第36話 推し家政婦
水曜日の夜、柚月は自室のパソコン前でヘッドセットを装着していた。
ディスコードの通話アイコンが光り、軽やかな着信音が鳴る。応答すると、すぐに元気な声が返ってきた。
「おつかれー! 昨日ね、例の家政婦さん来てもらったよ」
「ほんと? どうだった?」
柚月の声に、美鈴は勢いよく応じた。
「言ってた通り、すっごい真面目そうなお姉さんだった。なんていうか、仕事一筋!って感じで、同性相手にも異性にも、誰にでも好かれそうな……まじで奥さんにしたいタイプだった!」
テンション高めに語る美鈴に、柚月も思わず笑い声を漏らす。
「でしょでしょ。めっちゃわかる」
「さすが、ゆずの“推し家政婦”!」
「何その言い方」
「いやでも、マジでカレーも美味しかったよ。例のチョコ入りのやつ!」
「でしょ! 私が作ってってお願いしたんだから、感謝してよね」
「ありがたや~ありがたや~」
美鈴はおどけながら仰々しく拝む真似をする。その様子が伝わってくるような明るい声に、柚月の口元もほころぶ。
「本当に春野さんって、配信とかVtuberとか、興味なさそうな感じ。ゆずが安心してるのわかるわ」
「うんうん。めっちゃ普通に仕事モードだったし。なんなら生活音も気にしてくれるし、正体暴くとかそんなのとは無縁そう」
「だよね……大丈夫そうだよね?」
少しだけ真剣なトーンで尋ねた柚月に、美鈴は声色を落として答える。
「大丈夫。ていうか、私、呼ぶ前に一応調べたから」
「えっ、なにそれ……!」
「だってさ、あんたのことだってそうだし、私も一応Vの端くれじゃん? 自衛はしなきゃって思って」
「……うん、でも、具体的にどうやって?」
「『朝比奈柚葉 中の人』とか『朝比奈柚葉 前世』、『朝比奈柚葉 本名』とか、でチェックした」
「まじで……」
「ちゃんと、出てこなかったよ。柚月の名前にもちょっとも引っかからなかった」
柚月は一瞬言葉を失った。
驚きと、胸の奥がじんと温かくなるような感覚。
「……ありがとう、美鈴。そんなふうに守ってくれて」
「当然でしょ。大事な友達だし、柚葉としてのあんたも、守りたいと思ってる」
「うん……本当に、ありがとう」
通話の向こうの美鈴は、きっといつものように飾らない笑顔を浮かべている。
その顔が見えなくても、心の距離はちゃんと近い。
少し間を置いて、美鈴がふとつぶやくように言った。
「……まあ、でも自衛って言っておきながら、私けっこう無防備なとこあるんだよね。マスクもしてないし、声もそのまんまだし」
「え、何にもしてないの?」
「私はほぼ地のままだから、取り繕ってもすぐバレるし、だったら堂々としてたほうがごまかせるかなって」
「……逆にね」
「そう。気にしてるように見えないほうが、案外目立たないっていうか」
思わず納得してしまう柚月。そういうところも、美鈴らしい。
「でも、本当に気をつけなきゃいけないところはちゃんと見るし、動くよ。私なりに、ね」
「うん……ほんと、ありがとう」
秘密を守るということが、誰かの行動でこんなにも重みを持つと、改めて知る夜だった。




