9話「そして月日が少し経って」
ブレインはいつも思っていた。何故人は、敵を作るのかと。
当然、ありとあらゆる人と親密な良い関係であれば、何も言うことなどない。だが、現実的にそれが不可能なのは、誰が考えてもすぐに解る。
意見や思想が違えば、他人などすぐに敵に回る。どれほど仲の良い人だろうと、それが永遠に続く保証などどこにも無い。
どれだけ人に愛想良く振る舞い、周囲からの人気を集めたところで、一部の人間からは、羨み、妬み、嫉み、怒り、嘲笑、恨み、怨み、そう言った感情を抱かれる。
どれだけ人と無関係を貫き、周囲に一切の害を与えずとも、一部の人間からは、軽蔑、嘲笑、憐れみ、哀れみ、優越感、そんな感情で見下される。
多様性などという言葉により、様々な違いが認められようと、それは結局のところ理想論以外の何物でもない。
言葉と同時に人の意識をも変化させる必要があり、一つの言葉を重視し始めたところで、それは見せかけ、たかだかその程度で人は変わらない。
違いを生まないこともまた、あまりにも難しいことだ。
生まれたばかりの頃から、同じ人が同じように双子を育てたところで、全くもって同じ思考、行動、感情によって生きる2人にはなり得ない。
人間の間で、相違点をなくすことは不可能。相違点を互いに認めさせることも不可能。つまり、敵意が生まれるのは、この世において必然だと言える。
まず、自分にとっての『敵』というものの定義について考えてみよう。
敵と呼ぶからには、対立関係や負の感情が存在するということである。それらの関係や感情は、何に対するものだろうか。相手そのものに対してのものだろうか。
ブレインには、そうではないように思える。
極論だが、例えば、Aという人物があなたの家族を皆殺しにしたとしよう。きっとあなたは、Aを憎み、恨み、敵と認定することだろう。
だが、Aがあなたの家族を殺すことなく、ただ少し見知った人程度だったとしよう。あなたはAをどのような感情で見るだろうか。
ブレインなら、別になんとも思わない。当然だ、何かされた訳ではないのだから。
何が言いたいのかというと、Aという人物そのものを嫌悪するわけではないということだ。Aの、家族を殺したという行動に敵意を抱くということだ。
これは、敵意だけでなく、感情全般に言えることである。感情とは、人そのものではなく、その内面に作用するものなのだ。
つまり、敵意という感情に脳の思考を半ば制御され、その衝動で敵を作るのだ。
感情こそが、争いの元凶、あってはならないものだ。
だが、感情が全て悪であるとも言い難い。
何故なのか。
ブレインには、最後まで解らなかった。
********************
「今だっ、クレイ・ピラー!」
「甘いっ!」
突如として、地面から複数の水柱が吹き出す。
その瞬間に、魔法の『核』が木剣によって一斉に砕かれ、淡い光となり、散り散りになる。核が消え、指向性が崩壊したことで、魔力へと戻ったのだ。
可視化した魔力として存在する光は、空気中に散っていったと思いきや、木剣に吸い込まれるように消えてゆき、剣の持ち主の魔力となる。
「いつも言ってんだろ、吸収属性が使えるやつに、魔法の目眩しは通じないって!」
説教しつつ、指先でクルクルと木剣を軽々と回す男は、俺、ブレインだ。
「解ってるよ、だか、ら!」
向かい合う青年が、右手を地面に向けて広げ、魔力を操作する。と同時に、俺を中心に五芒星の、いわゆる魔法陣が描かれていく。
「なっ!?んな魔法、リィル、お前いつの間に習得したんだよ!?」
木剣を利き手とは反対の左手に持ち替え、魔法主体で俺と戦う青年、リィルは、はにかみながら嬉しそうに答える。
「昨日、『魔融者』の練習をしてるときに思いついたんだ」
話しているうちに魔法陣は完成し、ドーム状に薄い光る膜で覆われる。五芒星の内側から出られない。
おそらく、先程5本の水柱を放った時、ある程度魔力を地面に残しておくことで、本来は長い詠唱の必要な魔法陣の発動を、簡略化して見せたのだろう。
相変わらず、天才的なことばかりを思いつくヤツである。
仕方ない、あまり使いたくなかったが、アレを使用するしかないだろう。一応、命の名ではないから、ルール違反ではない。
手のひらをドームに向け、俺のチカラに結界の存在を認識させる。そして、俺の意思の下、魔法陣が消え去っていく。
魔法陣そのものを吸収し、脱出する。
「やっぱりそれずるいよー!万能じゃん…」
リィルが嘆いている。
程なくして、両手を軽く上げ、投了の意思を示す。
おそらく、目眩しに見せかけた水柱の分も合わせ、魔力をほとんど消耗しきったのだろう。
魔法陣による封印に全てを賭けていたのだろうが、失敗に終わり、なす術がないと言ったところか。
リィルの得意とする近接攻撃は、剣技と魔法の混合が主体なのだから、魔力残量の乏しい今、木剣オンリーで挑んでも無駄なのは解っているようだ。
「まあ、命の名じゃないからOKだろ?種族固有の技なんだから」
そう、先程の吸収技は、今のところ、世界でブレインただ1人と思われる、『無の種族』の固有の技なのだ。
一応、本来は対象を無に還すのが用途であり、吸収は副産物のはずなのだが、こちらの方が使い勝手が良い。魔力だろうが、イマジナだろうが、物理的衝撃でさえ、俺自身のエネルギーとして還元してくれる。
あのふざけたような命の名たちなくとも、これだけで既に俺は最強な気がしてならない。
その気になれば威力を数倍に高めて反射することもできるのだが、リィル相手の模擬戦で使用するわけにはいかないので、未だに一度も反射は使用したことがない。
そう、現在、リィルと模擬戦を繰り返しているのだ。ある程度の戦闘技術の基礎が身に付いてしまえば、愚直に練習を一人で続けるより、実践形式で戦う方が何倍も身につく。
そのため、この3ヶ月、毎日必ず、朝、昼、夜の3回は模擬戦を行っている。
戦績としては、403戦中、俺が397勝、6分けだ。ほぼ俺が勝利しているが、実力そのものは伯仲しているため、時々引き分けになることがある。
異世界に転移してきたあの日から、はや3ヶ月が経過し、毎日欠かすことなく、修練に励んでいる。もっとも、ほぼ遊び感覚なのだが。
今では、リィルも俺と同じような剣技、暫定、カウンター流技を習得している。全ての動作がカウンターを主体としたものであるため、そう呼んでいる。
リィルは『ブレイン流技』を推していたが、丁重に断り、現在の呼び名に落ち着いている。
さて、今の俺は、魔法と命の名も完全に使いこなせるようになっている。
ただ、魔法に関しては、まだまだ奥が深い。複数属性を組み合わせることで、とんでもない効果を引き起こすこともできるのだが、そのためには微妙な魔力調整が必要なのだ。元日本人の俺には難易度が高い。
今現在で使用できる複合攻撃魔法は、大雑把に言うと3種類だ。
広範囲を焼却爆破し、物質を分子崩壊させる核爆崩壊魔法、俺の得意技である吸収魔法と反射魔法を利用した、対個人用である無限攻撃結界、そして、この二つの魔法をさらに複合させた広範囲結界である、無限核撃崩壊陣の3種類だ。
魔力調整が難しいため、複合魔法はこれら以外使えないのだが、逆になぜこれらが使えてしまうのか、自分自身でも不思議で仕方がない。何せ、最強クラスの魔法ばかりなのだ。
核爆崩壊魔法は、ゲームやアニメの強キャラが用いる広範囲魔法でお馴染みの、核魔法の一種だ。
だが、ただの核魔法ではなく、何らかの手段で防がれても、範囲内に居れば終わり、というふざけた効果付きだ。爆撃自体は防げても、肉体が分子崩壊していくのは止められない。
結界を張って防御していようが、結界を維持する魔力ごと分解して、俺の魔力に還元されてしまう。大規模な軍隊一つと戦闘になっても、軽く皆殺しにできてしまいそうだ。
無限攻撃結界は、さらに強いと思う。俺自身を魔法の核の一部として発動させ、戦闘相手を巻き込んで発動させる結界だ。
リィルが使用した結界もそうだが、術者が許可するか術者の力を上回らない限り、脱出することはできない。
自身を核として利用する分、魔力消耗はかなり激しい。が、全くもって問題は無い。なぜなら、すぐに補給できるからだ。
結界内では、俺への攻撃は全て『吸収』効果によって俺のエネルギーとなり、ダメージを与えられないどころか回復のお手伝いとなる。物理、魔法、精神攻撃、どんな種類の攻撃だろうと、威力を持っていれば、吸収できてしまう。
俺からの攻撃は、『反射』効果の影響により、威力が結界内に残り続け、敵へダメージを与え続ける。この時、俺自身を核としている影響で、俺は巻き添えを喰らうことはない。
つまり、この結界内に巻き込めば、こちらは永久に回復し続け、敵は永久にダメージを受け続けるという鬼畜仕様だ。
正直、これを使えば絶対に負ける気がしない。というか、俺が完全回復状態なら、敵からの攻撃すら反射対象となり、自爆してくれるので、もはや負ける方が難しいと思う。
そして、これら2つを複合した無限核撃崩壊陣は、言うまでもなく強すぎる。核爆崩壊魔法に無限攻撃結界を混ぜ込むことで、爆撃を仕掛けつつ、焼却範囲全体に結界を張ることを可能とするのだ。つまりは、混ぜるな危険。
結界内では、秒間4、5発程度の間隔で核爆崩壊魔法が発動し続ける。
結界内全体が効果範囲で、回避は不可能、結界の内側であるため、対魔法結界などの防御も上書きされて効果が無い。この世界の上級者たちは、爆発程度なら剣風と剣圧で防げるらしいが、それらも結界に威力を吸収&反射されるため、意味がないどころか逆効果である。
まさしく、打つ手無しと思える。
これらの魔法が使えて、たった2種類の魔法を用いる複合魔法が使えない理由が俺には理解できない。炎魔法のイニガーと風魔法のリュールを合体させた炎風が最も初歩的な複合魔法なのだが、俺には使えない。2種の魔力調整が上手くいかないのだ。
そもそも、魔法を使い始めて3ヶ月の元日本人にそこまで求めるのが酷だと思わないだろうか。
ていうか、10種類以上の魔法を複合させている核爆崩壊魔法を放つ時は、緻密な魔力操作を行うどころか、ほぼ無意識でも撃ててしまう。
一体全体、これはどうなっているのか。リィルに聞いても解らない。ディエさんに聞いても解らない。俺にも当然、解らない。
ちなみに、これらは実際に使用してみたことはない、というか使用すれば辺り一帯が吹き飛んでしまうので、試し撃ちをしたくても出来ないのだ。そのため、"分析"による脳内シミュレーションを行ったのだ。
まさか、そんなことまでできるとは思っていなかった。そうやって実験を繰り返した結果生まれたのが、例の魔法たちだ。
また、防御面も命の名なしで問題ないほど強化している。まず、棒立ちの状態ですら俺にダメージを与えることが困難すぎる。
無の種族は吸収と反射に秀でているように感じるが、その本質は、名前の通り『無』を操ることなのだ。
ここで言う『無』とは、無という名前の物というイメージだ。『無』は、文字通り何も無いため、周囲のエネルギーを吸収しようとする。つまりはブラックホールのようなものだ。
そして、吸収の上限を決めておけば、それに達した後は、容量以上のエネルギーを反射する。それが、無の性質だ。
攻撃を受ける際、無を設置しておけば、威力は全て霧散し、ダメージを受けることは無い。
と言っても、これはかなりの高等技術、無の設置のタイミングや容量の決定、設置場所の調整などと考慮すべき事項が多々あるのだ。
それに、ダメージを受けないとはいえ、鋼の剣を生身で受けるのは精神的にハードルが高い。要するに、怖い。
そこで、俺はとある方法を見出したのだ。
その方法を説明するためにまず思い出すべきことがある。
あの懐かしき初戦闘、つまり闇国の偵察兵との戦闘で用いた風の刃だ。
偵察兵とはいえ、戦闘力もそこそこ、むしろ情報収集のために、逃走能力と防御能力を高めているのだとか。つまり、あの風刃はかなりの威力を持っていたことになる。
その要因を探ったところ、『空気の固体化』に辿り着いたのである。
魔力操作だけでは不可能で、イマジナを用いる必要がある。そして、想像力が必要となる以上、『固体となった空気』のイメージをはっきりと持つことができなければならないので、この技を使える人はごく少数なのだとか。
固体化した空気は、見た目では識別不可能だ。そして、イマジナにより自由自在に形を変えることができ、何より硬い。
そう、硬いのだ。
固体化の際に、イマジナのエネルギーが硬化をもたらす。そして、世界中のほとんどの物質より高い強度を持ち、神話に出てくる武具並みの硬度を発揮するのだ。
つまり、空気の固体化を出来るということは、それだけでとんでもなく強いということに直結する。
そして、俺はこの固体化を防御に応用した。
体内の全身の空気を肉体に馴染ませつつ固体化させる。これが出来れば、肉体の超強化が完成するのだ。
伝説の武具に匹敵する武器や技が無ければ、貫通させることはできない。というか、このまま殴っても鬼強い。
さて、命の名の扱いについては、色々と判明したことがある。まず、同時に使える常時能力には制限がある。
例えば、物理攻撃確定致死と物理攻撃確定必中を同時に発動させた場合、使えないことはないのだが、かなりの脱力感に襲われる。
おそらく、魔力やイマジナのように何か消耗するものがあり、常時能力の組み合わせによっては、負荷が大きいのだろう。
そのため、常時能力は効率的に用いる必要がある。
例えば、剣で敵と戦う場合、基本的に命の名は使わず、相手の守りが固いときは確定必中で切り崩し、チャンスで確定致死を発動させ勝利すると言った具合に、使い所を見極める必要があるのだ。
これを疎かにし、命の名を乱発すれば、格下相手の1対1ならともかく、持久戦では即座に窮地に陥ってしまう。
なお、防御手段に関する常時能力は、どんな場合であろうと常時発動しており、使いたく無い時は意識的に切る必要すらあるため、問題はない。
そうそう、リィルの方なのだが、例の『魔融者』、アレについて、とんでもないことが判明した。
以前、この命の名の進化条件について分析した際、過去にもこの命の名の保持者がいたという事実がしらっと明かされていた。
その保持者とは、光の英雄王ゼネリファだった。他に、保持者はいない。つまり、リィルが二代目ということになる。いよいよリィルが只者ではないと判明してきた。
当の本人は、
「うーん、天威命力っていうだけでも凄いんだから、どれくらい凄いかっていう違いなわけだし、まあ、強いならありがたく受け取っておくよ」
と、いつも通り、どこかのほほんとしたままだった。
肝心な性能なのだが、バランスブレイカーな常時能力が多すぎる。
まず、武魔融合は、攻撃に魔力を上乗せして放つことができるのだが、それによる恩恵が凄まじい。
魔力を上乗せして相手を殴ったとしよう。パンチ単体のダメージを10、魔力分のダメージを5としておこう。
その場合、最終的なダメージは、10+5=15ではなく、10に5を掛け、3乗したくらいなのだ。つまりは125000。ダメージが通常のパンチの12500倍に膨れ上がってしまっている。
それだけではなく、ありとあらゆる防御結界を貫通するようになり、たとえ空ぶったとしても、威力は空間にしばらく残り続け、相手がその場所に入って来れば、ダメージを与えることになる。
これは、魔力が少しの間、空間に残る現象が利用されていると推測している。
完全に無防備に威力を受けることとなるため、相手は、戦闘状況を常に把握していなければ、即負けてしまう。
身魔融合については、俺の死の収穫者や生存特化に匹敵するチート性能を誇る。
肉体を半魔力化することが可能となるというものだ。
具体的には、肉体の実体が希薄化し、物理ダメージはほぼ無効化できる。
魔力を伴った攻撃はいとも容易く吸収でき、ほとんどの法則から外れた存在へと変貌する。法則逸脱の中で最も厄介なのが、瞬間移動だ。
現在、"瞬間的"移動は割と使い手が多いらしいのだが、タイムラグ0の完全な瞬間移動というのは、ほぼ不可能である。命の名によるものですら、超希少の部類だ。まあ、俺とリュレニア、クライアが使えるので、レアな実感は湧かないが。
本来であれば回避不可能な攻撃を回避し、ガードの固い敵に回り込んで有効的に攻撃することが容易くなる。
この時、リィルの瞬間移動と俺たちの間で明確に違う点がある。
俺の瞬間移動は、移動先の空間と俺自身の肉体を入れ替えることによって成立する。つまり、安全な空間の確保が必要となる。
これに対し、リィルは自身が半魔力化しているため、空間ではなく魔力の入れ替えを行う。
その際、『入れ替え』に留まらず、移動先の魔力を支配下に置いてしまう。自身の魔力として吸収するも、周囲で軽く爆発を起こすも、空間隔絶に用いて防御するも自由自在だ。
さらに厄介なのが、自身の分身体を幾らでも生成可能なのだ。一体一体が低度ながら思考能力を持ち、何より身体能力や使用可能な常時能力は本体と変わらない。
さらに、万が一死んでしまった場合、自動生成で分身隊が作成され、そちらに意識ごと移行する機能まで搭載されている。もはや自動蘇生で死ぬ余地がない。
攻撃面も、自分の好きな空間に武魔融合と同威力の物理・魔法・精神攻撃を放つことができるようになる。自分自身が魔力そのもののようなものなのだから、それくらいは朝飯前のようだ。
その体質を生かし、周囲の魔力を自分だけに集めることも可能。よって、長期戦になれば、相手は魔力の補給が不可能となり、圧倒的に有利な状況に立つことができる。
その他にも、『魔力炉』は、魔力制御を自動的に超効率的に行ってくれる便利な常時能力だ。『溶解』は物質を分解して魔力を生成したり、逆に魔力を消費して好きに物質を生み出すことができる。
『接続』に至っては、他人が発動した魔法でさえ、自分の制御下に置いてしまうという、もうコメントすら出てこないような性能を誇る。
こんなにも強力な命の名を所持しながら、命の名無しでも流れ弾で地形を変えてしまうような力を持つ俺たちは、かなり異常なのだろう。
「そろそろお昼だよ!僕もうお腹減ったよ…」
リィルの声で我に帰る。色々と考えていた間に、404戦目は俺の勝利という形で終了していたようだ。
「オーケー、今行く」
3ヶ月の間で学んだことがある。
この世界では、力がかなりものを言う。だから、俺は強くならなくてはならない。強く在らなくてはならない。
これから先、異界人ということで様々な苦労があるだろう。
だが、もう少しの間、平和であってほしい。




