12話「ただ一人の"予定通り"」
試験が重なっており、書く時間がなかなか確保できないので、もともと遅い更新がさらに不定期になっていますが、なんとか書き進めていきたいと思います。
「ックッ……ゥ…」
思うように動けない。体に力が入らない。
霞む視界で目の前を見ると、地面に水溜まりができているのが視認できた。赤い、黒い、水溜りだった。全部、俺の血なのだろう。
痛みというのはもはや薄らいでおり、やけに冷静に状況を確認できた。
"発散"による干渉を、如何なる手段にてか、反射されたのだろう。自身の技なのだから防ぎ方は知っているが、無効化されるならまだしも反射されることまでは考えが至っておらず、反応ができなかった。
そこまで考えたところで、目の前からザッという音が聞こえてくる。砂を踏んだ足音だ。
なんとか首をもたげて見上げると、相変わらずほぼ無傷、余裕のフォムが見下ろしていた。
「ブレインだっけ?やっぱ、お前強えなぁ。運良く反応できたわけだけど、そうじゃなかったら、俺が倒れてたわ」
アブねー危ねー、と相変わらず飄々とした口調を崩さないフォムがいた。
「…ったく、どうやって、アレを、反射、したんだか…」
それだけの言葉を、絞り出す。
「まあ、冥土の土産に教えてやってもいいんだが…」
「そんな気、無いだろ」
今度はハッキリと言葉を発し、立ち上がる。
無効耐性は貫通できても、"自動体修復"は俺自身の中で作用する能力で、他人が弄れるものではない。肉体を再生させ、不完全ながら戦闘に復帰する。
この3ヶ月間で様々な魔法を身に付けたが、回復魔法は無理だった。だから、俺の回復手段はこの自動体修復とイマジナオンリーだ。
「さあ、まだ俺は、戦える、ぞーー」
「いや、無理だな。お前、傷は治っても体力と集中力が戻ってない。こうなっちまえば、俺の勝ちだ」
言い終わるや否や、俺は吹っ飛ばされる。何のこともない、ただの蹴りを受けただけだ。受け身を取ろうとしたが、気づいた時には近くの家の壁に背中から叩きつけられていた。
血を吐く。
先程、自動体修復によって回復したはずの視界が、また霞んでいる。
「お前、戦い慣れてるっぽいが、殺し合うのは初心者だろ?」
「だったら、なん、だよ…」
「大怪我を負った経験が無いから、傷を修復しても脳が追いつかないんだよ。そのせいで、治った体が動かせない」
フォムが、ゆっくりと歩み寄って来る。
「だからな、回復ってのは、残酷なんだよ。
単純に、適性がなければ使えないってだけじゃない。死線を潜りぬけるような悲惨な目に何度か遭ってないと、意味ねえんだからよ。
『初めての命の危機』の時には、期待をじわりと裏切るんだから、よ」
俺は、動けない。体の負担は、今蹴られた分を鑑みても微々たるものだ。だが、フォムの言う通り、脳の負担はとっくに限界を迎えていたようだ。
確かに俺は、毎日何回もリィルと模擬戦を繰り返し、メデナ偵察兵やリュレニアとクライアと命を賭けて殺しあったこともある。
だが、俺は少々強過ぎたのだ。『命を賭けて』という言葉は意味を為しておらず、実際、手を抜いても楽々と勝てた。
そう、命の危機に瀕した経験は、俺の人生においてこれが初めてなのだ。
だから、本当の危険に対して、向き合い方を知らない。どう立ち向かえば良いのか、どう逃げれば良いのか、解らない。
仮に知識として知っていたとしても、本能は研ぎ澄まされない。
だから、俺は負けた。
無駄に強すぎた、そしてその力を持て余していた罰が、この"力"を欲する世界において下ったのだ。
そうとでも思っていなければ、受け入れられない。
もしかしたら闇側も、己の信じる正義があり、それに基づいているだけなのかもしれない。仮にそうだとしよう。
何故、俺たちがそれに巻き込まれなければならない?何故、イースリフの人々が死ぬ必要があった?立場が変われば見方が変わる、その理論は痛いほど理解できる。
だが、理論で感情は抑えきれない。感情とは、そういうものなのだ。
「俺としちゃあ、お前は面白そうだから生かしときたいんだが、生憎、上から『皆殺しにしろ』って命令されてんだよなぁ。悪ぃが、殺す」
気がつくと、すぐ目の前にフォムが立っていた。これで、俺の人生は終わるのだろう。
記憶も取り戻せず、よそ者の俺に温かく接してくれた人々に恩を仇で返すような結果を生んでしまった、中途半端極まりない人生が。
ーーリィル達は、ちゃんと逃げてんだろうな?無事に生きてくれよ
最期に、そんなことを思った。
嘘だ。正確には、嘘となった。俺が覚悟していた"最期"は訪れなかった。
落としていた視線を上げると、そこには第三者が居た。フォムと倒れている俺の間に立ち、振り下ろされた剣を、剣で受けている。
あの、フォムの剣をだ。
なんて事の無い、ただ無造作に振り下ろしただけであっても、フォムの動作であれば、並の人間はなす術なく死ぬだろう。おそらく、レベル7辺りまでなら即死だ。
つまり、この人物も、俺たちに匹敵し得る強者。そしてー
「ブレイン、まだちゃんと生きてるだろうな?」
ーー見覚えがあった。だが、見覚えが無い。
顔は知っている。名前も分かる。だが、立ち振る舞いがいつものそれとは似てもつかない。
普段は、常に腰が曲がっており、時折杖をつくことも。老人言葉を話し、孫と似てどこか呑気なところがある。
だが、目の前にいるこの人物は、真っ直ぐと立ち、重厚そうな剣を軽々と持ち、話し方からは、少なくとも老人とは思えない。
声自体、老人のものではなく、若い男のものだ。
一瞬、この人物とあの人がイコールで結ばれなかった。
そう、あの人だ。
俺がこの世界に来て3番目に出会った人物で、リィルの祖父で、このイースリフの村長。
ディエ・シューマー。
「なん、で、あんたが…」
うまく言葉が出なかった。死にかけだからというのも当然あるが、それよりは驚きの方が割合が大きかった。
ディエ村長は、もう死んでいると思っていた。"風の奏者"の感知に反応しなかったからだ。
なんで、あんたが生きてるんだ。
なんで、あんたがそんなに強いんだ。
なんで、あんたは今まで息を潜めて動かなかったんだ。
そんな質問が、俺の脳を駆け巡る。
「ちょっと待て」
短い言葉で制され、同時に軽やかな金属音が響く。ディエが腕を大きく振り、フォムの剣を弾いたのだ。
負けじとフォムが左手で追撃を放つが、その剣が届く前に、それは展開された。
「時間隔離空間展開!」
その瞬間、俺とディエを中心としたドーム外の全てが止まった。いつもの、全加速を行った時の『ほぼ止まった』では無い。
完全に、全てが停止している。
つまり、これは結界、いや、効果や技名から推測するに、その上位版に値する『亜空間』を生み出しているのだろう。
本来、亜空間とは相手を内側に完全に閉じ込めた上で、その内部で効果を発揮させるものだが、今は俺たちが内側に居る。
この亜空間内部は物理的時間から隔絶されており、閉じ篭もることで外部からの干渉を拒絶しているのだ。
「さて、あまり時間は無いが、少しだけ話をしようか、ブレイン」
ディエがこちらを振り向き、ようやくその顔が見えた。そして俺は、またもや驚く。
その顔は、いつもの皺くちゃな老人のものでは無い。『若い』とも『お年寄り』とも感じられない、顔から皺が消えたというだけの、年齢に掴みどころを感じさせないものだった。
「話って…ってか、なんで俺、普通に動けんの⁉︎」
急な展開に訳が分からなくなり、頭を抱えそうになって、ようやく痛みも脱力感も何も感じないことに気づく。蹴りを受けた跡はしっかりと残っているが、その部分すら痛みもない。
ただ、健康な皮膚に特殊メイクで傷を作ったような、そんな見た目と感覚だ。
「ここは、一切の時間から解き放たれた空間だからな。基本、五感は視覚以外は機能しない。当然、痛覚もな」
淡々とした口調で説明を受ける。やはり、ディエとは思えない。
だが、それでもここにいるのはディエ・シューマーなのだ。見間違うはずがない。
「それで、わざわざそんな空間作ってまで、何を話すことがあるんだよ…」
やや投げやりな口調で問いかける。実際、何を話すことがあるのだろう。
村人はほぼ全滅し、生き残りも、俺とフォムの戦闘中にフォムの部下が殺し回っていると考えていいだろう。
既に、取り返しのつく範疇など超えているのだ。
俺たちがここでなにを話そうと、過去を変える方法でも見つからない限りどうしようも無い。全ては、手遅れだ。
「俺から、幾つか伝えたいことがある」
ディエは、いつも『わし』の一人称だった。以前感じたように、ザ・RPGの村長という風な印象しかなかった。
だから、こんな風に突然風貌から口調まで変えられると、もはやそこに残るのは違和感の塊だ。
「まず、フォムに勝てなかったのは仕方のないことだ。
コイツは、この世界において"最強"の二つ名を冠している。勝てなくて当然だ、むしろここまで時間稼ぎができたことを誇ればいいほどだ」
それは、薄々感じていたことだ。直感ながら、コイツに勝てる奴など存在しないのではないかと感じていた。
実際、すぐに死ぬだろうと思いつつ挑んだ勝負だ、負けたからといってどうこうは思っていない。
「さて、と、本題はここからだ。時間がないから簡単に言うーー第三勢力には気をつけろ。常に、誰がどの勢力に位置しているのか、見極めろ。
お前なら、できるはずだ」
唐突に、訳のわからないことを言われ、茫然とする。第三勢力?なんだそりゃ。いったい、何においての話だ?簡単に言うからといって、言葉を省略しすぎだ。
だが、後半の言葉も加味すれば、何となく見えてくるものがある。つまりはこうだ。
ーー味方でも敵でもない立場の人物が、どこかに紛れ込んでいる可能性を考えろーー
「それと、だ。お前はーー」
突然、また脚に力が入らなくなり、今度は完全に倒れはしなかったものの、地に膝をつき、動けなくなる。
隔離空間が解けたのだ。正確には、壊されたのだ。
「あんた、噂通りの化け物だな」
干渉不可能なはずの空間を最も容易く破壊したフォムへの、ディエからの真っ当な感想だった。
「生憎、そーゆー言葉はよく言われるんでね、聞き飽きてんだよこちとら」
今、俺たちは元の場所、時間の流れの中に戻っている。ディエが相当腕が立つだろうことは予想できるが、フォムに勝てるとは思えない。
実際、自分自身の口で『勝てなくて当然』と漏らしている。
いったいディエは、どうするつもりなのか。
「すまない、ブレインーーお前の思うように、生きろ」
前半と後半の意味が繋がっておらず、訳が分からない。
なぜ、ディエが謝るのか。
なぜ、ディエが俺にそんな励ましをするのか。
なぜ、そんな、優しさと覚悟が入り混じった顔をしているのか。
「Good luck. 世界はお前に託した!」
ディエは、そう、言い残し、全速力でフォムに斬りかかっていった。
当然、全速力なんて程度のスピードでは、フォムは捉えられない。避けられ、鋭い反撃を受けーー
その反撃の剣が、ディエに握られる。手が切れて血が流れるのにも構わず、表情ひとつ変えずにそのまま剣を掴んだ左手を思い切り引っ張る。
あまりに予想外の出来事に、さしものフォムも対応が遅れた。
フォムが、体ごと引っ張られる。
そして、二人の距離がほぼゼロになった瞬間、二人を中心にまたしても光のドームが現れる。
かなり範囲の狭いドームだ。おそらく、ディエの作り出した結界だろう。
「無駄っ、俺に結界は通じねぇんだよ!」
実際、俺の無限攻撃結界を軽々と無効化し、ディエの亜空間までも破壊して見せたのだ。嘘偽りのない言葉だったのだろう。
だが、光が打ち払われることはなかった。
「なにっ!?」
「壊されては困る。この結界は、俺の命が込められているんだ。壊せるわけないだろう」
結界に、命を込める。その言葉が意味することというのは、つまりーー
俺は、その答えを直感的に感じ取った。
「やめろっ!それだけは、やらないでくれ!戦っても勝てねぇだろうけど、命を懸けるのと命を捨てるのは違うんだ!」
俺は、必死に訴えかける。
ディエは、自身に可能な最大の攻撃を放とうとしている。おそらく、それを受ければフォムも重症は免れない。それだけの威力を誇る代償に、命を砕くのだ。
つまりは、自爆。
「いや、これでいい。これが、合理的に考えて最善の選択だ」
自死を覚悟しているディエは、冷静に、静かに、厳かに、そう結論づける。
「あんたの!孫の!前でも!同じことが言えんのかよ!?」
俺は、泣きそうになりながら必死に叫ぶ。俺のせいなのだ。俺が、フォムに勝てなかったから、闇兵に見つかる原因を作ったから、そもそも俺がイースリフにやって来たから、だからこんな展開になってーー
「それは、違う」
抱きかけていた自責の念を、あっさりと否定される。
「お前は悪くない。これも全て、決まっていたことなのだ」
これでいったい何度目だろう。訳が分からないと思ったのは。
「リィルを、頼んだ」
俺の頬を、一筋の涙が伝う。もう、どうすることもできない。目の前で死のうとしている人を助けることが、俺にはできない。
ディエは悲しげに、それでも満足そうな穏やかな表情を見せ、目を閉じる。
ディエの体から強烈な光が発せられ、眩しい。それでも、俺は目を逸らさずにはいられなかった。
「ああ、できるならもう一度、もう一度だけでいい」
うわ言のように呟くディエ。
「お前にーーーー」
結界内は、音と光と爆煙に包まれた。
どれくらい経ったのだろうか。茫然自失としており、よく覚えていない。
よく、『何時間も経ったような気がした』と表すものだが、本当に我を失った時、人は何も覚えていないのだなとぼんやりと思う。
長くも、短くも、なんとも感じなかった。
実際は数秒ほどだったのだろうか。音と光が収まり、結界が消え去り、閉じ込められていた煙が広がっていく。
一瞬、その中から無傷のフォムが悠々と出てくるのを想像してしまい身構えたが、杞憂に終わった。
数十秒間、ただ煙が広がるだけで、意思ある動きが一つもない。
そして、結界の在った中心地が、薄く晴れていくーーそこには、満身創痍のフォムが立っていた。そう、満身創痍というほか表現する術が見当たらなかった。
全身火傷を負い、左腕は爆風のせいか、千切れかけている。それでも尚地に膝をつかないのは、"最強"である故なのだろうか。
「……こいつは、ちょいと予想外だったなぁ。任務を完遂できなかったのは、久々だぜ」
口調こそ崩さないものの、苦しげに、喋るというよりは呻いた。
「今は退くが、次に会うことがあれば、また勝つぜ、ブレイン」
そう言い残し、フォムは目の前から忽然と姿を消した。命の名の能力か魔法なのかは解らないが、瞬間移動の類だろう。
「ああ…疲れた…」
今にも意識を手放して倒れ込みたいが、その前に、するべきことがある。
『風の奏者』の存在に意識を伸ばし、その権能を発動させる。リィルの現在地を探る。
………。
「…逃げろって、言ったよな?もっと早く来てれば、死んでたぞ」
視線も表情も一切変えることなく、少し大きい声だが独り言のように話しかける。当然、独り言ではない。
「…だって…どうやったら、ブレインを置いて逃げられるんだよ…っ」
後方から、リィルが歩み寄って来る。それを確認した途端、気持ちの糸が途切れ、今度こそ俺の意識は闇の中へと吸い込まれていった。




