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三.安らぎと決意 ―6


紅月が運転する車で屋敷を出立し、三十分ほどが経った頃。


(すごい……)


窓の外に見えてきた建物に、梔子は思わず息を呑んだ。


「着いたよ。あれが静貴の家だ」

「あれが……」


西洋風の美しい庭園の向こうに見えるのは、和洋折衷(わようせっちゅう)の大きな屋敷だ。

六角形をしたお洒落(しゃれ)な屋根や、規則正しく並んだ玻璃(はり)窓が特に目を引く。


まるで、西洋のお伽噺(とぎばなし)に出てくるお城のよう。


そんなことを思っていると、紅月が教えてくれた。


「静貴の家……藤川家は帝都随一の実業家でね。いくつも会社を持っているし、政界とのつながりもある。あれだけの屋敷を建てられるわけだ」


いよいよ車は玄関前にたどり着く。


紅月が車の扉を開けると、出迎えのために待っていたらしい使用人の女性が走り寄ってきた。


仕立てのよいお仕着せを着ているところを見るに、他の使用人達に指示を出すような、上位の立場にある女性なのかもしれない。


「おはようございます、篁さま。お待ちしておりました」

「ああ、おはよう。いつもの場所に駐めさせていただくよ。それから、先に静貴にお伝え願えるだろうか。今日は私だけじゃなくて、彼女も一緒だとね」

「あら。彼女と言いますと、もしかして……」


紅月の視線をたどるように、使用人の目が梔子に向けられる。


見知らぬ他人の視線は、やっぱり恐い。

思わずびくりと肩を震わせてしまったけれど、使用人の反応は至って普通のものだった。


使用人は梔子の銀色の髪に特に驚いた様子もなく、明るい声で挨拶をしてくる。


「お初にお目にかかります。篁さまとご一緒にいらっしゃったということは、貴女さまが……?」

「梔子だ。いずれ私の妻になってくれる、大切な人だよ」


大切な人。

そう言われて、思いがけず頰が染まるのを感じたが、照れてばかりもいられなかった。


今度こそ、しっかり名乗らないと。

そう自分を奮い立たせて、梔子は息を吸った。


「八條梔子と申します。今日は……静貴さまにお伝えしたいことがあり、訪問させていただきました」


言えた……!

途中、声がかすれそうになったけれど、それでも名乗って用向きを伝えることができた。


ほっと胸をなでおろすのもつかの間、使用人から返ってきたのは、梔子が想像もしなかったほどに友好的な反応だった。


「まあ、そうでしたか。貴女が梔子さま……。わたくし、ずっとお会いしたいと思っていたんですよ。何せ篁さまときたら、この頃はこちらにいらっしゃるたび、梔子さまのことばかりお話になられていたんですから。篁さまったら、静貴さまがどんな話題を振っても、梔子さまのお話にすり替えてしまうんですよ。そのすり替え方が、はたから聞いていても本当にあざやかで」

「まあ、確かに彼女がいかに愛らしいか、力説してしまったような記憶はあるな。でも、事実なのだから仕方ない。そうだろう、梔子?」

「え!? ええと……」


私に尋ねられても……!

さっきから、二人の会話を聞いていられない。

なんとも言えない恥ずかしさに、梔子はただただ戸惑うことしかできなかった。


「でも、今日やっとお会いできて、篁さまの仰っていたとおりだと思いましたわ。本当に可愛らしい方……。今までどんな美人のお嬢さまにも見向きもしなかった篁さまが見初めた方ですもの。どんな方なのだろうと思っていましたけれど、梔子さまなら納得ですわ。……あら?」

(も……、もう無理!)


紅月の婚約者になるまで、化け物扱いされたことはあっても、容姿を褒められることなど一度もなかったのだ。


こんなふうに急に褒めちぎられてしまったら、どんな反応をしたらいいかわからない。


「あらあら……頰がまるで林檎みたいに。わたくし、本当のことを言わせていただいただけですのに」

「梔子はとても照れ屋で恥ずかしがりなんだ。そんなところも可愛いだろう?」

「あ、あの、あのっ……。お二人とも……お願いですから、もうやめてください……!」


顔を真っ赤にして必死に訴える梔子に、けれど紅月も使用人も楽しそうに笑うばかりなのだった。


「ふふ。ごめんなさいね、梔子さま。でも、わたくしが言ったことはお世辞でもなんでもなく、本当のことですから悪しからず。それでは、梔子さまがいらっしゃったこと、静貴さまにも伝えてまいりますね」




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