三.安らぎと決意 ―7
車を駐めて屋敷の玄関に戻ると、先ほどの使用人がすでに待っていた。
案内されて屋敷へと入る。
外装から予想していたとおり、屋敷の中に踏み入った途端、目の前に広がったのは壮麗な風景だった。
卓や椅子、花瓶など、目につく調度類はどれも舶来品とわかる高価なものばかりだ。
華やかなシャンデリアが目立つ大広間を通り、赤い絨毯が敷かれた階段へ。
玻璃窓から夏日が注ぐ廊下を進み、応接間に通されると、そこには見覚えのある男が待ち受けていた。
洋装をまとった男――静貴は、梔子の姿を見るなりソファから立ち上がった。
はっと目を見開いたのもつかの間、彼はすぐに気まずそうな表情をして口を開く。
「まさかとは思っていたが、本当に……。だが、いったいどうして」
いよいよだ。
心臓が重く鼓動をくり返す。
(恐がっていては、だめ)
そんな時、思い出したのは紅月のくれた言葉だった。
――大丈夫だよ。貴女は身も心も美しい人だ。
――私を信じて。梔子。
もう、梔子は一人ではなかった。
隣には紅月もいてくれる。
だから、きっと。
「ご無沙汰しております。本日は静貴さまにお詫び申し上げたく、伺わせていただきました」
「お詫び……?」
「先日、私は静貴さまに名乗りもせず、大変失礼な振る舞いをしてしまいました。ご不快な思いをさせてしまったと思います。あれからずっと、お詫びをしたくて……。誠に申し訳ございませんでした」
深々と腰を折り、許しを請う。
頭上で静貴が息を呑む音がする。
伝わってきたのは、狼狽の空気だった。
「な、何を言っているのだね、きみは。とにかく、早く頭を上げてくれないか」
こわごわと顔を上げれば、静貴はひどく動揺した様子で梔子を見つめていた。
しばらく何かを言いたげに口を動かすが、やがて梔子のそばに立っていた紅月に目を向ける。
「紅月。まったく理解できないのだが、なぜ僕は彼女から謝罪を受けているんだ? きみが彼女に何か言ったのか?」
「まさか。そんなはずないだろう。そもそも私は彼女をお前と会わせることすら反対だったし、お前に謝る必要など微塵もないと言ったんだ。それでも彼女はお前に謝りたいと言って、わざわざここまで出向いてくれたんだよ」
「その……梔子さん。紅月の言っていることは本当なのか?」
「……はい」
梔子が頷くと、静貴はつかの間、虚をつかれたような顔をした。
けれどまもなく、苦しげに顔を歪めて彼は言う。
「……梔子さん。ひと月前、きみにした振る舞いがどれだけ最低なものだったかは、僕自身が一番よくわかっている。紅月の言うとおりだ。謝罪するべきだったのはきみではなく、どう考えても僕の方だ。僕はきみをひどく侮辱し傷つける、許しがたい発言をしたのだから。どうか、僕にも謝らせてくれ。本当に申し訳なかった」
「い、いえっ……、そんな……!」
深く頭を下げてくる静貴に、梔子は慌てて声を張り上げた。
「静貴さま……、どうか……どうか頭を上げてください……!」
よく思い返してみれば、静貴が口にした言葉など、まるで大したことはないものだ。
(化け物と言われたことなんて、数え切れないくらいだもの)
八條家にいた頃の方が、よほどひどい言葉を日常的に浴びせられ続けてきた。
梔子は嘲られるのに慣れているし、静貴にほんの一言、二言侮辱されたところで、今さらひどく傷つくようなこともない。
やっと頭を上げてもなお、すまなそうに眉をしかめている静貴に、梔子は必死に言葉を重ねた。
「よいのです。私は、こんな髪色をしていますから……いろいろなことを言われるのは、仕方のないことだと思っています。静貴さまに侮辱されたなんて、思っていません。ですから、どうか……もうこれ以上は、お気になさらないでください」
「梔子さん、それは……」
静貴は何かを言いかけたが、途中で思い直したらしい。
小さく息をついてから、彼はソファを一瞥して言った。
「……いや、いつまでも立ち話を続けていてはいけないな。茶を持ってこさせよう。せっかく二人で来てくれたのだから、時間があるのならゆっくりしていってくれたまえよ」




