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ピールさんとの話の後に眠れるはずもなく、私の目の下には今日もクマが居座っている。
「おはようございます、歌姫様。今日はお早いお目覚めですね」
「おはようございます。何だか目が覚めてしまって」
寝不足は寝不足でも、帰る方法が分かったという朗報のおかげですこぶる爽やかな目覚めです。
「でも、少しお疲れに見えます。無理はしていただきたくないんですが……」
私の朝の準備を整えてくれているメイドさんの可愛い顔に影が走る。
あー、どこの誰がこんな顔をさせてるんだ。あいつか、それともあいつの方か。
「で。誰が私に用事なんですか?」
一瞬驚いた顔で動きを止めたメイドさんだが、すぐに非常に申し訳なさそうな顔で答えてくれた。
「ヨーディアン様が、ご朝食後に歌姫様のお時間を少しいただけないかと言われています」
ヨーダの分際で。というのは冗談だが、あの男は油断ならないタイプだと思う。
王様は腹は立つけど割と単純な感じなんだけどね。
このタイミングでの申し入れってのも気になるところだ。
「お断りされますか?」
「いえ、大丈夫。分かりましたと伝えてもらっていいですか?」
心配そうな表情を浮かべながらも了承してくれるメイドさん。
今確実に、メイドさんの心の天秤はヨーダよりも私に傾いている。モテモテだろう騎士様に勝てるとかイイ気分、ていうかメイドさんマジ天使ですね。
***
美味しく朝食をいただいた後、約束は約束なのでヨーダと待ち合わせている客間へと向かう。
さて、一体どんな話なんでしょうね、と思っていたら。
「おはようございます、歌姫様。ご帰還の方法は手に入れられましたか?」
面白いくらいにド直球でした。
「手に入れた、って言ったらどうするんですか?」
「我々は陛下の手足ですからね、陛下の命令とあれば全力で邪魔させていただくことになると思います」
まあ、そうでしょうね。知ったこっちゃないけど。
「今朝方あなたの部屋から人の気配を感じました。歌姫様が騒ぐ訳でもなく、受け入れられてそんなことが出来る人物は術師しかいません」
「ゴミの国の時と同じでまるで見張られてるみたいですね。王様の手足の方々にとっては当然の役目でしょうけど」
どうやら嫌味はちゃんと伝わったらしい。
苦笑を浮かべたヨーダにニッコリ笑い返してやった。
「それで、あなたは宣戦布告をしに来たんですか?」
「いいえ、今日は少し私の昔話にお付き合いいただけたら、と思いまして」
「昔話?」
「はい、聞いていただけるなら、最低限でしか歌姫様の邪魔をしないことをお約束します」
最低限、って微妙な約束だな。
とは思うが、ヨーダに本気を出されたら面倒になる気がする。
「……話を聞くだけなら」
「ありがとうございます」
見事なお辞儀を見せたヨーダの頭頂部に向けて、私は鷹揚に頷いてみせた。
ひとまず、罠に引っかからないようにしっかり話を聞かなくては。
頭を上げたヨーダに椅子を勧められたので素直に従う。どうやら立ち話で済む話じゃないようだ。
そのまま立って話を始めようとしたヨーダに、とりあえず座るように言ったら見事に断られてしまった。
歌姫様と同席するなんて、とか何とか言って、内容によってはすぐ逃げられるように座らないんじゃないの、とか思ってしまう疑り深い人間になってしまった。
これもそれも全部こいつらのせいだから仕方ない。
「まずは、あなたの前に来られた歌姫様の話をさせていただきます」
結局王様の話になるにしても、その内容は興味をそそるものだった。
はいはい、とりあえず大人しく聞きましょうか。
***
私の先輩にあたる歌姫様はどうやら外国人のようだった。
魅惑的な深い赤色の髪に夜のような藍色の瞳。ヨーダが語った美辞麗句を最小限にすると、そういった特徴の歌姫だったそうだ。
私も大変な目に遭った度合いでは負けていない自信があるが、先輩歌姫が召喚された時代はちょうど誰が次の王になるのか争いが起こっていた時だったらしい。
そして、歌姫は次の王となる人物に祝福を与える者ということで呼び寄せられたそうで。
この時、何百年振りかに行われた召喚の儀式は何とか無事に成功。
何百年振りって、歌姫は王が変わる度に呼ばれるもんじゃないの? って思ったいたら、どうやらそれまで歌姫という存在は伝説のようなものだったらしい。昔々異世界から現れた歌姫は王と結ばれ、国を更なる繁栄に導いた。と、歴史書に書いてあるらしい。
国の危機に伝説の歌姫を呼ぼうという話が出たのはまあ分かるとしても、ぶっつけ本番かい、失敗したら歌姫がどうなるか考えもしなかったんですかね?
話の途中で質問した私にヨーダはまた苦笑で答えた。言葉は無くても、この国の上層部の奴らは私たちの事情なんてまったく考えてないことだけは分かった。
つまり先輩はこの時、次の王を選ぶ役割を担わされていたということだ。
再開した話に頷きながら、なんて難儀な……と思わず同情してしまった。いきなり知らない世界で王様誰が良いと思う? とか聞かれても、私が知る訳ないでしょうが、としか言い様がないのにね。
「この時の歌姫様の苦悩は、書物や歌で今も語り継がれています。我々に祝福を与えて下さる歌姫様にそのような想いをさせてしまった事は、今でも国民一同後慙愧に堪えません」
失敗がまったく活かされてないのはどうかと思うけど。
ちょいちょい挟みたくなる嫌味はひとまず我慢して、話の続きを促した。
「ですが、そんな歌姫様の心を救った存在がありました。早い話、その方が選ばれた王になるんですが」
与えられた花の宮に引き篭もった歌姫は、その美しい庭で一人の少年と出会う。
この国の人々を警戒していた歌姫も、彼がまだ子供と呼んでいい年頃だった為に気持ちが弛んだんだろう。その上、この少年、無口、無表情で痣だらけの小さな身体つき。見るからに母性本能をくすぐる存在だったそうで。
「先々代の王は一番身分の低い側妃の方の子供でしたし、秀でた才能が妬まれたこともあり、王族とは言えども酷い扱いを受けていたようです。その側妃の方、一応王母に当たる方ですが、この方も大分肩身の狭い思いをされたようですが、子供より何より寵愛を得ることに必死だったそうで。この時も自分の地位を危ぶんだ王母様から命じられて、歌姫様の偵察の為に花の宮に入り込んだそうです」
まさに後宮、日本で言えば大奥って感じ。同じ側妃でも実家の格がモノを言うのが現実なんだろう。
そんな被害者の一人である少年と歌姫は心を通い合わせ、あくまでも母のような、姉のような存在として、歌姫は少年を王へと導いた。
持ち合わせた才能と、歌姫の期待に応えたいという恋心で、見事少年は並み居る候補を退けて次代の王となる。そして、ここから怒涛のアプローチ。
「もちろん王にとっては初恋です。と言いますか、初めてで唯一の恋だったんだと思います。それを叶える為に、歌姫様へ想いをぶつけ続けたそうです。帰りたい想いはきっと最後まで消えることはなかったと思いますが……、結局王の想いを受け止めて下さった歌姫様はこの国で幸せな最期を遂げたと伝えられています」
なるほど、中々に王道な話だった。まさかの歌姫、かなりの姉さん女房だったけど。
「で、王様はその話に憧れている、ってことですか」
ピールさんが言っていたのはこのことだったんだろう。
『あの子はずーっと憧れていたの。ご先祖様と歌姫様の恋物語に』
「憧れ、と言ってしまえばそうなんでしょうが、陛下にとってはもっと意味有るものだったんだと思います。言うなれば、生きる指針のようなものだったのでは」
「生きる指針?」
「はい、陛下は先代の王とご正妃様との間に生まれた唯一の方です。ただ、王の寵愛を受ける方は花の宮の方と決まっていますので、ご正妃様と王の関係はこの国を維持、成長させる為の良き理解者ということになります。ご正妃様、つまり陛下の母君ですが、この方は素晴らしい才をお持ちでこの国は大きく豊かになりました。ですが、その反面、国第一で陛下と過ごす時間をあまり重要視されなかった」
あの無表情は愛情が足りなかったせいってところか。
確かに可哀想な子供だったのかもしれない。でも、だから優しくしろ、ってのは話が違うと思う。
「親から充分な愛情をもらえなかった。そんな子供は世界中にたくさんいますし、大多数がそれでも立派に大人になってると思いますけどね」
「仰るとおりです。ただ、陛下は感情を上手く表現ができないということだけは、理解していただけたらと思うのです。先代花の宮は王から愛されて、難しいだろうと言われていた子供を授かりました。そして生まれた陛下の、……弟君は、花の宮によく似た誰からも愛される方です。陛下は次代の王として厳しい訓練を受けながら、弟君の愛される姿を見てきました」
絆されるつもりはまったくないけど、想像したらやっぱり少し可哀想かもしれない。
あの人形のように可愛らしい顔を凍らせてしまった子供時代、せめて誰か一人でも相手してくれる人がいればよかったのに。
「誰かいなかったんですか? ほら、優しいメイドさんとか、そして初恋に発展とか」
それ、いい。孤独な王子の心を温めた、優しく美しいメイド。これも王道じゃないですか。
「一人だけ、陛下にお声を掛け続けてくれた方がいました。その方は先代花の宮です。授かった御子と同じように分け隔てなく接されていたようで、その時に何とはなしに先々代の王と歌姫の話をされたようです」
チッ、メイドさんとのロマンスじゃなかったか。でも、まあこれで生きる指針の話に繋がったのかね。
「それでいつか必ず自分にも現れると思い込んだってことですか」
現れるっていうか、無理矢理連れてこられたんだけどさ。
孤独だった少年が祖父さんのラブロマンスを聞いて、自分にも運命の相手が現れると信じた。
「召喚すれば、目の前に現れれば、それだけで愛されると思っていた。そこからして間違ってはいますが、そう信じていた相手が目の前で消えた。王の悲しみ、絶望は大変なものでした。でも、それでも決してあなたを諦めなかった。探し続けて見つけたあなたがゴミ捨て場にいると知った時は、しばらく固まったままで使いものにならなかったですしね」
どれだけ待ち焦がれていたと言われても、勝手に呼び出されて勝手にあの生活を強いられたことを許すことはできない。
だけど、ほんの少し、本当にほんのちょっとだけだけど、話くらいならしてやってもいいかもしれない。そう思ってしまった。
「歌姫様のお怒りはごもっともです。帰りたいと言われるのならそうするべきだろう、とは思います。でももし、陛下のことを少しでも憐れと思っていただけるなら、その前に二人だけで話す機会を設けていただけないでしょうか?」
消えない苦しみ、死を意識した生活、どう考えても許せないし、許したくない。
だけど、話くらいなら聞いてやってもいいかもしれない。最後の置き土産として。
「一つ聞いてもいいですか?」
「幾つでもどうぞ」
「あの黒ウサギは、王様そのものなんですか? それとも王の遣いのようなものですか?」
「ウサギ?」
どうやら意外な質問だったらしい。腹黒な美形騎士が目をまん丸にしている。
「昨日、抱っこしてたアレですよ」
「あ、ああ、アレですね。遣いという認識でいいと思います。見聞きしたものは王に伝わるとは思いますが、王そのものではないはずです」
「ですよね、ホッとしました。質問は以上です、そちらの話も終わりですか?」
素晴らしいタイミングでメイドさんがお茶を出してくれる。優雅にそれを飲み干して、ヨーダは綺麗なお辞儀を見せた。
「陛下のこと、よろしくお願い致します」
よろしくはしないので返事はできないけど、ひとまずにっこりと微笑んでおくことにした。




