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第五章 凱旋 下 後編

食事を終え、僕は店を後にした。


次の目的地はホテルだ。


車を走らせながら、先ほど食べた魚のことを思い出していた。


どれも美味しかった。


だが、一言で表現するなら――硬かった。


テレビのグルメリポーターは、新鮮な魚を食べると決まってこう言う。


「コリコリしていますね」

とか、

「プリプリです」

とか。


だが、今回食べた魚はそんな生易しいものではなかった。


ゴリゴリだ。


噛むたびに身が弾け、旨味と脂が口の中へ広がる。


そして、それを熱々の白飯で流し込む。


実に素晴らしい。


まさに海の宝石箱だった。


同時に、普段食べている魚との違いも実感した。


いつも食べている魚は、死後硬直が解け、ある程度熟成された状態なのだろう。


同じ魚でも、ここまで違うのか。


そんなことを考えながら車を走らせた。


ホテルには三十分ほどで到着した。


チェックインを済ませ、部屋へ入る。


荷物を置き、ベッドへ大の字になって倒れ込んだ。


今日はよく歩いた。


少し休憩したら、コンビニでビールでも買ってこよう。


そんなことを考えていた時だった。


ふと、街中で見かけた光景を思い出す。


浴衣姿で自転車を漕ぐ人たち。


最初は何とも思わなかった。


だが、記憶の断片が少しずつ繋がっていく。


浴衣。


人の多さ。


この時期。


そして――。


僕は飛び起きた。


急いでスマホで日付を確認する。


間違いない。


今日は祭りの日だった。


時刻は午後七時過ぎ。


しまった。


完全に出遅れた。


あの祭りは夕方には周辺駐車場が埋まり、車では近づけなくなる。


今から向かっても間に合わない。


そう思った瞬間、再びひらめいた。


――待てよ。


花火だけなら見られるかもしれない。


頭に浮かんだのは、地元の山にある展望台だった。


港町を見下ろす高台。


そこなら祭り会場へ行かなくても、花火を一望できる。


僕は急いで身支度を整え、ホテルを飛び出した。


展望台へ到着すると、すでに多くの車が集まっていた。


それでも何とか空きを見つけて駐車する。


適当なベンチに腰を下ろし、その時を待った。


周囲にはたくさんの人がいる。


だが、美術館とは雰囲気が違った。


ここにいるのは、ほとんどが地元の人たちだ。


聞こえてくるのは懐かしい方言ばかり。


観光客も外国人もいない。


不思議と落ち着く空間だった。


そんなことを考えていた時だった。


――ポン。


小さな音が夜空へ響く。


一拍遅れて、


――ドンッ。


大きな音とともに、夜空に花が咲いた。


花火は実に綺麗だった。


夜空に咲いては消え、また次の花が咲く。


その光を眺めながら、僕は家族のことを考えていた。


子どもたちがいなくなって、もう半年以上が過ぎた。


みんな元気にしているだろうか。


花火が一発上がるたびに思い出す。


前に花火を見た時は、家族と一緒だった。


子どもたちは大はしゃぎで空を見上げ、妻も笑っていた。


そんな光景が脳裏に浮かぶ。


家族が出て行ってから、本当に色々なことがあった。


思い返せば、悪い思い出の方が多い。


酒に溺れた日もあった。


毎日のように泣いた。


人生を終わらせたいと考えたこともあった。


あの頃の自分は、底にいた。


だが今こうして振り返ると、少しだけ思う。


あの頃に比べれば、僕はだいぶ元気になった。


もちろん、一人の力ではない。


周りの支えがあった。


手を差し伸べてくれる人がいた。


話を聞いてくれる人がいた。


僕がこれまで築いてきたものは、確かに失ったものもある。


だが、全部を失ったわけではなかった。


ちゃんと残っていたものもあったのだ。


花火は次々と夜空へ打ち上がる。


状況は変わった。


隣に家族はいない。


それでも、こうして再び花火を見上げている。


あの頃の僕には、またこんな風に花火を見ることができるなんて想像もできなかった。


だから思う。


また見に来よう。


何年後になるかは分からない。


一人で来るのか。


子どもたちと来るのか。


それも分からない。


分からないけれど――


また必ず、この花火を見に来よう。


僕は夜空を見上げながら、そう思った。


翌朝、僕は早めにホテルをチェックアウトした。


急いで帰る理由はない。 せっかくなので、寄り道をしながらのんびり帰ることにする。


とりあえず道中にある道の駅へ立ち寄った。


土産物を眺めながら歩いていると、何やら人だかりができている。


近づいてみると、限定の芋けんぴを販売するらしい。


――限定。


その言葉には不思議な力がある。


別に買う予定はなかったのだが、気が付けば僕も列に並んでいた。


程なくして順番が回ってくる。 購入した芋けんぴは、見たこともないほど細かった。


せっかくなので、そのままアイスも買う。 芋のモンブランが乗ったアイスだ。


これが実に美味い。


旅先で食べる甘いものは、なぜこうも美味しく感じるのだろう。


土産をいくつか購入し、僕は道の駅を後にした。


再び高速道路へ乗る。


窓の外には懐かしい景色が広がっていた。


生まれ育った場所。


何度も見た景色。


だが、今は少しだけ違って見える。


僕は心の中で地元に別れを告げた。


今回の旅は、ほとんど何も決めずに出発した旅だった。


それなのに、振り返ってみれば色々なことがあった。


偶然見ることになったブルーインパルス。


思いがけず出会った祭りの花火。


久しぶりに食べた地元の海鮮。


どれも楽しかった。


どれも来てよかったと思えるものばかりだった。


次の調停までは、まだ少し時間がある。


だから今は、この束の間の休息を楽しもうと思う。


次の調停では、何かしら結論へ向かって話が進むだろう。


それが自分にとって有利なのか不利なのかは分からない。


だが、一つの区切りになることだけは確かだった。


そう考えると、自然とため息が漏れる。


本当に面倒な話だ。


だが、考えても仕方がない。


今はまだ旅の帰り道なのだから。


さて――


次の休暇は、どこへ行こうか。

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