10話「責任」
「よっしゃ、今晩は鶏肉のソテーだ。1人4切れ、余った分は早いモン勝ちだ!」
声を張り上げ、並んだ村人たちに肉を配っていく。並んだというか、押し寄せてきているのだが。
レモンをベースにした爽やかな味の餡掛けソースをタップリとかけ、出来立て熱々の状態を、魔法で軽く維持している。小一時間は熱々のままだ。
今週、俺は料理担当となっている。初めのうちはまったくもって料理などできなかったが、2週目からは、俺の料理はかなりの好評を得ている。
この世界にはない、あちらのレシピも時々披露しているため、それも相まって人気が高い。
だが、俺と同じ週に組み込まれている龍たちは、「料理などムリ」と完全に俺に押し付けているため、俺は実質3人分の働きを強いられており、笑顔の表情とは裏腹に重労働なのだ。
より良い料理を大量に作るには、タイミングがものを言う。加熱時間が少しズレると味が変化してしまうにも関わらず、この世界にはIHやコンロといった便利なモノはなく、薪を使って火力調節をしなければならないので、瞬時に火を消すことは困難なのだ。
それを、数種類の料理を一人で作るのだから、並外れた集中力と精神力、忍耐力に判断力が必要となる。
これだけ料理に全力を尽くしているのは、俺くらいだろう。しかし、そうでもしなければやっていられないのだ。
この世界の文明もそれなりに発展しており、さまざまな機械類は存在するが、この最果てにはそんなものは数少ない。
よって、現代人の味方であるスマートフォンは時空の彼方、ゲームやSNSは使えない。ただひたすら、勉強、鍛錬、家事、仕事、政治にひたむきに取り組むことしかできない世界なのだ。
そんな中で、唯一あの世界とのつながりを感じられるのが料理なのだ。
もともと、シチューやピザなどのレシピは存在しており、そこに俺が郷土料理というややマイナーなものを持ち込んだことで、バリエーションは倍増した。食材は好きなだけ使えるのだから、あとは味だ。
出来るだけ美味しく作る方が良いに決まっているが、俺はおそらく料理好きってわけでもなかったらしい。
実際、初めの頃は指を切り飛ばしかけた。というか、物理攻撃完全無効を即座に発動しなければ、十中八九指は取れていて、イマジナで治療する羽目になっていただろう。
だが、毎日のキツい修練の間くらい、俺が担当の週くらい、可能な限り美味さを追求したものを食べたい。俺の料理への情熱は、そこから来ているのだ。
「そんじゃ、いただきま…あちぃッ!」
ソテーを配り終え、待ちきれず、いただきますと言いながら口に入れた結果、口内を火傷しそうになっている。高温で保ちすぎたかと心配し、周囲を見渡すと、皆んな美味しそうに頬張っている。
肉からモクモクと蒸気が出ているため、それなりに熱いようだが、問題なく食べられる範疇らしい。
いったい何故、俺のソテーだけ…。
「ほらやっぱり…そんなに急いで齧り付くからそうなるんだよ?」
正面を見ると、呆れたようでニヤニヤ笑いが少し見え隠れした表情のリィルが、見せつけるようにソテーをフーフーと冷ましながら食べている。
おそらく、俺のだけ格別に熱々にした犯人は目の前に居る。さて、どのようにして鉄槌を下そうか。
軽く仕返ししてやろうかと思ったが、そんなことよりもソテーを食べる方が優先事項なので、やめておく。
保温魔法を解除し、冷ます。適切な温度になった頃に再び齧り付く。
「うまっ!」
俺があれだけ丹精込めて作ったのだから当然だが、最高に美味い。
「美味しいことは十分解ってるでしょ?あれだけつまみ食いしてたんだし」
なにっ?こっそりと食べていた筈なのだが、しっかりと目撃されていたらしい。
「いや、あれはさ、ほら、味を確かめながらしないと。それこそが、本気の料理ってもんでだな」
焦りつつ、しどろもどろに弁明する。リィルは、訝しみながら、というか完全に疑惑の目を向けてきていたが、知らないふりをする。
「ていうか、それを言うなら、リュレニアとクライアもそうだろ!」
横でしらっと聞き流しつつ食べていた龍たちが、ギクッという効果音が聞こえてきそうな顔で見てくる。
「失敬な、我らは料理担当、味の確認をしていただけだ!」
しまった、先程自分で使った言い訳を利用されてしまった。これでは、2人になすりつけて自分は逃げようという考えが無駄になってしまった。
もう2人とも、つまみ食いの分も合わせて、それぞれ10枚ずつほど食べている。食べ過ぎだろと思ったのだが、むしろ龍の食事量としては、少なすぎる方だろう。
擬人化したら、ここまで燃費が良いとは…。
実際、擬人化中のほうが、色々と都合が良いようだ。今言ったように食事の量を減らせ、飛行も問題なく、身体能力値は全て10万越えという化け物数値を誇る。
龍化状態よりも小回りが利き、力の扱いに長けている。
まあ、戦いになれば俺とリィルの敵ではないが。命の名無しの模擬戦に時々参加して、俺&リィルVSリュレニア&クライアという構図で戦ってはいる。のだが、初めの頃こそ大苦戦したものの、今では遊び感覚でも勝てる。
2人は今まで、命の名に頼りすぎていたのだ。通常戦闘では、持ち前の身体能力の高さを活かそうとしても、剣に込める僅かな力やベクトル、速度、足捌き、体の位置、重心、周囲の把握、こういった点では俺たちに手も足も出ない。
たいてい、互角の勝負から気づいたら俺とリィルが押し始め、呆気なく勝利という展開が繰り広げられる。
まあ、ストレス発散程度に参加しているので、気晴らしにはなっているようで何よりだ。
そんなこんなで、この日もいつものように過ぎ去っていく。この世界に来てから、毎日はこんな感じだ。
何もかもが変わり、何も変わらず過ごしていく。当然、永遠に、というわけにはいかないがしばらくの間は続くのだろう。
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俺は今、少なからず混乱している。突然、真っ暗な中に放り出され、頭もうまく回らないのだ。
状況を時系列で整理してみよう。
夕食を終えた後、リィルと魔法の撃ち合い合戦をして勝利し、風呂に入ったのち、いつものように布団の中に入った。
つまり、今は真夜中で、なんらかの原因で目が覚めてしまったのだろう。そう考えると、直前に何かが聞こえてきた気がする。
いったい、何が聞こえてきたのだろうか。俺は普段、厳しい修練を毎日こなしているため、ちょっとやそっとのことでは目を覚ましたりなどしない。
そう、例えば、誰かの悲鳴が聞こえてきたりしなければ。
グシャリ。
すぐ近くの壁から音が聞こえた。いや、壁じゃない。カーテンを閉めている窓の辺りからだ。
俺は、気味の悪さと恐怖を感じながら、一思いにカーテンを開け放った。
ちょうど、家の外が、赤く染まった。
周囲の家々は燃え上がり、地面には村人が大勢倒れている。全員例外なく、周囲を血で赤く染めながら。
そして、先程のグシャリという奇音の正体は、リュレニアが発したものだ。
外で、頭から窓にぶつかり、後頭部が割れ、窓ガラスに血で紅に染め上げ、窓の下に倒れてピクリとも動かない。
「リュレニアァ!」
衝撃の惨劇よりも、この3ヶ月間、友として常に寝食さえ共にした龍への心配が勝った。
イマジナで強化した窓ガラスを破り、体を抱える。幸い、龍族の体の強さ故か、瀕死だが生きている。
確認したと同時に即座に治療を行い、一命は取り留めた。
そして、『風の奏者』により、『風を読む』ことで、村全体の状況を把握する。
村人の生存者、数名。死者、100人越え。そして、見たことのない20人ほどの集団がいる。
クライアとリィルが応戦していることから、おそらく、リュレニアはコイツらに吹っ飛ばされてきたのだろう。
さらに、俺の家を見て戦慄が走った。家全体が、結界の中に閉じ込められているのだ。しかも、俺から見てもかなりの高レベルで、吸収できるか怪しいような、そんなシロモノだ。
おそらく、一人起きていなかった俺を呼びに行かせないためのものだ。
実際、俺が援軍に呼ばれてない以上、身魔融合により法則を無視できるリィルにさえ、突破できなかったのだろう。
そこまで考えたところで、瞬間移動を行う。
「ブレイン!?ようやく……やっと、来てくれたんだ!」
全身を黒と藍の鎧で武装した兵士3人を相手取っていたリィルが即座に俺の到着に気づく。
だが、俺にはその言葉は聞こえなかった。
正確に言うと、当然、この近距離で聞こえないはずはない。だが、俺の脳は目の前の情景を受け入れるのに全力を尽くしており、その他の一切の情報を受け付けるのは、キャパオーバーだったのだ。
その情景とは、すなわちーー
「…レイ…リィ……逃げ…さい…」
ブレイン、リィル、逃げなさい。たったそれだけの言葉も満足に喋れない状態のクライアがそこにいた。
俺の前方に立つ、やけに軽装な一人の男が天に掲げる剣に、心臓を串刺しにされた状態で。
「龍というのも、大したことなかったな。軽く遊んでいるつもりでコレだ」
…今、この男はなんと言った?俺の友達を半殺しにした上で、『軽く遊んでいる』だと?
「……なよ…」
俺自身の脳がこの感情の名前を自覚する前に、口が勝手に動いた。でも、それでいい。
我を失っていようが、冷静であろうが、どちらにせよ同じ行動を取っただろうから、そんなことは些事でしかない。
「ん?なん言ったんだ?」
男は、剣を下ろし、クライアを無造作に地面に落とした。それが、俺のとある決心の引き金となる。
「ふざけんなよって言ったんだ。お前らはいったい何モンだ?」
感情がーー怒りが際限なく湧き出て、逆に落ち着いているという状態だ。むしろ、この状況で怒りを覚えるなという方が無理だろう。
この3ヶ月間、助け合い、笑い合った人々を殺され、大切な数少ない友達も瀕死、しかも俺は何も気づくことなく呑気に寝ており、何もできなかったのだ。
「…お前、面白そうな奴だな。ついでに、強そうだ」
この男、この状況で余裕な顔で笑いやがった。俺の友達を傷つけておいて、笑いやがった。嘲笑ではなく、単純に、笑みを見せやがった。
「俺は、フォシーム・ルティ。闇の精鋭隊長の一人だ。まあ、フォムって呼んでくれ」
メデナの、精鋭部隊。だが、このイースリフ村は、メデナの目を掻い潜ってきた場所であり、そう簡単に見つかるとは思えない。
おそらく、原因は、俺にある。
「なんで、この場所が判った?」
そう思った瞬間、尋ねずにはいられなかった。
「簡単な話だ。まず、3ヶ月前、偵察兵の一人が瀕死で帰ってきたのが始まりだ。なんでも、この最果ての山付近で人に遭遇したって言うんだから驚いたよ。
んで、この付近を調べようとしたんだが、そん時にイマジナの反応を俺が見つけてな、それが今朝の話だ」
ピンと来た。3ヶ月前、家を建てた時、崖が少し脆かったのを、想像の練習の一環で、イマジナによる補強を完成させていたのだ。
イメージが難しく、かなりのイマジナを注いだうえ、接着剤のような役割を持たせ、イマジナは土中に留めてあるのだ。
おそらく、それを察知され、場所が割り出されてしまったのだ。
つまりは、俺が遭遇してしまった偵察兵により村の存在の可能性が浮上し、俺が崖を補強したことで、完全に見つかってしまい、ほぼ全員、皆殺しにされた。
「……そうか……つまりは、俺のせいってわけか……」
低く、呟いた。リィルがピクリと反応するが、何も言わない。慰めようとでもしたのだろうが、言葉が見つからなかったのだろう。
全て、紛うことなき真実なのだから。
だから、代わりに俺が声を掛ける。
「リィル、クライアを連れて、あと俺の家の前に倒れてるリュレニアを回収してこの場…いや、この村から離れろ」
「ブレイン、何を言ってーー」
「いいから、離れろ!」
少々乱暴な言い方をしたが、そんな些事を気にしている場合ではない。
俺は、今から全力戦闘を行うのだ。リィルがすぐ近くにいては、巻き添えにしてしまう。
リィルも決して弱くはないのだが、まだ命の名を完全に使いこなせていない。命の名も含めた何でもあり、つまり単純な殺し合いでは、俺の方が圧倒的に強い。
そして、俺を以てしても、フォムとかいうこの目の前の男には、敵うかどうかわからない。いや、力の底を見通せない時点で、負けが濃厚だ。
だから、今から俺は、全力で時間を稼ぐ。リィル達を逃す時間を。
俺の思惑を察したのだろう。しばし悔しげに唇を噛んでいたが、
「絶対に、死なないでね」
俺を、信じてくれるのだ。
「ああ、死ぬつもりはないが、死ぬ気でやるぜ」
だが、俺はその信頼に応えられない。俺はたった今、嘘をついた。
「じゃあ、また……あとで、ね」
リィルが、葛藤を振り切り、倒れてるクライアを回収し、去っていく。追手は出ない。
当然だろう。俺を殺したのち、ゆっくりと探せば良いのだから。
この男は、時間稼ぎのつもりで戦って、生還できるような相手ではない。全力で闘い、相当の運の良さを発揮し、差し違えて双方死ぬ展開になれば、奇跡だろう。
だから俺は、その奇跡を狙い、リィル、リュレニア、クライア、できればその他の生き残りを逃す。自分自身の命と引き換えに。
「さあ、勝てる気はせんが、とことん抵抗させてもらうぜ」
フォムとかいう隊長格の男に向き直り、観察する。
一人だけ鎧をつけず、カーキ色のジャケットに、ゆったりとしたズボン、無地の黒スニーカーと、戦う気があるのか疑いたくなるような服装だが、俺には判る。
これらの服、いや武装には、素材自体に様々な魔法効果が練り込まれている。低威力の攻撃なら、全て反射されるだろう。
そして、これだけの魔法効果を常に身に纏うのは、通常であれば自身の魔力操作を乱すこととなり、最悪の場合、体内で魔力が暴走し、死に至る危険性すらある。
それを、何でもないことのように、軽々しく装備しているのだ。これだけでも、常人の域を軽く突破していることは解る。
だが、俺が恐れているのはそんな事ではない。
先程、瞬間移動して来たと同時に、無限攻撃結界を展開したのだ。いや、したつもりだった。
だが、フォムは、数百分の一秒単位の速度で展開されるこの結界を察知し、さらに、なんらかの手段で阻止された。
いったいどのような手を使ったのか、俺には解らなかった。
「一つだけ、聞いていいか?」
絶対の自信からか、剣を下ろし、重心も高い、そんな姿勢のままフォムがそう切り出してくる。
「お前は、気づいてるんだろ?俺には勝てないって。戦ったら十中八九死ぬって」
「アマノ・ブレインだ。んで、答えはYESだな」
「そうか……なら、ブレイン、なんで俺の前に立つ?俺と戦う?あいつらを逃して何になる?」
当然の疑問だ。
本当に冷静な俺なら、そう感じただろうが、怒りと決意に全てを委ねている今の俺には、馬鹿げた質問にしか思えなかった。この男は、そんな事も分からないのか。
「そんなの決まってる。…仲間を傷つけられたから、守れなかったから、そんな俺にできる、たった一つの道だからだ」
おそらく、リュレニアとクライアが無事だったならば、迷うことなく全員での逃げ一択を選んでいたと思う。
だが、それはもう無理だ。単純に、大怪我人2人を抱えて逃げきれないというのも勿論あるが、俺を突き動かす衝動は、そんな理論的なものではない。
コイツを許せない、コイツを前に逃げられない。ただそれだけだ。
「……冷静に考えりゃあ、この状況下でそんな感情的になってちゃあダメだぜ?」
フォムからの、もっともな返答だ。
「だが、嫌いじゃない。俺も、同じように感じるね」
そんなこと、どうだっていい。今から死ぬのに、新たな情
報など一切必要ない。ただ、時間を稼げればそれで良い。
だが、会話を長引かせるのもこの辺りが限界だろう。
「そろそろ……」
「……始めようぜ」
無謀な戦いが、ここに始まる。




