ブラッシュクエスト
目が覚めると、また椅子で寝起きすることになっていたんだと再認識する。窓からは朝焼けが入ってきてそれが目にかかり眩しく感じる。椅子から立ち上がって、一つ伸びをする。まだ三人は起きていないようで寝息が三人分聞こえる。
起こすのもマズイだろうし、一人でこの空間に耐え続けるのもしんどい。俺は、昨日思わぬところで消費した矢を買い足しに、外へ買い物に出ることにした。
起こさないように音を立てず、ドアを開けて部屋から出る。ドアに宿泊者権限で鍵をかけ、宿屋を後にする。
▽
矢を買うだけなら、そこら辺のアイテムショップでもよかったが、気まぐれに歩きたくなりギルドまで足を運ぶことにした。朝早く、ということもあって、人通りはまばらだが、やっぱりプレイヤーが何人かすれ違うことから、相当な人数が閉じ込められているようだ。
ギルドに着いて、ふらっとクエストボードを見に行く。特に目立つようなクエストは貼り出されていない。ほんの気まぐれだったため、ギルドに来たからといってすることも無く、矢を数十買ってギルドを出る。
帰り道の石畳を歩いて、やっぱり現実とは違うんだな、と再認識していたら、曲がり角から出てきた影にぶつかってしまった。それは小学生くらいの少年で、NPCだとすぐに分かった。
少年は俺を一目見て、すがりついてくる。
「兄ちゃん、冒険者か!?助けてくれ!!」
すると俺の目の前にシステムウィンドウが現れる。
《ブラッシュクエスト:迷い羊の赤衣、が発生しました》
ブラッシュクエスト。それは前提条件などが無く、いつどこで発生するかも分からない、突然起こるクエスト。
ウィンドウには文字の下に<5:00:00>と数字があり、時間制限のあるクエストなんだと分かる。これは俺がクエストを受領した瞬間からカウントダウンが始まるのだろう。
内容は、森で迷子になった少年の友達を助ける。クエスト難度は星3つ。昨日のゴブリン退治で星1つだったことを考えると、明らかに難易度が高い。
これは、受けるべきか悩み所だ。ブラッシュクエストは報酬が提示されない。だから、大変な内容でも報酬がショボかったりとザラにある。要は面倒なのだ。内容を推し量って進むことが。
だが、いくらゲームとはいえ、NPCとはいえ、少年の友達を見捨てるのも後味が悪い。昨日の起床時間から考えて、もう起きているだろうとアカネとトークを開く。
『アキ?いないからビックリしたわよ』
「ごめん。矢買ってた。そんで今外なんだけど、ブラッシュが出てさ。子供を森で助けるってヤツ。どうしようか確認したくて?」
『やりたいんでしょ?シアンもソニアも……、いいってさ。じゃあアタシたちがそっち行くから、少し待ってて』
「わかった」
トークを切って、少年に目を向ける。潤んだ目がこちらを見つめている。
こんなの断ったら罪悪感がスゴいだろうな。
俺はウィンドウを弄ってクエストを受領する。それから少年が「ありがとう、頼んだよ」と言って俺から離れる。視界の端にはさっきの数字が数を減らしながら浮いている。制限時間は5時間。まあ、なんとかなるだろうと楽観的に考えて、アカネたちを待つことにした。
▽
「ええ!?じゃあもう4時間半しか無いってこと!?」
アカネたちが着いて、俺はクエスト内容を説明した。今はモノブラムの東へ出るために、石畳を4人で歩いているところだ。
「なんでアタシたちが来るまで待てなかったのよ。時間制なら尚更よ!」
「ごもっともだけど……」
いくら作り物とは言え、あんなイノセントな目に数十分とすがりつかれるのは、それはそれで疲れるものだ。責めるようなアカネの視線から逸らす。そんな俺の態度が気にくわなかったのか、アカネから冷たい空気が流れてきたが、それも束の間、
「走るわよ。乗りかかって失敗なんてありえないわ」
「ですね」
そう言って走り出したアカネと、それに一早く同調し駆け出すシアン。その後ろを「待ってぇや~」と着いていくソニア。これ、ヒエラルキーが決まった瞬間かもしれない。
俺はため息を1つ吐いて走り出した。
それにしてもクエスト難度星3つ、というのがイヤに引っかかる。森の中の人探しなんて、いくら視界の悪くなる森の中とはいえ、実質、採取系とそう変わらない難易度のはずだ。どういうクエストなのか、あるいは楽観的にいけなくなるかもしれない。
そんなコトを考えていたら、前を走る3人と距離が開いてしまった。どんだけ本域で走ってるんだよ。
余計なコトは考えずに、今は着いていくことに集中しよう。
まだ朝早い街を、4人で駆け抜けた。
▽
「思ったより暗いなぁ」
「そうですねぇ、撃ちにくいですねぇ」
「なんか怖いなぁ、それ」
森をズカズカとわけいって進む俺たち。日差しは背の高い木々に邪魔されて、木洩れ日がちらほらとそこらにある程度。銃を使うシアンはどこか不満そうな声色をして、その発言にソニアが戦々恐々といった様子だ。何しろ銃や弓といった飛び道具は、森という遮蔽物の多いフィールドでは扱いづらい。そりゃ、文句も出るわけだ。
俺も弓はあまり使い物にならないと判断し、今は屑鉄を装備している。
「そういやソニアのそれってタクトだよな?」
「せやで」
装備といえばで、ふと疑問に思ったことがあった。
「初心者なのに支援系武器って珍しいな」
タクトは指揮棒のような短い魔法系武器。しかし攻撃力は長杖やワンドに劣り、特徴は支援魔系法に補正をかけられること。ずぶの素人が使うには中々難しいし、バフやデバフをかけるなら支援魔法でなくてもスキル、それ以前に素の火力を上げるのが常套だ。さらに言えば、パーティメンバーがいなかったら装備する意味が無い。パーティ向きの装備なのだ。
ずぶの素人(大事なこと)が使うには色々と条件が難しい。
「そうなんか?まぁ、やり甲斐あるのはええことやろ」
「お、おお……」
ソニアはあまり深く考えていないようだ。ずぶの素人(大事なこと)なら死に武器とか知らないんだろうから、当たり前か。
「……なんか失礼なこと考えとるやろ?」
「さあって!!先を急ごうかね~」
他にいい言葉が見つからなかっただけだが、事実ではある。しかし、やはりいい意味には聞こえないのでソニアの言葉を逃げるように躱す。
俺が歩くペースを早めると、先頭をずんずん進むアカネとの距離が近くなる。なにも言わずに先頭に立つアカネさん、やっぱカッケーっす。
「それにしても、なんか不気味というかイヤに暗いというか、FoWの時みたいに幻想的な森をイメージしてたけど、ここはオバケとか出そうな感じだな」
周りをキョロキョロ見回して、思ったことを口に出す。フェアリー系の敵とかの雰囲気じゃなくて、なんかこう、カラスがギャーギャー鳴くとそれっぽくなるだろうな。
そんなことを考えていたら、先頭を歩いているはずのアカネの背中にぶつかった。
「どうした?足くじいた……わけないか。疲れたなら、休むか?」
「……んで」
「?」
アカネは肩をプルプルと震わせて、俯いている。言葉には覇気がなく、やっぱり疲れているのかと、シアンたちにも休憩しようと声をかけようとした時、アカネに両肩を掴まれた。
「なんで怖いこと言うのよーっ!!」
「あばばばばば」
アカネに肩をぐわんぐわん揺らされる。揺れる視界のなか見えたアカネの目には、若干だが目に涙が浮いている。
「オ、オ、オ、オバケが本当に出たらどうすんのよ!?」
「オバケ、っぽい、モンス、ターだろ」
「それでもダメなものはダメなのよ!!」
ガクガク揺すられてマトモに喋れない。
「アキのバカ!!」
そう言って、アカネは俺の肩を投げるように放す。それからアカネは俺の後ろに回った。
「アカネさん?」
「アキのせいで怖くなった。だから盾になりなさい」
「……イエスアイアム」
ハッキリ“NO”と言えるアカネさん、やっぱカッケーぜ。
アカネは前を行く俺の背中に手を当てている。そして、その手が震えていることから相当怖がりなんだと分かる。
いやはや、悪いことをしてしまった。仕方がないので、今回の盾役は引き受けることにしよう。
「アカネさん?」
「なによ?」
「歩きづらいです」
「我慢なさい」
「……」
アカネは俺の背中から離れずに、暗い森を進む。途中でドリヤードや猪などを遠巻きに見つけることはあったが、戦闘には持っていかずに少年の友達を探すことに専念した。
▽
わけいっても、わけいっても、暗い森の中。道中、シアンが見つけたドリヤードを指差し「あ、木のオバケ」と言ってアカネをからかっていたが、それ以上に言うこともない道のりだった。
「ホントなにもねえなぁ」
「せやなぁ」
代わり映えのしない風景に飽々し始める位、なにもない。まあ、探せば採取アイテムとかはそこらにゴロゴロとあるんだろうが、お目当てではないのでスルー。モンスターとの戦闘も避けているので、特筆すべきことがないのだ。
視界の端の制限時間をみると、いつの間にか〈2:15:36〉になっていた。
「うわ、2時間も歩いてたのか」
「それは疲れもしますね」
そう言いながらも、俺たちは立ち止まっていない。制限時間という縛りがあるから、立ち止まれないのだ。
「特にアキくんはアカネさんに合わせないといけないから、余計疲れますね」
「アキの自業自得よ」
「……そっすね」
自分で撒いた種なのは確かだし、それに頼られていると考えれば悪い気はしない。気休めだけどね。
「アキ、ガンバッ!!」
「そんな投げやりな応援いらない」
「アキくんファイト」
「そんな心ない応援もいらない」
ソニアもシアンも楽しんでやがる。やっぱりこのパーティの最下位にいるんだな、俺。
……トホホ。