくらか苦みの薄らいだ顔でこちらを見ていたレナードのヘーゼルグリーンの瞳と目が合った。
「花の絵を」
リヒャルトへの感情は無であると言っても、レナードはウルスラが一瞬でも執着したあの絵にとてもこだわっている。
レナードに幻滅されたらと思うと怖くて、燃やした黒歴史のことはまだ告白できていない。けれど彼は何かしらの事情があのスミレの絵にあったのだということは察しているらしい。
そしてレナードのほうも隠そうとしているけれど、たまにウルスラの顔を見て死にそうな顔をするから、きっと何か抱えているものがあるのだろう。
「受け取ってくれますか?」
お互いに無理に聞き出そうとはしてこなかったが、レナードの言葉は関係を進めるための大きな一歩だ。きっと勇気を出してくれたのだと、ウルスラは思った。
「もちろんよ。……ノートが一冊隠れるくらいの大きさだと嬉しいわ」
その絵には、いかにレナードが毎日かっこいいかを書き記したノートを隠すのはどうだろう。
実は書きたいことがたくさんあるのだ。
妻が夫にきゅんきゅんすることは黒歴史でもなんでもないはずだし、毎日読み聞かせてレナード公認の胸きゅん日記にするのも楽しそうである。
今度は燃やさなくてもすむように。
end
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